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第2章 夏

16. (Rena side)

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子どもの頃からいつも、
私の行動は感情まかせで。

だけどそれができるのは、いつも伶が側にいてくれるから。
どんな時も、必ず側にいてくれるから、安心して何でもできた。

たまに、感情とそれに対する気持ちが噛み合わない事があって、
それが怖くて足踏みしていると、伶はいつも、優しく導いてくれた。



「おじゃましまーす!」
玄関のドアを開けると、紗弥がいつもの笑顔で飛び込んできた。

今日は初めて、紗弥がうちに遊びに来てくれることになって。
…っていうか、日本で初めて透以外の友達が遊びに来てくれる。
それがすごく嬉しくって、朝からそわそわしていた。
『2人に予定がないなら、玲奈の家に遊びに行きたいな』
紗弥がそう言ってくれるまで、女の子の友達が家に遊びにきてくれるっていう、その感じも忘れてしまっていた。

「なあ玲奈、今日っておじさんまだいる?」
紗弥と一緒に来てくれた透に聞かれる。
家までの道が分からないだろうからって、透が紗弥を駅まで迎えに行ってくれたの。
「パパまだいるよ。でも昼過ぎには向こうに帰っちゃうって」
玄関先で話していてると、2階から伶が降りてきた。
「紗弥!いらっしゃい」
「伶、お邪魔します。外じゃない場所でこうやってみんなに会うって、すごい新鮮」
「ね~伶。オレには、いらっしゃいって言ってくれないの?」
「お前はいつも自分のうちみたいに入り浸ってるだろ」
4人で笑いながらリビングへ向かった。
伶がドアを開けて、私たちを先に中に入れてくれる。
すると、パパがすぐに出迎えてくれた。
「紗弥ちゃん、透くん!いらっしゃい、よく来たね。外暑かったよね」
「お邪魔します」
「ああ~!おじさんだけだよ。オレにそんなこと言ってくれるの!」
「え?いつもウチの2人と遊んでくれて感謝してるよ」
透はパパにハグを求めて、そのまま抱きしめられていた。
「なんだ、甘えん坊はウチの2人だけじゃなかったのか」
そう言ってパパが笑う。
それから透の肩をポンポンと優しく叩いた。
「なに、玲奈はわかるけど、伶も甘えん坊なの!?」
「こないだ3人で川の字になって寝たんだよー」
「ちょっと、父さんやめてよ。そんな話…」
驚いた顔をしている透に、にこにこ顔のパパ、焦る伶。
見てると面白くて、紗弥と2人で笑った。
「あ、そうだ。おじさん、奈々子がコレを瑠華ちゃんに渡して欲しいって。あとこっちは、みんなで食べるようにって持たされた」
「わたしも、これ、みんなでと思って」
透と紗弥が、手に持っていた荷物をパパに渡す。
「わあ、2人ともありがとう!透くん、奈々ちゃんにお礼言っておいて。それから紗弥ちゃん、気を遣わせてしまったね。ありがとうね」
2人は手土産を持ってきてくれたのね。

パパに紗弥と透が遊びに来てくれるって話をしたら、折角だからみんなでランチ食べたら?用意してあげるよ、って提案してくれた。
若い頃はとにかく手を大事にと料理なんかさせてもらえなかったとかで、その反動なのか、パパはお料理好き。
だから、喜んでたくさん作ってくれたの。
そこに、奈々ちゃんの手作りのミートパイと、紗弥が持ってきてくれたデザート。
すごく豪華なランチになった。

「玲奈パパすごい!こんなお料理つくれるなんて!」
テーブルに並んだ料理を見て、紗弥が感動の声を上げる。
「あはは、ありがとう。僕は料理はわりと好きなんだ。それに普段は不在にしてるから、たまにはこれくらいしないとね。でも紗弥ちゃんは毎日作るでしょう?そっちの方が大変だしすごいと思うよ」
「でもわたしは簡単な手抜きごはんで…」
「紗弥いいんだよそれで。奈々子がよく言ってるぞ。料理は、簡単で楽でおいしいのが一番だって。みんなで楽しく美味しく食べられればそれでいーんだよ」
「そっかあ。気が楽になった!」
パパはいつも何でもすぐ褒めてくれるけど、透もそう。
お調子者だけど、優しくって、前向きになれるよう声をかけてくれる。

みんなで食事をしながら、色んな話をした。
学校のことや子どもの頃のこと、普段の何気ないこととかたくさん。
私と伶の学校での様子を聞けたパパが、とても嬉しそうだった。

「はー!お腹いっぱい!!幸せっ」
紗弥が、私のベッドに座って伸びをする。
ゴハンを食べた後、伶と透はピアノで遊ぶからって練習部屋に行って、私たちは女子トークをするために、私の部屋へ行った。
「ね~玲奈、伶とはどうなってるの?」
さっそく、紗弥にそう聞かれる。
「どうって……」
なんて答えればいいのか分からず、ベッドの上で膝をかかえる。
「前よりずっと雰囲気よくなってるから気になって」
「雰囲気?」
「少し前まではお互い遠慮してるっていうか…距離あったよね?最近、すごく近くなってるなって思ってさ」
「うん」
あの時から3年…、ずっと伶とは距離があったけれど。
伶に触れられるようになってからは、隣に並んで歩けるようになったし、外でも手を繋いだりできるようになった。
「でも、紗弥が思ってるようなことは何もないよっ」
紗弥は、私たちがもっとこう…イチャイチャしてりするのを望んでるのよね。
「え~!?伶が本気モードになるって言ってたから、進んだと思ったんだけどなあ」
「え?なあに、それ」
伶の本気モード?
「…最近、伶、遊びに行かなくなったでしょ」
「うん」
「玲奈のためなんだよ。本気で玲奈に向き合う気になったんだなって、わたしは思ったけど」
紗弥にそう言われて、かあっと顔が赤くなっていくのが分かった。
いつからだっけ、伶がいつも一緒にいてくれるようになったのは。
ママに怒られたからだと思ってたけど、私のためだったの…?
そういえば、伶とキスしたのは…伶がずっと側にいてくれるようになってからだ。
「そんな話を伶から聞いた時に、玲奈がたまに透とエッチしてるって言ってたんだけど本当?」
紗弥が、私の顔を覗き込む。

———え…。
伶が、知ってるの?
赤くなっていた顔が、一気に冷めていくのが分かった。

「その顔は本当だったんだ?あっ、責めてるわけじゃないからね!意外だなって思っただけ」
「伶がそう言ったの…?」
「そうだよ。でも別に、気にしてる風ではなかったよ。てゆーか、伶の方が遊びまくってるしね」
「そっか…」
伶は、気にしてないんだ…?
別に透とのことは、隠していたわけじゃない。
そんなこと話すのもどうかと思って、何も言わなかっただけだけど…。
「…透とは、嫌なことがあったりして、それを忘れたい時に何度かそうなったの」
「そうなんだ。じゃ、玲奈のハジメテって透なの?」
「ううん。初めては、伶なの…」
紗弥の質問に、無意識のまま素直に答えてしまった。
そのあとにハッとする。
コレって、透だって誤魔化しておいた方が楽だったよね?って。
もちろん、紗弥に嘘つきたいわけじゃなくって。
紗弥の尋問が始まるよね!?
そう思って、紗弥を見ると…。
にんまりと嬉しそうに笑った顔を、私の方に向けていた。
ああ…やっぱりだ!!

嬉々とした紗弥に、根掘り葉掘り尋問される。
どんな事を話しても、紗弥はサラッと楽しい方に話を変えてくれるから話しやすいんだけどね。
初めて伶と寝た時のこととか、日本に来てからのこと、全部素直に話す。
でも今まで、こんなこと透以外に話した事なかったから、ものすごくドキドキした。

「じゃあさ、今ってその誤解が解けて、元通りになれたわけでしょ?」
「うん」
「なんでヤッちゃわないの?」
「えっ!?」
紗弥のストレートな発言に、また一気に顔が赤くなる。
「だって元々は、ヤリまくってたわけでしょ?」
「紗弥の思うような頻度ではないけどね!?」
「一緒に住んでて親が不在なら、ヤリたい放題じゃん。ま、それは置いといて。初めてでもないのに、どうして躊躇するの?」
「だって…その、昔とは違うし……」

伶のことを思っている気持ちも、体つきも違うから、別人のように感じてしまうっていうか。
3年間の空白は、私の時間は止まったままだったけど、伶はどんどん先に進んでいってるわけで。

「昔と比べても仕方なくない?もう二度と昔には戻れないんだよ。今はどうしたいかで動かないと」

…紗弥の言う通りだ。
もう二度と昔には戻れない。
進んでいくしかない。
なのに。
私はいつも、過去を振り返ってばかりで、先に進めずにいる。

「伶はせっかく玲奈のために女遊びやめたのに。玲奈がそんな調子じゃ、また復活しちゃうかもよ~。伶が他の女の子とイチャイチャしちゃって平気なの?」
「え!や…やだ」
「でしょ~?だったら、後ろばっかり振り返ってウジウジしてないで飛び込んじゃいなよー」
「でも…」

コンコンと部屋のドアがノックされて、外から私を呼ぶパパの声がする。
「あけていいよ」
返事をすると、パパがドアを開けて顔を覗かせた。
「そろそろ出るね。次にこっちに戻るのは2週間後くらいだよ。日本は明日からお盆休みに入るから、その間、遊びに行くとしたら郊外は混んでると思う。都内なら比較的空いてるかな。出掛ける時は気をつけてね」
「オボン休みってなに?」
「死んだ人の魂が戻ってくる期間、かな。16日まで、祝日みたいなものだと思って。ドイツと違ってお店は開いてるからね」
「わかった」
パパの言葉に頷く。
なんか、死んだ人の魂が戻ってくるっていう響きが怖いんだけど…。
そんなのお構いなしで、パパは紗弥に話しかける。
「紗弥ちゃん、今日は来てくれてありがとう。たいしたおもてなしもできなかったけど、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます。ランチご馳走さまでした」
「パパ、いってらっしゃい」
「いってくるね」
手を振ると、パパは微笑んで静かにドアを閉めた。

「…ずっと聞きたかったんだけどさ」
パパが階段を降りていく音が聞こえなくなってから、紗弥が口を開いた。
「伶と透って、どっちが上手なの?」
「へっ?」
紗弥は私の顔を覗き込んで、にこにこ笑う。
どっちが上手って…。
「エッチのハナシ」
「え!?そんな、比べたことないよ…っ」
「えー?もっと聞かせてよー!わたし爽ちゃんしか知らないから、他の人がどーゆー感じなのか知りたいんだよ~」
紗弥が口を尖らせて残念そうにしている。
でもでもでも。
何がどう違うとか、考えたこともなかった。
…ていうか、いつも感情優先で、何かを考えることすらできなくなかった?
「私いつも余裕なくて、よく分からない…」
「じゃあ、2人ともきっと上手なのね」
「そうなのかな」
「余裕がないってそーゆーコトじゃない?何かを考える暇もなくただ快楽に溺れていくっていう…。イケメン2人と愛欲の日々!」
「紗弥っ。そんなんじゃないもん」
「あははは!分かってるよー」
楽しそうに笑う紗弥に、反応に困る私。
どんな顔をしていたらいいのか分からず、視線を泳がせていたら、紗弥にポンポンと軽く腕を叩かれる。
「ねえ、玲奈。少しだけ勇気出してみたら?伶に愛想尽かされる前に!」
…そうだよね。
伶は優しいし私に合わせてくれているけど、いつまでもこのままだと、呆れられちゃうよね。
「うん、頑張ってみる」
「その意気!」
紗弥がにっこり笑って背中を押してくれた。
少しだけ、前向きに考えられそうな気がする。
「紗弥の話も聞かせてよ」
「いいよ~」
こんな恋愛トークするのは初めだって言って、紗弥は爽さんとのことを話してくれた。
好きになった時のことから、子どもができたときのことまで、何でも。
聞いてて思ったのは、私と違って、紗弥は1度決めたら迷わず突き進むってこと。
怖がって前に進めない私とは全然違う。
羨ましくて、それに、勇気ももらえた。

「…あ、そろそろ帰ろうかな。莉緒のお迎え行かなきゃ」
時計を見て、紗弥がそう呟いた。
気づけばもう、夕方の時間。
「そっか、時間経つの早い。紗弥の話、面白かったからかな」
「玲奈にもまたどうなったか聞くんだからね!」
「えー…」
座っていたベッドから立ち上がって、紗弥と2人で私の部屋を出る。
「伶と透は?」
「ピアノ弾いてるんだと思うよ」
階段を降りて、練習部屋へ行った。
ドアを開くと、2人はピアノの角に立って何やら話し込んでいる。
「わたしそろそろ帰るけど。2人とも何してるの?」
紗弥が声をかけると、伶と透、同時に振り向いた。
「あ、きてきて」
透に手招きされて、2人の近くへ行く。
伶が、手に持っていたタブレットを、私たちの方に差し出してくれた。
「見て。これさあ、オレと伶が弾いてる動画なんだけど。再生数めっちゃ上がってきてるんだ」
透が動画の再生ボタンをタップして、動画の下に出ている再生数を指さした。
「えー!!すごいじゃない」
紗弥が驚いた声を出す。
タブレットで見ているのは、伶が前に編集していた動画だ。
動画サイトにアップするよって言ってたけど、見たことないままだった。
2人が連弾で弾いている、クラシック曲。
通常のものとジャズバージョンが続けて聴ける。
「これって…私がどっちも聴きたいって言ったから?」
「そうだよ。比べた方が面白いかもって思って」
「ふたりとも、すごいね」
そう言って、伶と透の顔を交互に見ると、2人とも嬉しそうに笑っていた。
「ねえ、そのURLちょうだい」
「あとで送っておくよ」
紗弥の言葉に、伶が頷く。
「あ、紗弥帰るんだったら、オレも帰ろうかな。駅まで送っていくよ」
「ありがと!」
いつもは夜になるまでうちで遊んでいる透が、紗弥を気遣って、一緒に出てくれることになった。
うちから駅までの道のりは難しくはないけど、紗弥は初めて来たもんね。
じゃあまたね、と手を振って帰る紗弥たちが見えなくなるまで、玄関先で伶と一緒に見送った。

背中の後ろで、バタンと玄関のドアが閉じる音がして、びくっとしてしまう。
…伶と、ふたりきり。
紗弥とあんな話をしていたから、なんだか妙に意識してしまう。
「玲奈?ナニぼーっと突っ立ってるの?」
「あっ、う…うん」
先に歩き始めた伶の後ろについていく。
「女子トーク楽しかった?」
リビングに入ってソファに座ると、隣に座った伶にそう聞かれた。
「楽しかったよ。あのねっ」
紗弥に聞いた話を伶にした。
穏やかな表情で、うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれる。
「…そっか。他には?」
一通り話し終えたあと一息つくと、伶が私の顔を覗き込む。
「ほか?他は…ええっと、その…」
紗弥とした話を思い出して、口ごもってしまう。
いま私が話したのは、紗弥の恋愛話。
その他って言われたら、私と伶の話だよね?
でもそれって、どう話せばいいの!?
言葉を選ぶのに迷っていると、隣で伶はクスクスと笑う。
「紗弥に、なに言われたの?」
「えっ!?」
伶からの質問に驚いて声が裏返る。
…恥ずかしい。
伶には何でもお見通しなんだ…。
「わ…私がこのままだと、伶はまた他の女の子とイチャイチャしちゃうよって言われた」
伶の顔を見ていられずに、俯いたまま答える。
それを聞いて笑う伶。
「玲奈はどう思った?」
「……そんなの、やだ…」
右手でソファの上にあった伶の手を、ぎゅっと握った。
やっと、こうやってまた触れられるのに。
この手が…他の女の人を触るなんて。
そんなの嫌。
「…でも?」
「え?」
顔を上げると、伶が優しい表情で私をじっと見ていた。
「そのあと、でもって続くよね」
伶の言う通り。
まだ勇気が出ない私は、言い訳するための"でも"が続く。
「こわいの」
「どういうところが怖いの?」
私の手を握り返してくれる。
「昔とぜんぜん違うから…。背も高くなって、背中も広くなって、この、手の大きさも…。私の知らない"男の人"って感じがしちゃって、こわい」
「そりゃ成長期だからな。3年もあれば、背も伸びるし大きくなるよ」
ふーっと息を吐いて、伶はそう言った。
頭では分かってる。
毎日一緒にいたから知ってる。
だけど触れてしまったら、全然昔と違う感覚で、ドキドキしてしまって。
そのドキドキが怖い。
「それに、玲奈も成長したよ」
「…あっ!伶!!」
伶の視線を辿ると、私の胸。
一気に顔が赤くなる。
「そこが一番成長著しいだろ」
「そうかもだけど!!」
思わず、伶と手を繋いでいない左手で、胸を隠した。
恥ずかしくて、そのまま目線を上げられないでいると、伶が繋いでいる私の手をぎゅっと握り返してくる。

「…俺もこわいと思ってるよ」
———え?
伶の言葉に驚いて顔を上げた。
「今だって、もっと手に力入れたら、玲奈の指は折れそうなくらい細いし。肩だって薄いし華奢だし、少しでも力を込めて抱きしめたら壊してしまいそうで怖い」
伶も、怖いって思うことあるの…?
「玲奈のことは大切に扱いたいから、感情任せにならないようにしなくちゃって、いつも気をつけてる」
…待って、今……。
声が出てこなくて、黙ったままでいると、伶は先を続けた。
「壊してしまわないようにって、怖いけど…。だけど俺は、それでも、玲奈に触れたい」
伶の右手がそっと私の頬をなでる。
それから。

優しくて、甘いキスをされた。

心臓がドキドキいってる。
でもそれは、どうにかなってしまいそうな感じのドキドキじゃなくて。
温かくて…昔よく感じていた、ふわふわとした夢見心地のような、そんな気持ちになるドキドキだった。

唇が離れて、そのまま動けないままでいると、伶がスッと立ち上がって私の頭を撫でた。
「お風呂入ってくる」
そう言ってリビングを出て行く伶の顔が、少し赤くなっていることに気がついた。

どうしよう…。
1人になったリビングで、すぐそばにあったクッションを抱きかかえて、うずくまる。
ドキドキも止まらないけど、火照った顔が熱い。
さっき、伶…言ったよね!?

『玲奈のことは大切に扱いたい』って。

これって、他の女の子よりも、私のことが大切なんだ…って思っていいんだよね?
特別ってことだよね?
伶はいつも、私のことを特別って言ってくれるけど…。
なんだかあんまり現実味がなくて。
だから、さっきみたいに言ってくれるの、嬉しい。

…伶は、ちゃんと話してくれた。
私はいつまで怖いって、足踏みするんだろう。

「玲奈」
「きゃあ!!」
後ろから声をかけられて、ソファの上で飛び上がる。
「ごめん、驚かすつもりなかったんだけど…」
いつの間にかお風呂から上がってきた伶が、リビングに戻ってきていた。
ずっと考え事していたから、気づかなかった。
「お風呂お湯張ったし、入ってきたら?晩ご飯の準備しておくよ」
「ありがと」

湯船に浸かって、さっきの続きを考える。
どうしても頭の中ぐるぐるしちゃって…。
自分の裸を見て思う。
伶だけが、成長したんじゃないんだよね。
私だって身体は成長してる。
…時間が止まったままなのは、私の心だけ。
「だめだ、のぼせる…」
ぼーっとしちゃってて、湯船に沈みそうになってハッとした。
お風呂から出てリビングへ戻ると、伶がちょうど食事の準備を整えてくれたところだった。
パパが作り置きしてくれていたゴハンに、私が好きなものを作り足してくれている。

…優しいな。

紗弥いわく、伶はイケメンで。
勉強だってできるし、料理は上手だし要領良くてなんでもできる。
そんな人に想われてるのに、私、なんで怖がってるんだろう。

もう伶はいつも通りだったけど、私の方が妙に意識してしまって、ご飯を食べ終わるとすぐに自分の部屋へ戻った。
ベッドの上で、ぬいぐるみを抱きしめながら、ゴロゴロ転がる。

透は、ドキドキするのはネガティブな感情じゃないって言ってたよね…。
怖がる私を、大丈夫だよって慰めてくれた。
紗弥も、少しだけ勇気を出したらって、背中を押してくれた。

3年間止まったままの私の心を、動かす時なんだよね、きっと。

起き上がって、ベッドに座る。
考えただけでドキドキしてどうにかなってしまいそうだけど。

…勇気、出せ、私。

立ち上がって自分の部屋を出ると、伶の部屋のドアを勢いよく開けた。

「私、伶とひとつになりたい…!」

ベッドの上でパソコンを広げていた伶が、驚いた顔で私を見る。
「…………今…?」
少しだけ間を置いて、伶がそう聞き返してきた。
それと同時に、
『レナー?レナの声だよね!?』
パソコンからドイツ語でそんな声が聞こえてきて、一気に顔が赤くなる。
『レイ、レナは何て言ったの?』
「ごめんテオ、切るね。また連絡する」
ドイツ語で伶はそう言うと、パタンとパソコンを閉じた。

テオは小さい頃から仲良しのドイツの友達。
まさか話してるなんて…。
日本語は分からないだろうけど、あんなこと聞かれるなんて恥ずかしい。
逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていたところで、伶が優しい声で私を呼んだ。

「玲奈、こっちへおいで」

それで、伶の部屋のドアを静かに閉めた。



———もし。
もし、願いが叶うなら。

これから先もずっとずっと
伶が私の気持ちを受け止めてくれたらいいな。

いつも伶がいるから
私は一歩踏み出すことができる。

何をしても、どんな事があっても、
絶対に私の気持ちを大事にしてくれるって、知ってるから。

だからこれから先、
たとえ何があったとしても
伶には1番に私の理解者であってもらいたいし
私の心を全部、包み込んでもらいたいの。
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