黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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13章 十三日目 いろんな趣味

13-5 なんとかいつもどおりを保った午後の授業

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「とまあそんな感じでぇ、日本の文学には四季の影響が色濃くあらわれているんだなぁ」

本日最後のコマは現国の授業だった。

「例えばこれは古典になるが、枕草子。これなんかものすごくわかりやすいな」

カツカツと山田が黒板に板書をしながら読み上げていく。

「春はあけぼの~、ようよう白くなりゆく山際~、少しあかりて~、紫立ちたる雲の~、以下略~」

隣では麗美がフンフンと頷いている。
古文の授業のときもそうだったが、麗美は本当に日本の古典が好きみたいだった。
俺にはちんぷんかんぷんだったけれど。

「はいじゃあこの意味、黒柳~」
「はあ?」

唐突に指名され、思わず変な声を出してしまう。
こういうとき普通は、曜日だとか出席番号だとかそういった何かしらの語呂合わせみたいなものから当てる人間を決めたりするだろ普通。

(……って、そうか。今日の日付は俺の出席番号か)

突発的にはじまった脳内デモ活動は、その理由が明白になり即座に解散させられた。

「現代文にしてみろ~。春はあげぽよとかはナシな」
「え?」
「ん?」

それまで俺が指されたことに驚いて変な声を出したことで少しばかり盛り上がっていた教室の空気が、一気にざわついたものになった。

「どういう意味?」
「あげ……ぽよ?」
「揚げ物? ぽよを揚げるの?」
「ぽよってなに?」
「さあ?」

ヒソヒソ声で、女子や男子が囁きあっている。
当の山田は、その理由にはまったく気づいていないようだった。

「どうしたー。わからないのかー」

正直後半部分はかなり微妙だったが、前半だけならわからなくもなかった。
だが、この空気の処理をどうすべきかを迷った。
きっちり便乗して、山田にツッコミを入れておくか、それとも炎上に巻き込まれないように気づかなかったフリをするべきか。乗るべきかスルーすべきか、そこが問題だった。
ちらりと砂川を見る。
ヤツは『行け!』と口パクで俺に指示していた。
しかしなにを行けというのだろうか。
そもそも、どういう乗り方をすればいいのかがよくわからなかった。

「じゃあヒントなー。揚げ物じゃないぞー」
(なっ!)

山田からのヒントに、俺はまさかと思った。
もしかしてこいつ……クラスのざわめきを理解した上で放置してる?
今度は緑青の方に視線をやる。
ヤツはニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を見て面白がっているだけ。
そもそも、こういう状況は緑青の大好物だった。
俺が困れば困るほど、あいつは楽しくなってきてしまう。

「春は……」
「春は?」

不意に昼食べた春巻きが頭の中に蘇ってきてしまう。
ダメだ……そんなネタ、絶対に使えない。
ほぼ確実に……九割九分スベるに決まっている。
俺はどうにかその衝動を抑え込みながら、無難な答えを山田に返した。

「明け方がいい。朝日が昇りはじめて山際が白くなって、細い雲が紫っぽいとかなんとかかんとか。後半は微妙です」
「んー、まあだいたいいいかなー。正しい訳が知りたいやつは古文の島崎先生に聞いてなー。じゃ、授業の続きに戻るぞー」

かなりいい加減な感じで俺の回答がスルーされる。
俺はいったい何のために答えさせられたんだという気持ちにもなったが、まあこんなこともあるだろう。

とりあえず、あげぽよ問題には乗らなかったのが正解なような気がする。
あと、春巻きも。
ここで大スベりしたりしたら、そのネタでしばらくからかわれたりするからな。

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