黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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14章 十四日目 走ったり揉んだり

14-1 いつもより慌てた朝

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いつものように朝が……。

「くっ! 限界だ!」

来なかった。
いつもならばスマホのアラームが鳴るまでゆっくりとまどろむ時間だったが、今日はそれができなかった。
なぜなら、すでに俺の膀胱が臨界状態に陥っていたからだ。
カーテンも開けずに部屋を飛び出し、ダダダダと勢いよく階段を駆け下りる。

「きゃっ! お、おはようっ」

ちょうど俺を起こしに来ようとしてたのか、1階で咲とすれ違う。

「すまんトイレ!」

朝の挨拶を返すヒマもなく、俺はトイレの扉を開けた。
そして一気に開放する。

「ふー、間に合ったー」

いつもなら放物線を描くそれは、今朝はほぼ一直線にまるで滝のような勢いで便器へと吸い込まれていた。
別に寝る前に大量の水分を取ったわけではない。
それなのにどうしてこんなにもたっぷりと出るのか。
俺は首をひねりながらも、限界状態から無事脱せたことでいつも以上の開放感を感じることができていた。

「はい、おつかれー」

ガチャッと扉を開けて扉を出ると、俺がどういう状態だったのかを把握していたのか咲がタオルを持って待っていてくれた。

「部屋のアラームは止めておいたからね。手と顔洗って着替えたら、ご飯食べに来て」
「了解」

言って洗面所に向かおうとした俺は、あることを思い出す。

「おはよう咲」
「あ、おはよ~」

緊急事態で先程スルーした朝の挨拶を、きちんとやり直す。
笑顔の咲に見送られながら、俺はタオル片手に洗面所へと向かった。

    *    *    *

「いただきまーす」
「はい、召し上がれ」

かーちゃんたちが海外遠征に行っている我が家の朝の食卓は、俺と咲の2人きり……ではなかった。

「いただきます」
「はい、どうぞ」
「てかなんで朝から緑青もいるんだ?」
「鉄子さんに頼まれた。咲ひとりじゃ大変だからって、悦郎の面倒みてくれって」
「あのなあ……」
「ふふふっ」

咲の作ってくれた朝食をモグモグと咀嚼する緑青。
ちゃんと緑青の分まで用意されていたということは、咲も緑青が来ることを知っていたようだ。
知らぬは俺ばかりってことか。
この分じゃ明日には麗美も来そうだな。

「そういえば悦郎、今朝漏らしたんだって?」
「ギリギリ間に合ったわ」
「んもー、ごはん食べながらそういう話はやめて」
「まだおっきい方じゃないだけいいでしょ」
「ちーちゃんっ」
「はーい」

まるで小学生のような話題で少しだけ咲の機嫌を損ねながら、俺と緑青は朝食を食べ終える。
そしてほぼいつもの時間に、家を出る。

「いってきまーす」
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
「お前も出るだろうが緑青」
「そのとーり」

ここで俺は衝撃の事実に気づいた。

「あれ、もしかして今日って……」

ここ最近、俺はトレーニングの名目で咲に朝から走らさられている。
そして今日もそうなるんだろうとは思っていた。
そのときに咲の荷物は、ウェイト代わりに俺に背負わされる。
右肩に自分のカバン、左肩に咲のカバン。
中の弁当を揺らさないように、最新の注意をはらいながら俺は朝のランニングをしていた。
だが今日は、緑青もいる。
ということはつまり……。

「はい悦郎。今日はカバン三つね」
「やっぱりかー」
「ぐふふ。実はそのために呼ばれたんだったりして」
「はあ?」

どうやってカバンを持つか考えている俺を置いて、2人は先に歩き始める。

「じゃあ駅で待ってるから。ファイトー」
「ちょ、おま……」

スタスタと咲と緑青が歩み去る。
俺はまずは自分のカバンの中身を、縦積みに耐えうるように調節した。
そして、背中にリュックのように背負う。
右肩には咲のカバン。
左肩には緑青のカバン。
若干緑青のカバンが重めだが、どうにか三つを装着したまま走ることができるようになった。
いや、さすがに走るのはちょっと無理だった。
俺にできるのは、可能なのは速歩き程度だった。

「くそ。なんかこれ、小学生時代のカバン持ち思い出すな」

小学校時代の帰り道。じゃんけんで負けた者が全員のカバンを持つ的な遊びをよくやっていた。
とはいえ今日は、俺はじゃんけんに負けていない。
ならばなぜ、こんな目に遇っているのか。

「……ああ、腕相撲に負けたからか」

女子レスラーであるかーちゃんのところに練習生見習いのような形で出入りしている鈴木すずめさん。
俺よりもずっと小柄な子に、俺は腕相撲で完敗してしまった。
せめて一勝するまでは。
俺は左右のバランスを取りながら、できるだけ大股で2人のあとを追った。

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