黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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11章 十一日目 マニアな日々

11-7 いつもより混乱する放課後の続き

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「で、話ってなんだよ」

いつものように放課後の時間をまったりと過ごそうと思っていたのに、オカルト研究部の部室にはアイドル部の香染が押しかけてきていた。

「あんた、黒キャンのマネージャーさんと連絡取れたりする?」
「黒キャン?」

俺には香染の言っている言葉の意味がわからなかった。
言葉の響きから男女のお笑いコンビか何かかと思ったが、微妙に違っているような気もした。

「ほら、若竹さんのところの」

まるで井戸端会議中のおばちゃんのような仕草をしながら、咲が俺に答えを教えてきた。

「若竹の?」

だが、すぐにはそれが結びつかない。

「あー、もうっ。こないだライブ見たでしょ! 聞いた話じゃ、あんたたち楽屋にまで行ったらしいじゃないっ」
「ぐふふ。そっちは楽屋に行こうとして追い返されたらしいね」
「くっ」

そこまで言われて、俺はようやくそれが若竹のアイドルグループ名らしいということを理解する。
しかし、どうしてそれが若竹のアイドルグループ名なのかはいまだに理解していなかった。

「それでえーっと……なんだっけ。黒海キャンディーズ? のマネージャーさんと俺が連絡とれるか、だっけ?」
「んもうっ。違うわよっ。漆黒のキャンドルでしょっ!」
「漆黒の? キャンドル?」
「まったく……いますごい勢いのあるグループなんだから。名前くらい覚えておきなさいよね」
「はあ……」

昔の同級生が入っているグループくらいの認識しかない俺には、なぜ香染が怒るのかがよくわからなかった。
もしかすると、アイドル好きな人たちにとっては失礼なことだったのかもしれない。

「まあよくわからんが悪かった。で、若竹のとこのマネージャーさんだっけ? 悪いけど、連絡先は知らないぞ」
「そう……」

妙にがっかりとする香染。
とりあえず俺は、年のためにその理由を聞いてみた。

「っていうかなんであの人と連絡取りたいんだ? 若竹のとこに新メンバーとして入れてもらえないか聞きたいのか?」
「ちょっ! おまっ! 私そこまで失礼じゃないわっ!」
「そうなのか?」
「いや、まあ……でももし入れてくれるんなら、死ぬ気でがんばってみてもいいけど……」
「なんだよ。どっちなんだよ」
「って、そういうことじゃないってば!」
「んー? わからんやつだな」
「わかんないのはそっちだってば」
「はいはい。で、どういう話だっけ」

俺は話をまとめてもらおうと、咲に振る。
正直、とっちらかって俺もよくわからなくなってきていた。

「……」
「うわっ! な、なに!?」

不意に香染が驚いた声を出す。
俺はどうしたのかと、そちらに視線をやった。

「ああ、なるほど」

俺はすぐにその理由を理解した。

「……」

香染を押しのけ、無言で部室に入ってくる謎のローブの人物。
制服の上にオリジナルのローブを纏った姿は、その正体を知らない人にとってはこの上なく不気味に見えたことだろう。

「ちょ、ちょっと黒柳悦郎。あれ誰?」

声を震わせたままの香染が、俺に尋ねてくる。
香染に指さされたその人物は、香染だけでなく俺たちのことも一顧だにしないまま部室奥の本棚に行くとそこで資料を物色しはじめた。
背伸びをして上の段を眺めたり、しゃがみこんで一番下の段を探したり。
まるで周りには誰もいないかのように、その人物は自由に振る舞っていた。

「あれはな、エイィリ・サビォナンドさんだ」
「は? なに? 外国の人?」
「いや、本人曰く魔界の人らしい」
「魔界!?」

あの香染が目を白黒させている。
正直ちょっと、面白かった。
そんな俺たちをよそに、エイィリさんは何冊かの資料を手に部室から出ていってしまった。

「ど、どういうこと? あの人もオカルト研究部の人なの?」
「いや、違う。たまに資料を借りに来るだけだ」
「はあ!?」

香染はわけがわからないという顔をしていたが、俺のほうだってわけがわからない。
何しろあの人が何年生なのかも、何組なのかも、それどころか本当にうちの学校の生徒なのかも知らなかったからだ。
ただ、洋子先輩からは気にするなと言われている。
そして洋子先輩もまた、その上の先輩からそういう風に言われていたのだそうだ。

「あんたたち……わけがわからなすぎるわ」
「あの人に関しては、俺もそう思う」

放課後の時間は、結局こうしてバタバタとした騒ぎの中で過ぎていった。
まったり過ごすつもりだったのに、香染の登場でそうもいかなくなってしまった。

    *    *    *

ちなみに香染が若竹のとこのマネージャーさんと連絡を取りたかった理由は、格安でレッスンに使えるような場所があったら紹介してもらえないだろうか、という相談だったらしい。
それならと咲がかーちゃんのとこの寮を紹介しそうだったので、俺は急いでそれを止めた。
家にまで香染が押しかけてきたりしたら、俺の安住の地がなくなってしまう。
その件に関しては、俺は急いで若竹に連絡をとって向こうのスキンヘッドの人に押し付けてしまうことにした。
きっとあの人なら、香染みたいなのの扱いにも長けているだろう。
なにしろ、アイドルのマネージャーなんてものをやっているのだから。

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