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そして気づいた。ああ、自分はこのひとに触ってもらいたいんだと。
これぐらいでドキドキしていて、自分はこのあと本当に彼とおなじベッドで眠れるのだろうか。心配になった神野は、明日の仕事に差し支えがありませんようにと、指を組んで祈ると、寝る準備をするために、中国語のテキストをぱたんと閉じた。
*
あれから篠山に促されどぎまぎしながらベッドに入った神野は、祈りが効いたのかここ最近でいちばん質の良い睡眠をとり、朝は爽快に目を覚ますことができた。
お陰で頭がすっきりとして、午前中に職場で作業につくまえに与えられた予定外の仕事も、さくさく捗った。
ちなみにそれは事務所で手書き図面の数値をCADに載せていく作業だった。平生からだが、特に座って行うひとり作業をしているときは、みんなに申し訳ないと思ってしまう。はやく終わらせて工場に戻ってみんなの作業に加わらなければと、作業中ずっと気が気でならないのだ。だからさっさと済ますことができてよかった。
そのあとも納品が重なって忙しく、あっという間に時間が過ぎていった。気づいたときには外は暗くなっていて、時刻をみれば残業に突入していた。
「神野くん、今日は覇気があって元気ね。いつもそれぐらいじゃなくっちゃ! 私よりもずいぶん若いんだから」
「えっ⁉」
製品の入った段ボールを運んでいた神野の腰を、すれ違いざまにバシンと叩いたのは、いっしょに荷運びをしていたアルバイトの督永さんだ。
ちょっかいをだした彼女を振り返ると、なんとフロアに残っていた段ボールをすべて持ち上げようとしていたところで、ぎょっ目を剥いた。ひと箱十五キロちかくある段ボールを一度に三箱だ。ちなみに神野が抱えて運べたのは一度に二箱で、健康的な筋肉のついた快活な彼女と比べて、自分のひょろひょろさにこっそり落ちこんだ。
「あなた、この間なんて、二十キロもないダン箱でふらふらしてたじゃない」
軽トラの荷台に段ボール箱を下ろしていると、あっという間に後ろから追いついてきた彼女も、神野の隣でドンと荷物を下ろす。はやっと彼女の仕事ぶりに驚きながらも、神野は弁明を口にした。
「あ、あれは‥‥…、その、ちょっと調子が悪い日でして……」
男の沽券にかかわると云い訳をはじめるも、よくよく考えるとおなじ男にあらぬことをされて腰が立たなないだとか、男の沽券以前の問題だったと気づき、がっくりと項垂れる。
近くでケラケラと笑っているのは、見物していた春臣だ。聡い彼には、神野の考えたことがお見通しだったようだ。
「簡単な作業だったら手伝おうか?」と申し出てくれた春臣だったが、労災などなにかあっては困ると、お礼だけ云って断っていた。そうしたら彼は文句も云わずに、寒いなかこうやって自分の仕事が終わるのを待ってくれている。
「計画ある性生活を」
傍にやってきて耳もとでこしょっと囁いた春臣に顔を赤くする。
「終わったんなら帰るよ」とヘルメットを渡された神野がトラックの荷台を確認すると、すでに手際のよい督永によって、とっくに扉が閉められていた。
*
「てことは、昨日はなんもなしだったんだね。残念だったねぇ、せっかくのチャンスだったのに。祐樹、期待していたんじゃないの?」
寝るころになって、使い終わったふたりぶんのマグカップをシンクに運ぼうと立ちあがった自分に、にやけた春臣がそう云ってきた。
はじめ、なにを云われているのかまったくわからなかったが、テレビを消した彼に腰をつんつん突つかれて、ようやく云わんとしていることを察する。
「誘われて断ったの? それともあのひと、なんもしてこなかった?」
「だから、期待とかっ、そんなのはっ」
今度は「まっかっか」と頬を突かれて、神野はいささか乱暴に彼の指をひき離した。
これぐらいでドキドキしていて、自分はこのあと本当に彼とおなじベッドで眠れるのだろうか。心配になった神野は、明日の仕事に差し支えがありませんようにと、指を組んで祈ると、寝る準備をするために、中国語のテキストをぱたんと閉じた。
*
あれから篠山に促されどぎまぎしながらベッドに入った神野は、祈りが効いたのかここ最近でいちばん質の良い睡眠をとり、朝は爽快に目を覚ますことができた。
お陰で頭がすっきりとして、午前中に職場で作業につくまえに与えられた予定外の仕事も、さくさく捗った。
ちなみにそれは事務所で手書き図面の数値をCADに載せていく作業だった。平生からだが、特に座って行うひとり作業をしているときは、みんなに申し訳ないと思ってしまう。はやく終わらせて工場に戻ってみんなの作業に加わらなければと、作業中ずっと気が気でならないのだ。だからさっさと済ますことができてよかった。
そのあとも納品が重なって忙しく、あっという間に時間が過ぎていった。気づいたときには外は暗くなっていて、時刻をみれば残業に突入していた。
「神野くん、今日は覇気があって元気ね。いつもそれぐらいじゃなくっちゃ! 私よりもずいぶん若いんだから」
「えっ⁉」
製品の入った段ボールを運んでいた神野の腰を、すれ違いざまにバシンと叩いたのは、いっしょに荷運びをしていたアルバイトの督永さんだ。
ちょっかいをだした彼女を振り返ると、なんとフロアに残っていた段ボールをすべて持ち上げようとしていたところで、ぎょっ目を剥いた。ひと箱十五キロちかくある段ボールを一度に三箱だ。ちなみに神野が抱えて運べたのは一度に二箱で、健康的な筋肉のついた快活な彼女と比べて、自分のひょろひょろさにこっそり落ちこんだ。
「あなた、この間なんて、二十キロもないダン箱でふらふらしてたじゃない」
軽トラの荷台に段ボール箱を下ろしていると、あっという間に後ろから追いついてきた彼女も、神野の隣でドンと荷物を下ろす。はやっと彼女の仕事ぶりに驚きながらも、神野は弁明を口にした。
「あ、あれは‥‥…、その、ちょっと調子が悪い日でして……」
男の沽券にかかわると云い訳をはじめるも、よくよく考えるとおなじ男にあらぬことをされて腰が立たなないだとか、男の沽券以前の問題だったと気づき、がっくりと項垂れる。
近くでケラケラと笑っているのは、見物していた春臣だ。聡い彼には、神野の考えたことがお見通しだったようだ。
「簡単な作業だったら手伝おうか?」と申し出てくれた春臣だったが、労災などなにかあっては困ると、お礼だけ云って断っていた。そうしたら彼は文句も云わずに、寒いなかこうやって自分の仕事が終わるのを待ってくれている。
「計画ある性生活を」
傍にやってきて耳もとでこしょっと囁いた春臣に顔を赤くする。
「終わったんなら帰るよ」とヘルメットを渡された神野がトラックの荷台を確認すると、すでに手際のよい督永によって、とっくに扉が閉められていた。
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「てことは、昨日はなんもなしだったんだね。残念だったねぇ、せっかくのチャンスだったのに。祐樹、期待していたんじゃないの?」
寝るころになって、使い終わったふたりぶんのマグカップをシンクに運ぼうと立ちあがった自分に、にやけた春臣がそう云ってきた。
はじめ、なにを云われているのかまったくわからなかったが、テレビを消した彼に腰をつんつん突つかれて、ようやく云わんとしていることを察する。
「誘われて断ったの? それともあのひと、なんもしてこなかった?」
「だから、期待とかっ、そんなのはっ」
今度は「まっかっか」と頬を突かれて、神野はいささか乱暴に彼の指をひき離した。
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