黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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10章 十日目 調理実習

10-2 いつもより遅くていつもと同じにできなかった通学

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「うおー」
「んも~、だから早くって言ったのに」
「すまんすまん。朝の占い見てたらギリギリになっちまった」

朝の通学時間、久しぶりに俺と咲は全力疾走していた。
原因は、いつもはほとんど気にしたことのなかった朝の占い。
時計代わりにつけっぱなしにしている朝のテレビ番組で、たまたま目にした占いが妙に気になってしまったのだ。
その番組では、7位~11位と2位~6位の星座を先に発表する。
そしてCM開けに、1位と12位の星座をそれぞれ発表するのだ。

「まさか今日に限って12位とはな」
「あのコーナー始まる前に出ないと間に合わないよって何度も言ったのに」
「そういうお前は1位だったな」
「その割には朝から走ってるけどね、誰かさんのせいで」
「それはマジすまん」

歩きなら7~12分。ゆっくりだと15分。
そこを走って5分にまでなんとか縮めたい。
雨の日だったら厳しいが、今日みたいな晴れの日ならばギリギリなんとかなるはずだ。

「おー、走ってるなー」

買い出しにでも行っていたのか、俺たちと反対方向から歩いてきた美沙さんとすれ違った。
ドップラー効果で語尾がうにょーんと下がっていくのが少しだけ面白い。
手だけ挙げてそれを挨拶に代え、俺と咲は咲を急ぐ。
ところがそんな俺の脚を止めるほどの、気になる光景が俺の目に飛び込んできた。

「どうしたの?」

タッタッタッとその場足踏みをしたまま路地裏を覗き込む。
少し先まで進んだものの立ち止まった俺に気づいた咲が戻ってきた。

「いや、あれ」

俺が指差す先を咲も見る。
そしてその視線が俺に戻ってきた。

「若竹さん?」
「なんだろうな、あれ」

路地裏に停車した大きめの車。バスより小さく乗用車より大きい。
なんだっけな。
確か、ガイエースとかなんだとかそう言った名前のやつ。
それに、若竹とその仲間たちが何かを運び込んだりしている。
箱がバラバラだし、バイトしてるコンビニとは……関係ないみたいだな。

「どこかにおでかけなんじゃない? それよりも、電車間に合わなくなっちゃうよ?」

どうやら、俺と咲では興味の濃淡がかなり違うっぽい。
俺は若竹たちが、何をしているのかがかなり気になってしまった。

「ちょっと聞いてくる」
「え~、じゃあ私先行くよ?」
「ああ。すぐ追いつくから」
「んも~、知らないからね」

なかなかのいいペースで咲が走り去っていく。
俺は若干薄暗い路地裏に入り込んで、若竹に挨拶をした。

「よう。なにやってんだ」
「ん? なんだ悦郎。学校遅刻するぞ」
「すぐ行くって。それよりこれなんなのか教えてくれよ。気になってしょうがねえわ」
「はははっ。相変わらずだな」
「あー、黒柳くんっ! 私のお見送りに来てくれたの!」
「おわっ!」

唐突に腕を組んでくる若竹のとこのなんとかさん。
悪いけど名前はまだ覚えてない。

「やーめなってあず。悦郎ちゃんと婚約者とかいるんだからね」
「え!? なにそれすごい!」

やめろと言われたのに、なぜか俺に絡みつくなんとかさんの腕の力はさらに増す。
こんなとこなんとかさんのオタクに見られでもしたら刺されるんじゃなかろうか。
っていうかこの人アイドルの人で間違ってないよな。
あんま覚えてないけど。

「あ……」

そのとき唐突に、俺の方に向かって倒れ込んできた子がいた。
段ボール箱を持って車に乗り込もうとしたちょっとぼーっとした感じの子が、バランスを崩したのか後ろ向きに倒れてしまったのだ。
思わず俺は、それを抱きとめてしまう。
なんとかさんに拘束されていない方の腕で。

「ちょっとこず、それズルい」

抗議の声をあげながら、なんとかさんが真似するように俺に向かって背中をもたせかけてくる。

「えーっと、これなに?」
「さあ?」

まるでいつものことと言わんばかりに、俺を放置したまま若竹が作業を続ける。
俺はどうしたらいいのかわからないまま、とりあえず若竹に聞いてみた。

「で、これはなんなんだ? どこかに出かけるのか?」
「うん。地方遠征」
「ちほうえんせい?」
「そう。明後日まで0泊2日で地方のライブハウス周り」
「え……0泊ってなんだ?」
「全部この車で寝泊まりなのー。大変でしょ?」

なんとかさんが背中をグリグリ押し付けてきながらそう言ってくる。

「アイドルさんってそんなことまでしてるのか」
「しゃーないよ。メディアに出てるような子たちとは違うからね。っていうかあずにこずもいつまでも悦郎にもたれかかってないで、とっとと準備する」
「はーい」
「ふふふっ。それじゃあまたね、黒柳くん」

アイドルさんのことはステージ上の華やかな感じしか知らなかったけど、それ以外にもいろいろあるんだな、と感じた朝だった。

    *    *    *

ちなみに学校は遅刻した。
ギリギリの電車には余裕で間に合わなかった。

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