黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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16章 十六日目 テスト勉強

16-7 いつもとは違う場所でのカレーの香り

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「……」
「……」

静かな部屋の中に、カリカリと筆記具がノートの上を走る音だけが小さく響いている。
そしてときおり鉛筆を投げ出し、消しゴムを使う音。
教科書や参考書のページをめくる音も、ときどき小さく聞こえていた。

「あー、もう限界。そろそろ休憩にしようぜ」

最初に音を上げたのは部屋の主である近藤。
いつもいる場所だけあって、緊張感が保てなかったのかもしれない。
とはいえ、俺の方もそろそろ集中力が限界だった。
ときどき部屋の外から聞こえてくるビンゴの鳴き声が、少々気になり始めていたのもそのあらわれだろう。

「そうだな。俺もちょっと疲れてきたわ」

パタンとノートを閉じる。
そんな俺に同調したかのように、砂川や佐郷たちも次々に筆記具を手放しはじめた。

「ふえー、つかれたびー」
「たまにしか勉強しないから超つかれるぜ」
「甘いもの補給しないとねー」

言いながら砂川が、人数分のドーナツを取り出す。

「はい差し入れー」
「おお。さすがスナ」
「まずは新城選んでいいぞ。お前が一番働いてるからな」
「サンキュー」

男6人がドーナツに群がる。
ちょっとばかり気持ち悪い絵面だが、うまいものはうまいのだから仕方がない。
そうして俺たちは糖分を補給し、しばらく休憩したあと再びそれぞれの苦手教科と向かい合った。

    *    *    *

コンコンコン。
窓の外がうっすら暗くなってきたころ、近藤の部屋のドアがノックされた。

「おにいちゃーん。友達来てるんだってー?」

扉の外から聞こえてくる女の子の声。
それは、近藤の家に来たときに出迎えてくれた千歳ちゃんの声ではなかった。

「入るよー」

ガチャッと扉が開かれる。
そうして部屋を覗き込んできたのは、近藤の上の妹さんである藍子ちゃんだった。

「あれ、思ったより人数いる」

ちらっとこちらを一瞥し、部屋にいる人数を数える藍子ちゃん。

「こんにちわー」
「おじゃましてます」
「やっほー、藍子ちゃーん」
「いよっ」
「……」

そんな藍子ちゃんに、俺たちは五者五様の声掛けをする。
ちなみにモジモジして黙っているのは佐郷だ。
それらの言葉にペコっと頭だけを下げる藍子ちゃん。
近藤に視線を向けると――

「カレーならできるけど、それでいい?」

と聞いた。

「悪いな」

兄妹ならではの言葉少ななやりとり。
それだけ言うと藍子ちゃんは、ドアを閉めて階段を降りていった。

「もしかして近藤、夕飯か?」
「ん? ああ。食べていくだろ。もうこんな時間だし」
「え、でも」

この中では一番の常識人である新城が断りそうになる。
それを制止するのは意外なことに佐郷だった。

「も、もう作り始めちゃってるし、遠慮するほうが悪いってばさ」
「そうか……それもそうだな」

とはいえ男5人、急に増えたりすれば食材の方も大変だったりするだろう。
俺は近藤に買い出しにでも行ったほうがいいかと尋ねた。

「気にするなって。うちはバスケ部の連中のたまり場になってるから、食材は買い置きがあるんだって」
「そうか」
「でも明日来るとき、食ったぶんだけ持ち込んでくれよな。うちそんな金持ちじゃねーし」
「おう。了解。みんなもそれでいいな」
「うん」
「わかった」
「ふふふふ。任せてよ」

そうして俺たちは再び勉強を再開した。
これを乗り切ればカレーが食べられるというご褒美からか、その集中力はそれまで以上のものだった。
ただし、それが続いたのも、階下からカレーのいい香りが漂ってくるまでではあったが。
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