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ない神野は困ってしまう。
(い、云えない。云えるわけがない)
じっと向けられている視線は、まるで自分を責めているようだった。しばらくの沈黙のあと「あぁあ」と呟いた彼に、びくっと肩を震わせて俄かに汗ばんだ手を握りしめた。
(バレた?)
「祐樹は頑固だね。ほんとに」
「?」
嘆息した春臣は軽く肩を竦めてみせると、まるで幼い子を相手にするような口ぶりでつづけた。
「じゃあ、俺から云うよ? このままだと祐樹はひとりで我慢して、あとあと、とんでもなくなっちゃいそうだからね」
「……べつに、頑固ではありません」
意地なんてなにも張っていないのだからと、口を尖らせてカップで湯気をたてる牛乳を睨む。
「真相を云わずにすまそうとする祐樹が、そのことで返ってつらい思いをするのなら――」と春臣は云いおいた。彼は穿った物云いが嫌いらしい。
「祐樹は俺と匡彦さんが恋仲だと思っていて、自分が俺の目を盗んで匡彦さんとセックスしていることに罪悪を感じている。んで、そのことを謝っている」
ひきつけるようにして、ちいさく息を呑んだ。
「はい、これで祐樹はすっきり。もう隠しごとないでしょ?」
おどけた口ぶりでそう締めくくった春臣は、カップの中身を凝視する自分の頭に、ぽんと手を乗せてきた。
「……ち、」
慌てて顔をあげ、違うと否定しようとして、でももうこれ以上嘘はついてはいけないと、言葉を呑みこんでもう一度俯く。春臣が云ったことは、全部正解だ。
「隠さなくてもいいよ。っていうか……」
「……な、なんですか?」
春臣が平然としている理由がわからないし、それに彼は自分を詰ろうともしない。はやる動悸に心許なく眉を寄せて、いっそ不思議な気持ちで春臣の言葉を待つ。
「俺と祐樹がはじめて会ったときのこと覚えてる? あの時、あんたらやったあとだったでしょ?」
「―っ‼」
はっとして見上げた春臣は、思い切り呆れた顔をしていた。なにか云おうと思うのだが、口がぱくぱくするだけでなんの言葉も紡げない。
「気づかれてないと思っていたなら、祐樹はほんとにド鈍だよ」
覚束ない神野の手からマグカップをとりあげた彼は、それをカウンターに移動させた。
「しかもほぼ毎日タオルケット干しているし。あれ、精液でベッドマットが汚れないようにって、匡彦さんがシーツかわりにしてるやつなの。おなじやつ四枚あるでしょ? だから俺は、毎日毎日バルコニーに揺れるあのシーツを見ながら、ふたりは相当お盛んだなって思ってたんだけど?」
「あっ、あぁ、あ……あのっ」
容赦のない指摘に、申し訳ない気持ちと羞恥で耳まで真っ赤になった神野は、両手の中に顔を埋めた。
「むしろ俺がふたりのことに気づいてないと思っていたことに、さっきから俺はびっくりしている。いや、まさかそんなことがあるわけないって、思いもしたけど、祐樹の様子からしてそれを否定できなくなっちゃった」
「う―……。うぅっ。……すみません」
ソファーに座る自分に寄り添うようにした春臣が、背中をあやすように叩いてくれる。
「んで、祐樹は遼太郎くんと匡彦さんのセックス見て、自分のやっていることと重ねたんだろ? で、俺に悪いことしていると?」
「ごめんなさい」
春臣の推察はまったくその通りだ。これで隠しごとはなくなったが、安堵するよりもまず罪の意識が強く、神野はソファーから滑るように下りると床に手をついた。そのまま頭を下げようとすると、慌てた春臣にとめられる。
「ちょっと祐樹、そんなことしなくていいから!」
「でも、ちゃんとあやまらせてください!」
「俺のことは祐樹の勘違いだからさ。それはいいから」
「……勘違い?」
腕のつけ根を掴まれて上体を起こされると、謝罪もさせてくれないのかと、眉を寄せる。
(い、云えない。云えるわけがない)
じっと向けられている視線は、まるで自分を責めているようだった。しばらくの沈黙のあと「あぁあ」と呟いた彼に、びくっと肩を震わせて俄かに汗ばんだ手を握りしめた。
(バレた?)
「祐樹は頑固だね。ほんとに」
「?」
嘆息した春臣は軽く肩を竦めてみせると、まるで幼い子を相手にするような口ぶりでつづけた。
「じゃあ、俺から云うよ? このままだと祐樹はひとりで我慢して、あとあと、とんでもなくなっちゃいそうだからね」
「……べつに、頑固ではありません」
意地なんてなにも張っていないのだからと、口を尖らせてカップで湯気をたてる牛乳を睨む。
「真相を云わずにすまそうとする祐樹が、そのことで返ってつらい思いをするのなら――」と春臣は云いおいた。彼は穿った物云いが嫌いらしい。
「祐樹は俺と匡彦さんが恋仲だと思っていて、自分が俺の目を盗んで匡彦さんとセックスしていることに罪悪を感じている。んで、そのことを謝っている」
ひきつけるようにして、ちいさく息を呑んだ。
「はい、これで祐樹はすっきり。もう隠しごとないでしょ?」
おどけた口ぶりでそう締めくくった春臣は、カップの中身を凝視する自分の頭に、ぽんと手を乗せてきた。
「……ち、」
慌てて顔をあげ、違うと否定しようとして、でももうこれ以上嘘はついてはいけないと、言葉を呑みこんでもう一度俯く。春臣が云ったことは、全部正解だ。
「隠さなくてもいいよ。っていうか……」
「……な、なんですか?」
春臣が平然としている理由がわからないし、それに彼は自分を詰ろうともしない。はやる動悸に心許なく眉を寄せて、いっそ不思議な気持ちで春臣の言葉を待つ。
「俺と祐樹がはじめて会ったときのこと覚えてる? あの時、あんたらやったあとだったでしょ?」
「―っ‼」
はっとして見上げた春臣は、思い切り呆れた顔をしていた。なにか云おうと思うのだが、口がぱくぱくするだけでなんの言葉も紡げない。
「気づかれてないと思っていたなら、祐樹はほんとにド鈍だよ」
覚束ない神野の手からマグカップをとりあげた彼は、それをカウンターに移動させた。
「しかもほぼ毎日タオルケット干しているし。あれ、精液でベッドマットが汚れないようにって、匡彦さんがシーツかわりにしてるやつなの。おなじやつ四枚あるでしょ? だから俺は、毎日毎日バルコニーに揺れるあのシーツを見ながら、ふたりは相当お盛んだなって思ってたんだけど?」
「あっ、あぁ、あ……あのっ」
容赦のない指摘に、申し訳ない気持ちと羞恥で耳まで真っ赤になった神野は、両手の中に顔を埋めた。
「むしろ俺がふたりのことに気づいてないと思っていたことに、さっきから俺はびっくりしている。いや、まさかそんなことがあるわけないって、思いもしたけど、祐樹の様子からしてそれを否定できなくなっちゃった」
「う―……。うぅっ。……すみません」
ソファーに座る自分に寄り添うようにした春臣が、背中をあやすように叩いてくれる。
「んで、祐樹は遼太郎くんと匡彦さんのセックス見て、自分のやっていることと重ねたんだろ? で、俺に悪いことしていると?」
「ごめんなさい」
春臣の推察はまったくその通りだ。これで隠しごとはなくなったが、安堵するよりもまず罪の意識が強く、神野はソファーから滑るように下りると床に手をついた。そのまま頭を下げようとすると、慌てた春臣にとめられる。
「ちょっと祐樹、そんなことしなくていいから!」
「でも、ちゃんとあやまらせてください!」
「俺のことは祐樹の勘違いだからさ。それはいいから」
「……勘違い?」
腕のつけ根を掴まれて上体を起こされると、謝罪もさせてくれないのかと、眉を寄せる。
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