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第1章 春

2. (Ray side)

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『伶、伶は男の子だから強くなくちゃダメだ』

ある日、父さんが俺にそう言った。
あれはいくつの時だっただろう。

まだ幼くて、強いとかよく意味がわからなかったけど、なんとなく理解した。
きっと、泣いちゃダメだとか、そう意味なんだろうって。

『男の子は強くなって、女の子を守ってあげなくちゃいけないんだ』
『だから伶、伶は強くなって、玲奈のことをしっかり守ってあげてね』

そう父さんに言われて、俺は決めたんだ。
玲奈のことを一生守るぞって。

玲奈は、喜怒哀楽がハッキリしていて、顔を見れば考えてることがすぐに分かる。
素直で純粋、甘えんぼうで、泣き虫で…。
いつも俺のことを頼ってくれた。
そんなだから、俺も、玲奈のことを大事にしなくちゃ、守らなくちゃって。
その気持ちはどんどん大きくなった。


それは、今でも思ってる。
子どもの頃とは違うけど。
違う方法で、玲奈のことを大切に守ってる。


ヴヴ…
スマホの振動でふと画面に目をやった。
透からのメッセージ。

『レナ具合悪そう』

それを見た瞬間、俺は立ち上がっていた。
「俺、帰るわ」
「え!?ちょっ…」
隣にいた女が驚いた声を上げる。
それを無視して床に散らばった服を拾い上げた。
「なんでこれからって時に帰るかなー。他の女のとこ行くの?」
不服そうな声だけど、別に引き止められはしない。
「そ、大事な女のとこに行くの」
「また連絡してよー?」
服を着ると、振り返らずにその女の部屋を後にした。


学校が終わると、俺は自由に遊びまわっていた。
今日も同じ。
玲奈を放ってテキトーな女と遊んでいた。
1人になるのが好きじゃない玲奈だけど、俺がいない時はいつも透がそばにいてくれるから…。

外に出てスマホを見ると、透からもう1通メッセージがきていた。
『レナに1人になりたいから帰ってって言われたから帰るけど。熱はなくて、ただ気分が良くないだけみたい。これ見たら早く帰ってやって』
それに返信を打ちながら歩く。

今日の朝は、いつも通りだった。
昼も…普通に弁当食べてた。
午後の授業のあとは?

玲奈の様子を思い出そうとするけど、6限目のあとどうだったのかを思い出せない。
くそ…
自分が腹立たしい。

『玲奈のことを大事にする。絶対守る』
そう心に誓ったのに、玲奈の様子すら思い出せないなんて。

また、守れなかった———
そんな気持ちがふつふつと沸いて、自分自身を苛立たせた。

途中で飲み物を買って、家に着く頃には外はもう暗くなっていた。
家の明かりはついていない。
寝てるのかな…
「ただいまー」
鍵を開けて家に入るも、しんとしてる。
とりあえず、買ってきたものを冷蔵庫へ仕舞おうと、リビングへ入って電気をつけた。

「…伶?まぶしい~」
ソファからもぞもぞと起き上がる玲奈。
「あれ、そこにいたの?」
「電気消して…」
「大丈夫?飲み物買ってきたけど、要る?」
「うん…」
電気を消して、薄明かりのリビングを玲奈のもとまで歩く。
隣に座って、ペットボトルの蓋をあけて渡した。
玲奈は二口ほど飲んで、俺の顔を見る。
「今、何時?」
「6時過ぎたところ」
「そっかあ~」
飲みかけのペットボトルを俺に返して、玲奈は再びソファに横になった。
「ここじゃなくて、自分のベッドで寝たら?」
そう言うと、玲奈は首を横に振った。
「具合悪いんでしょ?」
「透に聞いたの?」
「うん。大丈夫なの?」
「……ここがいい。そばにいて…」
それを聞いて、俺はソファから勢いよく立ち上がる。
一緒に居たくないからじゃない。
そうじゃなくて、玲奈に顔を見られたくなかったからだ。

「ブランケット…とってくる」
そう言って、一旦その場を離れた。

玲奈は、昔からそうだった。
具合が悪い時はいつも『そばにいて』と、そうせがむ。
『パパとママじゃ嫌!そばにいてほしいのは伶なの!!』
そう言われる度に、嬉しかった。
自分だけが、玲奈の特別になれた気がした。

その事を思い出して、今でも『特別』なのかと、心臓が音を立てた。
きっと表情にもそれが出ていたと思う。
それを、玲奈に気づかれたくなかった。

取りに行ったブランケットを玲奈に掛けて、寝ている玲奈の頭の横に座る。
「伶…ありがと」
玲奈が小さな声で、そう言った。
ブランケットに包まって、目を閉じたまま、独り言を言うように。
「早く帰ってきてくれて嬉しかった」
「……っ」
俺は言葉に詰まる。

ヤバイ。
心臓が早鐘を打つ。
無意識に玲奈の頭を撫でようと、手を伸ばしたところで、ハッとした。

『触らないで!!!』

あの日、玲奈から言われた言葉が、大音量で頭の中に響く。
それで、伸ばした手をさっと引っ込めた。

…そうだ。
俺は玲奈に触れる資格なんかない。
守ることができなかったからだ。
大事にすると誓った、玲奈のことを。


あれは、日本へ来て間もない頃だった。

それまで、ずっとドイツで過ごし、日本には一度も行ったことがなかった。
突然、日本に行くことになったのは、母さんの父親…俺たちの祖父が余命わずかだという知らせを聞いたから。
俺たちは、その時まで祖父がいるということすらも知らなかった。
初めての、日本。
慣れない環境に、学校。
これまで何するのも、どこへ行くのも、学校でもずっと一緒にいた俺たちは、初めて別々の時間を過ごすことになった。
日本に来て転入した学校は、玲奈と別々のクラスだったから。
1日のこんな長い時間を、離れて過ごすことは初めてだった。

だから、すぐに気づけなかったんだ。
いや、自分もその環境に慣れるのにいっぱいいっぱいで、気づいてあげられなかったんだ。

あの日、玲奈はクラスの女子と喧嘩して、泣きながら家に帰ったんだって、後から知った。
放課後、玲奈がいないことに気付いて、慌てて家に帰った。
父さんも母さんも帰ってきていたけど、玲奈は部屋に閉じこもって出てこなかった。
2人に何があったのか聞いても、玲奈が話してくれないから学校側から聞いたことしか分からないと言う。

でも、玲奈は絶対に誰かと喧嘩なんかしたりしない。

『伶とだったら話してくれるかも…』
父さんと母さんにそう言われた。
俺たちの今までの関係を考えると、きっとそうだろうと俺も思った。
ずっと、2人一緒に過ごしてきた絆がある。

声をかけて、玲奈の部屋に入って。
布団をかぶって声を押し殺して泣く玲奈に近づいた。
『ねえ、玲奈。何があったの…?』
そう言って、そっと肩に触れた。

瞬間。

『触らないで!!!』
そんな大声とともに、思いっきり手を振り払われた。

…何が起きたのか、理解するまでに時間がかかった。
振り払われた手を見ながら呆然とする。

声を荒げた玲奈に驚いて、リビングにいた両親が飛んできた。
父さんが、玲奈のことを諌めてくれたと思う。
母さんは、俺に何か話しかけていた。
そのやりとりはどこか遠くの方で、わずかに聞こえるだけだった。

『みんな、出て行ってよ!!』
我に返ったのは、玲奈の2度目の大声だった。
それでようやく気がついたんだ。

そうか、
俺は…玲奈に拒絶されたんだ———。

守ると誓ったのに、俺が守ってやれなかったから。
だから傷ついて泣いている玲奈がいる。
だけど、どうしようもない。
何もしてあげられない。
『触らないで』『出て行って』
その言葉が何度も頭の中で反芻される。

…玲奈のそばにいてやることすらできない…。

俺が、玲奈のことを蔑ろにしたからだ。
自分のことで手一杯で、玲奈を一番に考えてあげられなかったからだ。

足元から何かがガラガラと崩れていくような気分になった。
傷ついて泣いているのは玲奈なのに。
守ってやれなかった俺に、傷つく資格なんかないだろ。


はっとして周りを見回す。
薄暗かった部屋が、真っ暗になっていた。
「俺も寝ちゃったのか…」
左側に、静かに寝息をたてている玲奈。
ふーっと息を吐きながらソファにもたれて天井を見上げた。

…嫌な夢見たな。

あの日、玲奈に拒絶された時の夢。
あれから俺たちは変わった。
今も隣にいるのに、触れられるほどそばにいるのに。
たった数センチの距離が、とてつもなく遠い。

あの日の話は、今まで一度もしたことがない。
何があって玲奈が傷ついたのか、何があって俺を拒絶したのか知らない。
ただ何があったにせよ、俺が守ってあげられなかった結果に違いはない。
これ以上、玲奈を傷つけたくないんだ。
だから、あの日言われた『触らないで』という言葉を守っている。

近くにいると、昔のように触れたくなるんだ。
手を繋いで、触れ合って、太陽のように輝くような笑顔が見たい。

そんな思いを打ち消したくて、女遊びを始めた。
俺が他の女に目を向けている間は、玲奈は傷つかないだろ。

昔とは違う方法で、俺は玲奈を大切に守っている。
俺が、玲奈を傷つけないように。

こんな、暗がりの部屋は居心地がいい。
ぐちゃくちゃの真っ黒な心を隠せる。
隣で眠る、玲奈をずっと見つめていた。


「ねえ。昨日言ってた、"大事な女"はどうなったの?」
背中の後ろで裸の女が俺に尋ねる。
一晩経って、次の日。
俺は仕切り直しに、昨日の女の部屋に来ていた。


———玲奈は、朝には元気になっていた。
『色々考え事してたから、気分悪くなっちゃったのかなあ!?』
そう言って笑う。

何、考えてたの?

そう聞くことができずに、
『元気になってよかったね』
それだけを言葉にした。


「なんで?気になんの??」
答えをはぐらかすために聞き返すと、女は笑った。
「気になるわよ~!だってレイが誰かに本気になるなんて意外だもん」
女は後ろから抱きついてくる。
「ね、どんな女?」
「本気とかそーいうのじゃない」
「うそ、本気っぽい雰囲気だった!」
俺の首にからみついている女の腕を離した。
それから女の顔を見て答える。
「妹だよ」
俺の答えに、一瞬びっくりしたような顔をした後、ふふふっと声に出して笑う。
「なーんだ!遊びじゃない本命のカノジョいるのかと思ったら…妹~?なにそれ、あんな顔で帰るなんて、超溺愛じゃーん」
「そーだよ。俺の一番大事な女だからな。すげえ溺愛してんの」
そう言いながら、俺は女をベッドへ押し倒した。


……そうだよ。

本気とか本命とか、そんな薄っぺらい言葉じゃ言い表せないんだよ。

溺愛?
してるに決まってるだろ。
一生大切にすると決めたんだから。

兄妹だからじゃない。
玲奈だから好きなんだ。

他には何も要らない。
玲奈は、俺の全てだ。



———もし、

もし
願いが叶うなら。

俺はあの日に戻りたい。
玲奈を守ることができなかったあの日へ。

純粋で真っ白なキレイな心の玲奈を守りたい。

無理やりその心を引き裂かれることがないように。
傷つくのは、
玲奈を守るこの俺だけでいいんだ。
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