黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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15章 十五日目 健康診断

15-7 いつもとは違うはじめての体験

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「まずはここに仰向けになってください」

クールな看護師さんに処置室に連れて行かれた俺は、いつになく緊張していた。

「大丈夫ですよ、みなさん何の問題なくやってらっしゃることですから」

俺の緊張を感じ取ったのであろう看護師さんが、優しく言葉をかけてくれる。
先程までのクールさからは、考えられないほどの温かみだった。
そして言葉だけでなく、布団もかけてくれる。

「左腕はこちらに出して下さい。ルート確保しますね」

そう言って俺の腕の静脈を探る。

「親指を中にして握り込んで下さい。そのままギューって」

看護師さんの細い指が、俺の腕をペシペシと探る。
確かそのあたりに血管が浮き出ていたと思うあたりが、何度かスルーされた。

「???」

一向に進まない処置に、頭にはてなマークが浮かぶ。

「えっと……何度か拳をニギニギしてみてください。はい、それでそのまま今度は握り込んで……ストップ」

クール看護師さんの、クールさがどこかに行ってしまっていた。
俺でもわかるほどに、その表情には焦りが浮かんでいた。

(ってか、それ看護師としてダメなんじゃないの? あんまり慌てると患者さん不安になっちゃうでしょ)

とか思ったが、自分自身を観察してみると逆の影響があらわれていることがわかった。

(もしかして俺、緊張が解けてる? 看護師さんが慌ててるから?)

よく緊張は伝染するなんてことを言ったりするが、それの逆もあり得るのだろうか。
まるで俺の緊張が看護師さんに吸い取られてしまったかのように、俺はかなりリラックスしはじめていた。

「あ、あった」

少しホッとしたような表情で、俺の静脈を何度か押している看護師さん。
めちゃくちゃ思っていることが顔に出てるし、そのつぶやきも漏れたらダメなんじゃなかろうか。
今までこの検査を受けたことがなかったから知らなかったけど、もしかしてこのクール看護師さん、意外とポンコツなんじゃないのか?

「アルコール消毒大丈夫ですね?」
「あ、はい」

俺が観察していることに気づいているのかいないのか、看護師さんは処置を続けていく。
ちょっとずつクールさを取り戻しているようにも思えるが、どことなくポンコツ風味が漂ったままになっているのは俺が正体を見破ってしまったせいだろうか。

「ちょっとチクッとしますよ」

細い管のついた針が、俺の腕に刺される。
注射とも採血用の器具とも違うそれは、はじめて目にする医療用具だった。

(あ、なるほど)

横目で観察していると、それの使い方がわかった。
細い管の先にあるキャップのようなものを外して、そこに注射器を接続する。

「いま生理食塩水を入れてます。痛みとかありませんか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です」

そのあとクール看護師さんは管を俺の腕にテープで止め、左側を下にして寝そべるように指示したあとストレッチャーの周りのカーテンを閉めてどこかへ行ってしまった。

(胃カメラか……)

一人になると、若干の緊張が蘇ってきた。

(テレビとかで見たことあるよな。カメラのついた細い管みたいなの飲み込んで……)

想像しただけで、喉がグッと締まって苦しくなる。
不安は残るが、きっとなんの心配もないのだろう。
青丹さんも大丈夫だと言っていたし、さっきのクールポンコツ看護師さんも平気だって言っていた。
それに……。

(よく考えてみれば、苦しいだけだよな。別にそれで皮膚が裂けたり内蔵を突き破られたりするわけじゃないし……)

いろいろと分析している間に、自分がなにを恐れているのかがよくわからなくなってきてしまった。
ただ未体験だったからちょっとビビっているだけ。
最終的には、そんな感じで自分自身を納得させてしまっていた。

(俺ってチョロいよな。我ながら)

横になったまましばらく、俺はそうして放置され続けた。

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