黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

文字の大きさ
119 / 171
14章 十四日目 走ったり揉んだり

14-2 いつもは見かけないランナー

しおりを挟む

「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」

駅に向かって速歩きで進む俺。
最初はカバン3つはだいぶきつかったが、徐々にバランスのとり方がわかってきて、むしろその重さを利用していつも以上のスピードが出せるようになってきた。
といっても、速歩きとしては、のレベルだったが。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……ん?」

不意に俺のとなりに誰かが並んでくる。
咲や緑青ではない。
あいつらはだいぶ先行したのか、いまだに背中すら見えない。
もしかすると、もう駅についている可能性もある。
では、俺のとなりに走るこの子は……。

「おにーさん、なんか面白いことしてるね?」

タッタッタと俺と併走しながら、その子は声をかけてきた。
そしてどこか心配そうな表情を浮かべながら、なぜか俺にそっと耳打ちしてきた。

「もしかして、いじめられてたりする?」

言葉の内容で、その子が声を潜めた理由がわかった。
カバンを3つも抱えている俺のことを、いじめられっ子ではないかと心配してくれたのだ。
もちろんこれはいじめではない。
トレーニングのために、咲と緑青が俺にカバンをもたせてくれた……はずだ。
考えているうちに、なんとなく違うような気もしてきてしまった。

(っていうかこれ、面白がってるだけな可能性なくないか?)

咲の方はおそらくだが、俺を鍛えるという気持ちはあるだろう。
そこにプラスしてちょっと面白いから、という理由も入っているような気もする。
そして緑青。
たぶんあいつの方は、100パー面白がっているだけだと言い切れる。
もちろん、聞けば俺を鍛えるためだと建前の理由を言ってくれるだろうが。

「ねえねえ、大丈夫? 誰か助けてくれそうな人、いたりする?」

名前も知らないジャージ少女。
カバンを3つも持って速歩きしている俺を気にして、いろいろ聞いてきてくれる。
ちょっと考え込んで黙ってせいか、余計に心配してしまったようだ。

「ありがとう、でも大丈夫。これ、トレーニングだから」

とりあえずそれが一番正解に近いだろうと、俺は歩きながらその子に答えた。
何を言われているのか一瞬わからなかったらしく、ジャージ少女はキョトンとした表情を浮かべる。
そして……。

「ぷぷぷっ! トレーニングって。やっぱりおにーさん、面白いことしてたんだね」

破顔大笑。
なんともいい笑顔で彼女は笑い始めた。

「ははっ。そうかな」

思わず釣られて俺も笑い始めてしまう。

「そうだよ。だってそんなの、マンガとかアニメの中でしか見たことないもん。おにーさん、アニメとかの中の人なの?」

走りながら普通に話してくるジャージ少女。
見た目からはわからないけれども、けっこう鍛えている子なのかもしれない。

「かもしれないよ? そのうち車とかに引かれて、ぺしゃんこになったりして」
「あははははっ」

並んで走りながら(正確には俺は速歩き)、俺は彼女とそんな感じのどうでもいいようなことを話していた。
彼女とは、そのまま駅でお別れした。
俺を待っていた咲はなぜか妙に不機嫌だった。
そして面白そうに笑っている緑青。

それはそれとして、今日もいつもどおりの電車に遅れずに乗れたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...