黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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16章 十六日目 テスト勉強

16-8 いつもとは違う味のカレー

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「どうですか、砂川さん」
「うん、美味しいよ」
「ほっ。よかったです」

近藤の家で期末テストのための勉強会をしていた俺たち。
その日はそのまま近藤の家でカレーをごちそうになった。
作ったのは近藤の妹の藍子ちゃん。
もうひとりの妹である千歳ちゃんもじゃがいもの皮むきを手伝ったらしい。

「にゃー」
「ダメだビンゴ。これは猫には食べられないんだ」

なぜか妙に俺に懐いているビンゴが、俺の膝の上に乗ってカレーを狙っている。
当然のことながら、俺がそれを与えるはずはない。

「んもー、悦郎くんばっかり。なんでビンゴ、すぐに悦郎くんにくっつきたがるの?」

小学生の千歳ちゃんが、食事もそこそこに俺の周り(というか正確にはビンゴの周り)をウロウロと歩き回り、どうにかしてビンゴに自分の方を向かせようといろいろしていた。

「こら千歳。食事中は我慢しなさい」
「だってビンゴが」
「ビンゴはご飯食べてから」
「はーい」

まるで父親のような近藤。
いつもの学校での近藤を知っている俺たちは、思わずニヤニヤと笑ってしまった。

「なんだよお前ら。笑うことないだろ」
「だってよー」
「お前らだって家と学校じゃ少しは変わるだろ? 妹とかいるやつはわかると思うけど……」

そう言って近藤は俺たちの顔を見回す。
木村、佐郷、新城、俺、砂川。

「あ……すまん」

近藤の視線が砂川で止まり、気まずそうな表情で謝る。

「いや、気にしないでいいよ」

俺たちの中で妹がいるのは、近藤と砂川だけ。
ただし、砂川の妹は入院中だ。
事情を知らない藍子ちゃんは、不思議そうな表情で近藤と砂川の顔を交互に見ていた。

「まあその話はそれくらいにして、藍子ちゃんのカレーをちゃんと味わおうぜ」
「そうだな。いつも咲ちゃんのカレー食べてる悦郎には物足りないかもしれないが、藍子のもなかなか美味いからな」
「なによー、もう。おにいちゃんはおかわりなしだからね」
「なっ!」
「ははははっ」

一瞬気まずい雰囲気になりかけたが、それはすぐに払拭される。
藍子ちゃんのカレーを美味そうにパクつく佐郷と木村。
なぜか藍子ちゃんにマークされるようにマンツーマンで応対されている砂川。
千歳ちゃんに尻尾をつかまれ、嫌がるように俺の膝の上から逃げていったビンゴ。
そのビンゴを追いかけていった千歳ちゃん。
そして俺と近藤は、最後に残ったカレーをどちらがすくうかで、鍋前で睨み合っていた。

「お前はいつも咲ちゃんのカレー食べてるからいいだろうが」
「むしろそれはこっちのセリフだ。そっちこそいつも藍子ちゃんのカレー食べてるだろ」
「むむむ、なるほど。そう言えばそうだな。じゃあ今度は咲ちゃんがカレー作ったとき、俺も招待しろ」
「それは別にいいけど……っていうかカレーやると、なぜか緑青がいつの間にかいるんだよな」
「緑青さんか……あの子も謎だよな」
「ああ」
「いただきー」
「「ああっ!」」

少し話題が逸れた俺たちの間隙を縫って、新城が最後のカレーを自分の皿によそった。

「おまえー」
「いや、諦めろ悦郎」
「え? いいのか近藤。お前それで」
「俺たちの勉強会にとって、新城は欠かせない人材だ。このくらいは譲っておかないと」
「そう……だな」

クラスではギリギリ五本の指に入るくらいの成績の新城。
とはいえ、それでも俺たちの中ではぶっちぎりに頭がいい。
今日も、俺たちはやつにいろいろと教わりっぱなしだった。
理数系なら砂川でもどうにかなるが、それ以外はどうしようもない。

「仕方がない。諦めよう」
「っていうかあとで、ラーメンでも食べに行こうぜ」
「そうだなっ」

思春期男子の食欲は底なし。
このあと俺たちは、近藤の家からの帰り道で牛丼を食べるのであった。
ラーメン?
それは帰るころにはすっかり忘れていた。
まあ、そういうこともあるわな。
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