98 / 171
11章 十一日目 マニアな日々
11-8 いつもとは違う夕食前のひととき
しおりを挟む「ただいまー」
「おかえりー」
「おかえりなさーい」
結局あのあと、香染の相手をしばらくしていたため、家に帰ったのはいつもより少し遅い時間だった。
緑青はいつの間にか帰っていた。
咲と麗美と3人で久しぶりにコンビニに寄ったが、若竹はまだ地方回りから帰ってきていなかった。
バイトのリーさんと麗美が向こうの言葉で楽しそうに話していたは少し衝撃的だった。
麗美がマルチリンガルなのは知っていたが、実際にそれを使いこなしている場面を見るとやはり驚く。
国内にいると国内の言葉ばかりに囲まれているためにそれしかないと錯覚しがちだが、やっぱりこの国の外にも別の国が存在している。
そんなことを少し考えてしまった。
「って、そういえば美沙さんもハーフだったね」
「ん? なんだ急に」
近ごろ当然のようにトレーニング後はうちでくつろいでいる美沙さんを見ながら、思わずつぶやいてしまう。
「いや、駅前のコンビニで麗美がバイトさんと外国語で話しててさ、なんか急に海の向こうにも国があってそこには人が住んでるんだなーって思っちゃってさ」
「おっ、海外に武者修行にでも行くか?」
「武者修行? どういうことよ」
「そういうルートがあるんだよ、プロレスには」
「そうなんだ。ってか俺レスラーじゃないし」
「がははは。そりゃそうだな」
などと馬鹿話をしていると、キッチンからエプロン姿の鈴木さんが現れた。
「あれ? 今日は鈴木さんが食事当番? 咲は?」
「あ、今日は私と麗美さんが作ります。咲には、寮の方をお願いしました」
「ふーん。そっか」
かーちゃんのとこの見習い兼食事当番の鈴木すずめさん。
うちに来た当初は普通の子にしか見えなかったが、いつの間にかほんの少しだけたくましくなっているような気がした。
ちょっとだけ見えている首元あたりの筋の出方とかが。
「そうだ悦郎。すずめと勝負してみろよ」
「え?」
「腕相撲とかさ。すずめ、最近かなり筋肉ついてきたんだぜ?」
「あ、俺もちょっと思ってました。首周りとか、絞まりましたよね、前より」
「おー、よく見てんな。このエロ坊主」
「いやいやいやいや、そういうのじゃないですから」
どんどんノリがうちのかーちゃんに似てくる美沙さん。
もしかすると実の妹である竜子さんよりも、美沙さんの方がずっとかーちゃんのノリに近いような気もしてきた。
もちろん、美沙さんの方が憧れやらなんやらで意識的に近づけようとしているのもあるんだろうけれど。
「ほらすずめ。こっち来て」
テーブルの上を乱暴に片付けながら、バンバンと天板を叩いて美沙さんが鈴木さんを呼ぶ。
すでに上下関係がしっかりと植え付けられているのか、それともこの機会に腕試しをしたいと思っているのか、やや気合の入った表情で鈴木さんがポジションにつく。
「え? 本当にやるんですか?」
「当たり前だよ。それともなんだ? 負けるのが怖いのか、悦郎」
ニヤニヤと美沙さんが俺を煽ってくる。
さすがにここまで言われてしまっては引き下がれない。
確かに俺は腕っぷしが強い方ではないが、さすがにあの鈴木さんに負けるほどでは……。
「それじゃあレディー……ゴッ!」
「ふぬぬぬぬぬぬぬっ!」
「うーーーーーーーんっ!」
俺と鈴木さんの勝負は、かなり拮抗したものとなった。
ほんの少し俺が押し込めば、すぐに鈴木さんがそれを押し返してくる。
鈴木さんが俺の方に押し込んでくれば、俺も渾身の力でそれを押し戻す。
一進一退。
緊迫の時間が過ぎていった。
そして勝負は、唐突に決まってしまう。
「ぷはっ!」
それまで詰めていた息を俺が限界になって吐き出した瞬間、キラリと美沙さんの目が輝き、後輩である鈴木さんに指示を出す。
「いまだすずめっ!」
「ふんんんんっっっ!」
「ぐわっ!」
ぐいっとそれまでを倍する力が鈴木さんの腕に込められた。
メキッと嫌な音を聞いたような気がしながら、俺は自分の腕が傾いていくのをスローモーションで見つめる。
「やった!」
バタンと俺が倒されるのと、鈴木さんが歓声を上げるのはほぼ同時だった。
「どうだ悦郎。強いだろ、あの子」
それまでがブラフだったのか、それとも一瞬の勝負のタイミングを狙って力をためていたのかはわからない。
とりあえずわかるのは、ほぼ互角だと思っていたのは俺の勘違いだったということだ。
もうすでに鈴木さんの腕の力は、俺よりも強くなっているようだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる