黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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11章 十一日目 マニアな日々

11-9 いつもと違うことを始めた夜

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「すずめちゃん力強くなってたねー」
「まさか10回やって1回も勝てないとは」
「最後はいい勝負だったじゃない」
「そりゃさすがに10回もやれば向こうも疲れるだろ」
「ってことは、持久力ではまだどうにかなりそうってこと?」
「ふむ、なるほど……」

就寝前の時間、俺はいつものように咲と通話アプリでどうでもいいような話をしていた。

「っていうかそのあとやった鉄子さんと美沙さんの腕相撲もすごかったね」
「ありゃ怪獣同士の戦いだ。危うくテーブルが壊れるとこだった」
「あはははー」

俺と鈴木さんの勝負でテンションが上がったのか美沙さんは、勝負にならないことは目に見えているのに俺に腕相撲をしようと誘いをかけてきた。
当然のことながら、俺はそれを断る。
引き下がらない美沙さん。
そんな美沙さんの勝負を引き受けたのは、かーちゃんだった。

「あんなに細いのにどこに筋肉が詰まってるんだろうね、美沙さんも鉄子さんも」
「そうだよな。寮にいるクインコングさんなんかだったら、見た目からしてマッスルだなってわかるんだけど」
「鉄子さんがチャンピオンなのは知ってるけど、コングさんと美沙さんって、どっちが強いの?」
「んー、あんま踏み込まないようにしてるから俺もよく知らないんだよな。でも、コングさんの方が先輩なんだからコングさんのが強いんじゃないか?」
「そっかー。美沙さん次期エースって話だけど、まだ確かに新人だもんね」

レスラーさんたちの間にもいろいろあるのだろうが、外部の人間である俺たちにはよくわからなかった。
というかそもそも、試合とかも見に行ってないし。

「で、すずめちゃんにはいつリベンジするの?」
「は?」
「だって負けっぱなしってわけにはいかないでしょ? 男子としては」

言われるまで俺は、そんなつもりはこれっぽっちもなかった。
だが、そんな風に言われるとフツフツと静かな闘志が湧き上がってきた。
あまり似てはいないとは思っていたけど、俺もあのかーちゃんの息子だったというわけか。

「まあ今のうちに1回くらいは勝っておかないと、かもな」
「たぶんすずめちゃん、このあとどんどん強くなるだけだろうからね」
「うむ」
「じゃあ今日から腕立て10回! そのくらいしとこう!」
「10回? 楽勝だわ」
「じゃあ早速やってみよー」

そうして俺は通話をつなげたまま、部屋の床にうつ伏せになる。
そうして腕に力を入れ……。

「いっかーい」
「ふんっ」
「にかーい」
「ふんっ」
「さんかーい」
「くっ!」
「よんかーい」
「ぐぬぬっ!」
「ごかーい」
「ちょっ、待て……くっ!」
「ろっかーい」
「ぐぬぬぬぬっ……くっ!」
「ななかーい」
「くっ……ううううっ……ぐうっ!」
「はっかーい」
「うううううううううううっ! くはっ」

バタンと、床に潰れてしまう。

「はあ、はあ、はあ、はあ」
「ちょっとちょっと。10回できないじゃない」
「こ、こんなはずじゃ……」

予想以上に腕立て10回は厳しかった。
っていうか、咲のカウントがかなりゆっくりだったのも原因の1つのような気がした。

「もう一回チャレンジする?」
「はあ、はあ。今日は無理。また明日にしてくれ」
「すずめちゃんに追いつけなくても知らないからね」

そうして、腕立て1日目の夜は過ぎていった。
息を整えていた俺はそのまま床で、いつの間にか寝落ちしてしまった。

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