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第1章 春

9. (Rena side)

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悲しい事があると、いつも隠れて泣いていた。

たとえば、クローゼットの中だったり。
庭の隅だったり。
少し大きなってからは、
公園の大きな木の下だったり。

理由はいつも単純だった。

ピアノがうまく弾けない…とか、
ヴァイオリンの弦がうまく張れない…とか、
漢字が難しくて覚えられない…とか、
そんなの。

でもいつも伶が見つけてくれて、泣き止むまでそばにいてくれた。
それから私に泣いてる理由を聞いて、
『ぼくがいるから大丈夫だよ』
って、笑顔で言ってくれた。

その言葉は、まるで魔法。
伶と一緒だとすぐに何でもできるようになった。



こないだ…旅行に行った時から、私の心はザワザワしてうるさい。
もう少し正確に言うと、伶に肩を抱かれてから。
ドキドキもしたし、
それに何よりすごくすごく幸せな気持ちになった。

でも。
あの時、思ったの。

『こんな幸せな思いをしたら、次に来るのは?』って。
海を見ながら頭に流れた歌詞が、こびりついて離れない。

だって、実際そうだったから。
伶との関係がこじれてしまったあの時も、ずっと永遠に続いていくと思ってた幸せが絶頂の時だった。

だから変に身構えてしまって、伶と微妙に距離ができた。
ううん、自分でその距離を作ってしまったの。


「…なあ、玲奈。なんで伶とギクシャクしてるの?」
学校の帰り道、透にそう聞かれた。

伶は用事があるからと先に帰ってしまって、透と2人で並んで帰っている途中。
「…えっ…と」
不意を突かれて言葉に詰まる。
「何か嫌なことでもされた?」
「ううん、そうじゃない」
伶は私が本当に嫌がるようなこと、絶対にしないもん。
「じゃ、どうしたの?」
「…あのね、水族館で…伶に肩をぎゅってされたの」
透に優しく聞かれると、何でも話せてしまう。
昔からそう。
今も、自然と言葉が出ていた。
「それがね、すごくドキドキして嬉しかったの。触らないでって、伶に言ったくせに…変だよね」
「なんで~?いいじゃん。あの言葉は本心じゃないし、こないだ謝ったんだろ?」
「そうだけど…」
「そのこと気にして態度が変なの?」
「ううん、あの時、伶は何も言わなかったし、それも気になってはいるけど…」
そう、確かに私が伶に言った言葉のことも気になる。
許してくれたのか、どうなのから分からない。
でも少なくとも、手を繋いでくれたし肩も抱き寄せてくれたから、怒ってはいないと思う。
「…私、怖いの」
少し間を置いて、そう言った。
「何が怖いの?」
「あの時、すっごく幸せだなぁって思っちゃったから。またそれが壊れるんじゃないかなって怖くて…」

 "凍てついたかと思うと次には心が燃え上がって
 そしてまたすぐ心は冷たく凍ってしまう"

この歌詞。
これを思い出しては、臆病になってしまう。
不用意に伶に近づくと、また良くないことが起きるんじゃないかって。
幸せだと思った気持ちを壊したくなくて。
それで、距離ができてしまった。

「なんだよ~、心配したのに。のろけかよ!」
「え!?ちがうよ!」
半ば呆れ顔の透に、そんなつもりじゃなかった私は食ってかかる。
「だって伶とくっつけて幸せなんでしょ。幸せが怖いなんて贅沢な悩みだよ~?」
「えー!??」
「怖いならもっとくっつけばいいじゃん。昔はそうだったろ?手つないで、ぎゅってして、って言えば、伶だって喜んでそーしてくれるよー」
「えええ?言えない、そんなの」
「なんで。オレには言うじゃん。もっと奥まで入れてとか」
「そんなこと言ったことないでしょー!!」
怒る私に、それを笑い飛ばす透。
透と話していると、まじめに悩んでいたのが、バカらしく思えるから不思議。
「玲奈、怖がらずにもっと伶を信じてあげなよ」
「伶のことは、ちゃんと信じてるもん…」
「そうかな?じゃ、伶と距離をとらずにちゃんと本音で話し合えば?」

…うう。
透に、痛いところを突かれる。
透の言う通り、昔みたいに心で思っていることも全部、伶に伝えられたらいいのかもしれない。
きっかけを失ったまま、何年も過ぎちゃって。
昔はどんなふうに話していたのか、分からなくなってしまった。

「…あ、パパからだ」
透に何て返事をすればいいか考えていると、携帯が鳴った。
見てみると、パパからのメッセージ。
「今、家に帰ってるところだけど渋滞してるからもう少しかかりそうだって」
「そ。じゃあ、玲奈と遊んで待ってよ」
今日は、パパが透にピアノ聴かせに来てよって言って約束していた日。
透も久しぶりにおじさんにレッスンつけてもらいたい、と言っていた。
それで、先に家に着いた私たちは、いつものように練習部屋で楽器を弾いて遊ぶことにした。

「ねえ、透は楽器なんでも弾けるじゃない?それでいつもスグ飽きちゃったって言うけど、ピアノは飽きてないの?」
パパにピアノのレッスンつけてもらいたいっていうのが不思議に思えて、聞いてみた。
「…あー、それね…」
透は少し悩むと、ピアノの前の椅子に座る。
私は、その後ろに立っていた。

すぅっと透が息をするのが分かって、次の瞬間。
音の波に飲まれそうになる。
圧倒的な音色。
伶が弾くそれとは別の楽器に思えるような。

伶の音が"静"だとするなら、透の音は"動"だ。

静かで深く鋭い音を出す伶と対照的に、躍動感あふれる情熱的な音を出す透。

透が弾いているのは、ジャズ。


———3年前、
私たちが日本に来た春。

うちに遊びに来た透が言っていた。
『すごい音を出す人と出会ったんだ』って。
聞けば、年上の女の人で、ジャズを弾く。
小柄なのにものすごい熱量をもつ音を出すんだ…って、嬉しそうに言っていた。

すぐに分かった。
その人のことが、大好きなんだなって。
本当に本当に好きなんだ…って。

その頃、透は楽器に飽きちゃっていて、ピアノもヴァイオリンも練習はするけどつまらない。
伶や私とセッションするのは楽しいけど、一人で弾くのはなぁ…って言っていて。
それでその頃は、しょっちゅううちに遊びに来ていた。
そのジャズを弾く人の話を聞いてから、透はあまりうちに顔を出さなくなった。
それでも、私が家で引きこもっていると遊びに来てくれて、たまにジャズも聴かせてくれた。

あんなに何を弾いてもつまらないって言ってたのに、それだけは本当に楽しそうに弾く。
彼女に夢中なのは明白だった。


だからあの日、何も言わなくても分かったの。
初めて透と寝た日。
私も透も、大切なものを失った。

私は、声を。
透は、彼女を。

あれから、透のジャズは聴いていなかった。


…そっか。
「まだ、彼女のこと、大好きなのね…」

曲が終わって、透の指が鍵盤から下ろされた時。
私はぽつりとそう呟いていた。
あの3年前と比べて、音と技術にものすごく磨きがかかっていて…。
思わず、後ろから透に抱きついた。

「…そうなんだよ。オレ、なんでもすくに飽きちゃうのにさ。マユカの事は、全然忘れられないんだ…」

いつも元気なのに、泣き出しそうな声。
表情は見えないけど、まわした私の手をぎゅっと握る透。
しばらくの間、そのままでいた。


「…玲奈」
先に口を開いたのは透。
「今、オレに抱きついてるみたいに、伶にも抱きつけば?」
そう言って私の顔を見る透は、いつも通り、私をからかう時のものに戻っていた。
「コレは透が泣きそうになってたからだよっ!」
私はパッと透から離れる。
「玲奈がオレを泣かそうとしたんだよー。マユカのこと思い出させるから」
「だって…ものすごく上手になってたよ?練習続けてるのは、彼女が好きだからでしょ?」
「オレはもともと上手なの~」
「そうだけど…。クラシック弾いてる時と、音が全然違うんだもん。ジャズばっかり練習してたでしょ」
そう指摘すると、透は少し悲しそうな顔をして笑った。
「…ねえ、もっかい弾いて!」
元気がない透を見ていたくなくて、大きな声を出した。
「ジャズ弾いてる時は、いつもチャラチャラしてる透がすごくカッコよく見えたよ」
「なに言ってんだよ。オレはいつもカッコよくて女子の注目の的なんだからな!」
透は再び鍵盤に指を置く。
そこから発せられる音は、私の心も高揚させた。

途中で、帰ってきたパパたちが部屋の中に入ってくる。
気づいて話しかけようとする私に、パパが口の前で人差し指を立てた。
透は私の様子でパパたちに気づいていたと思うけど、そのまま最後まで引き続けてくれた。

「すごーい!!」
拍手とともに、感動の声を出したのはママ。
透が弾き終わると同時に、駆け寄ってきた。
「奈々ちゃんが、ずっとヴァイオリンも弾かずにピアノで遊んでばかりって言ってたけど…このことだったのね」
「奈々子、人聞き悪い事言ってんなー」
ママの率直な言葉に、透は苦笑する。
「久しぶりに聴かせてよって言ったけど、こんなすごい演奏が聴けるとは思わなかったなあ。びっくりだよ」
パパも感動しきり。
いつも遊んでる私も、すごいって思った。
透はいつもはこんなの弾いてくれないから。
「ホテルのラウンジとかブルーノートで弾けるんじゃないかな」
「そうだね。そういうところで演奏できるレベルだよ」
ママとパパの会話。
透のことなのに、私はすっごく嬉しかった。

「あれっ、伶はいないの?」
ママが部屋の中をキョロキョロしながら言う。
「伶は用事あるって」
「えっ?なーに!彼女かな。デート?」
私が答えると、ママは目を輝かせる。
「女の子とは遊んでるけど…」
「…?」
首を傾げるママに、透が続きを答えてくれた。
「エッチするだけ」
「キャ———!!!!」
「ママ!そんな大きな声出さないで」
「だってだって!伶はそんな…好きでもない他所様のお嬢さんに手を出しているの!?」
今まで隠してるつもりはなかったんだけど、ハッキリと伝えた事もなかったから、ママは相当ショックを受けてるみたい。
私たちも日本に来るまで知らなかったんだけど、ママ…お嬢さま育ちだからね…。
「いやいや、相手もそんないいお嬢サンじゃないから大丈夫」
透が慌ててフォローしてくれる。
パパは苦笑い。
「…え、まさか透くんも…そんなことをしているの?」
「いんや、オレは絶賛片思い中」
私とのことを言える訳もなく、透はサラリと誤魔化した。
「玲奈は…?……玲奈は心配ないわね。伶にベッタリだもの」
ふぅーっとため息をついて、ママはドアの方へ向かった。
出ていく前にこっちを振り返って、透に話しかける。
「今日、奈々ちゃん帰り遅い?うちで晩御飯食べていく?」
「あ、うん!そーする」
透が答えるとママは分かったー!と嬉しそうに部屋を出て行った。
「ママが騒ぐから、せっかくの透が弾いたのの感動が薄れちゃったよ…!」
「そうだね」
私がそう言うと、パパが笑った。
「今度はバラード弾いてみて。そっちもイケると思うんだよなあ」
ピアノのイスを持ってきながら、パパが透に指示する。
パパ、楽しそう。
「…私、ママの作るごはん心配だから手伝ってくるね」
レッスンつけてもらいたいって言ってた透の邪魔をしたら悪いと思って、私も部屋を出た。


透は、3年間ずっと心に秘めていた想いを、外に出した。
…動き出すのかな、将来に向けて。
勉強も楽器も絵も運動も…何でもできて、何でもすぐ飽きちゃう透の、唯一無二のもの。
いいな…。
純粋に、そう思った。

『オレたちには音楽しかないだろ』

あの日の言葉が蘇る。
…うん。
私にも聞こえたもんね。
海を眺めていた時に、ふと流れてきたアリア。
失くしたと思っていたけど、それは違う。
きっと、心のどこかで眠っているだけよね…。

私の、大好きな歌を…うたう声。



金曜日の学校帰り。
伶のケータイの画面と、目の前にあるフロアガイドを交互に見る。
「あ、見つけた。ここだ!」
伶がフロアガイドを指さしてそう言った。

今日はママからお使いを頼まれていて。
3駅隣のターミナル駅の近くにある、デパートの地下で指定のお菓子を買ってきて欲しいって言われていた。
それで伶と2人、久しぶりに電車に乗って、そのデパートへ来たの。
ママに怒られたせいか、最近伶は遊びに行かずにずっと一緒にいてくれるようになった。

「行こう」
伶に言われて、連れ立って歩き出す。
まわりを見ると、おいしそうなものばっかり…。
ヨーロッパにある洋菓子店もいくつかある。
「玲奈、ちゃんとついてきてる?はぐれるよ」
キョロキョロしている私に気付いた伶に、注意されてしまう。
「あ!ねえねえ伶、あれおいしそう!」
「あとでだよー。先に頼まれてるもの買いに行こう」

こないだ透に『もっとくっついたら』とか、『ちゃんと話し合ったら』って言われたけど。
結局、勇気が出なくてそのままで。
伶が遊びに行かずにいてくれるのは嬉しいんだけど、微妙な距離のまま過ごしていた。

…だけど。
私ってゲンキンだよね。
今、お菓子の魅力にそんなのすっかり忘れてしまっていて。
気づけば前と変わらない距離で、伶に普通に話しかけていた。

ママに頼まれたお菓子のお会計を待っている間、ずっと周りのお店のショーケースを見ている私。

あ、可愛いお菓子…。
あれ、なんだろ?

「せっかく電車に乗ってきたし、ちょっとブラブラしてから帰ろう」
私の様子を見て、伶が笑いながらそう言ってくれた。
「うん!!」

嬉しかった。
伶との距離が元に戻せたこと、
伶がいつも通りに接してくれること、
伶の笑顔が見れること。
手を繋いでくれた、あの時みたいで。

「それで、玲奈がさっきおいしそうって言ってたのは何?どこのお店?」
お会計が終わって、伶が私に尋ねる。
「あっちのお店!」

それから、2人でフロア中うろうろして。
いくつか買い物をしてから外に出た。
外に出たときにはもう陽が傾き始めていた。

「もう少しどこか寄っていく?」
伶に聞かれて、うなずく。
金曜日の夕方、ターミナル駅のそばだから、人通りがすごく多かった。
人混みは慣れていないけど、もう少しだけ伶と一緒に遊んでいたくて。
「じゃ、雑貨やさんでもいこっか。好きでしょ」
「うん!行く」
駅ビルに入って、また2人でブラブラする。
色んなものを手に取って、あーでもないこーでもないって。
アレ可愛いとか、コレかっこいいとか。
そんな時間がすごく楽しかった。
「コレ欲しい!」
そう言うと、違うところを見ていた伶が私の方を向く。
小さな、小物入れ。
すごく可愛くて、いいなあって思って。
「それ?じゃあ、買ってあげる」
私が手に持っていたものを、伶がひょいと取り上げる。
「いいの?」
「いいよ。お会計してくるから、待ってて」
「うれしい!ありがとう」
伶に、ちょうどそう言った時だった。

「……でさぁ」

少し離れたところから聞こえてきた声。
とっさに身体がこわばる。

伶は、レジの方へ歩き出したところ。

私は声がした方を恐る恐る見てみた。
…でも、人が多くて分からない。
もう一度耳をすましてみる。

「~なワケ!……で………」
「アハハハっ!………が…」

自分の手が、小刻みに震えているのが目に映った。
やっぱり、間違いない。
この声…。
あの日の出来事が、一瞬のうちに蘇る。

…そうだよ。
私が一度聞いた音を間違うわけがない。

「…あ!玲奈?」
気づいたらその場から逃げるように走り出していて。
後ろの方で、それに気づいた伶の声が小さく聞こえた。


『キョーダイでベタベタしすぎじゃない!?気持ち悪いんだけど』

その声、それとまわりの数人の笑い声。
それが頭の中に何度も何度も響く。

…イヤ。
いやだいやだいやだ。
どうしてそんな風に言われなくちゃいけないの。
何がいけないの。
伶と買い物をしていた今日も、また同じように言われなくちゃいけないの?

キモチワルイ
メイワク

———そうなの?


駅ビルから、いつの間にか暗くなっていた外に出た。
駅前の広場に続く、広い階段の隅。
そこにうずくまって座った。

どのくらい経っただろう。
コンクリートの階段が冷たくて、硬くて痛い。
現実に聞こえてくるのは雑踏だけだけど、頭の中ではあの声が繰り返し響いていた。


…やっぱり、思った通りだ。
幸せな気分から一気に突き落とされる。

心が本当に冷たく凍ってしまいそうだよ…。


「……見つけた」
頭にコツンと何かがぶつかる感触。
それとともに、上から降ってきた、伶の声。
隣に、伶が座るのが分かった。
でも何も言わない。
ただ黙って側にいてくれた。

伶がいる左側が少しだけ温かい。

ねえ、伶。
私、そばにいてもいいんだよね?
迷惑になってないよね?
言葉にできなくて、心がはち切れそう。

…昔は、こうやって伶が見つけてくれたら、すぐに泣きやめたのにな…。

『ぼくがいるから大丈夫だよ』
その魔法の言葉で安心できた。

あの頃みたいに、
もっと単純だったらいいのに…。


「…玲奈、少しは落ち着いてきた?」
しばらくして、伶が私にそう聞いた。
私は小さく頷く。
「飲んで」
伶はキャップを緩めてから、ペットボトルの水を差し出してくれる。
私を見つけてくれた時に、頭にコツンとあたったのは、これだ…。
少しだけ顔を上げて、それを受け取った。
お水を口にしている間、伶は私の方は見ずに違うところを眺めていた。
ペットボトルのキャップをキュッと閉める。

「……ねえ、玲奈」
伶に話しかけられて、少しだけ緊張した。
待っててって言われたのに、逃げ出した理由を聞かれると思ったから。
そしたら、何て答えよう…?
「手、出して」
「…?」
思わず、顔を上げて伶を見る。  
「どっちの手でもいいから、手を出して」
優しい表情だった。
恐る恐る、伶の側にある左手を出す。
3年前、伶を振り払った、その手。
…伶はどうして手を出してって言ったの?
怖くて見ていられなかった。
「…玲奈に合うと思ったんだ」
伶のその言葉で、差し出した左手を見る。

そこには、
小さな石がついた、ピンクゴールドの2連のブレスレット。

「伶…」
びっくりして、伶の顔を見る。
あの魔法の言葉をかけてくれる時と、同じ表情だった。

「…あ、父さんからだ」
伶の携帯電話が鳴って、伶がそう呟く。
それから電話で何か話していた。
でも、私にはそれは全然耳に入ってこない。

ただ、左手につけてもらったブレスレットを眺めていた。
気がついたら、頭の中で繰り返し響いていた、あの日のあの耳障りな声も止んでいて。
そのブレスレットがあるところが、じんわりあたたかく感じる。

「玲奈、行くよ!さっき父さんに迎えを頼でおいたんだ。帰ろう」
「…うん!!」

…ねえ、伶。
私、そばにいていいんだよね?
この左手のブレスレット、伶がずっとそばにいてくれてるって、思っていいんだよね?

先を歩く伶の背中を見ながら、そっと右手でそのブレスレットを包み込む。
凍てついた心が少しずつ溶けだしていくような…そんな気がした。

私、ずっとこのままなんて嫌。
3年前のあの日にとらわれて、前に進めないままじゃ嫌。
これからもずっと、あの日感じた、あの嫌な思いを繰り返すのは嫌。

…3年も経ってようやく、そう思った。


———もし、

もし
願いが叶うなら。

私は魔法を使えるようになりたい。

嫌なことや悲しいことは、
一瞬で消すことができる魔法を使いたい。

そうしたら、
伶の優しい心を守ってあげられる。

私のせいで、2度と伶が傷つかないように…。
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