上 下
15 / 25
王都炎上篇

第15話 《すにーきんぐ・みっしょん》

しおりを挟む
 エネガルムの東西南北にはそれぞれ門が立っており、検問を実施している。隣街や別の大陸から来た者など、様々な人々がここを行き来しているのだ。エネガルムは水路に囲まれていて、検問は全て石橋の上で行われていた。

 西の検問所。その橋の下で、イブキがなにやらひそひそとやっている。

(おっ、これかな?)

 イブキの目前には、大きくくり抜かれた巨大な空洞があった。それはエネガルムへ向けて奥へと続いており、入り口は錆びた鉄柵で守られていた。日中ではあるが、この空洞は暗くてなにも見えない。
 これこそが、シャルが言っていた地下水路に違いない。
 イブキが錆びた鉄柵に触れる。力を入れてみるが、びくともしない。見た目はどうであれ、簡単に壊せそうにはなかった。

「……」

 イブキは考えた。首元の紋章のタトゥーが赤く輝く。
 直後、触れた鉄柵がゴムのように柔らかくなった。引っ張れば簡単に伸びるほどにだ。
 柔らかくなった鉄柵を押しのけ、イブキは地下水路の中へと足を踏み入れる。通り過ぎると、鉄柵は元の性質に戻っていた。


 続けて魔術を使う。

「魔力を目に集中……視覚補正、《暗視》……」

 唱えると、真っ暗でなにも見えなていなかったのが嘘かのように、地下水路の奥まではっきりと見えるようになった。シャルの言葉通り、水が流れている気配はない。臭いは問題ないが、埃っぽくて息がしづらい。

 イブキは、魔術の使い方をはっきりと把握しているわけではない。ただ、イブキが命令した通りに事象が引き起こされ、唱えたとおりに身体能力が向上する、という点だけは理解していた。もちろん、全てがそうなるわけではないが。

 魔術にもできないことがあるのは事実だ。あの時、ドナーの傷を治せなかったのは、つまりはそういうことだろう。
 魔術は、まだまだ実験が必要そうだ。

 どんどん奥へと進んでいく。イブキの足音が、規則的に木霊する。暗闇の中を静かに歩く様はまるでスパイ映画そのものだ。

(ふっ、すにーきんぐ・みっしょん開始よ)

 とかなんとかふざけながらも、イブキは歩みを止めない。

 途中、分かれ道に出た。左右どちらも似たような道だ。

「どっちでも一緒かなぁ……」

 呟いただけだが、イブキの声が反響する。近くの壁を小さな虫が這っており、イブキがひっと息を飲む。虫は苦手だった。

(早く抜けたい……どっちでもいいや!)

 イブキはとりあえず左の道へ進むことにした。それから何度も分岐を繰り返し、ようやく登れそうなハシゴを見つけた。上から、かすかに光が差し込んでいる。イブキは小さな体でハシゴを上り、地上に耳を傾けた。

 足音や話し声が聞こえる。ここから出でもしたら、《災禍の魔女》でなくても驚かれて氷花騎士団へ差し出されるのがオチだ。

 イブキは仕方なく引き返し、別の道を探し始めた。

 またどれくらいかして、ハシゴを見つけた。今度は、話し声も足音もしなかった。
 マンホールを魔術の力で少し押し上げ、隙間から周囲を見渡す。四方を確認したが、人気はない。どこかの裏路地みたいだった。

 イブキは地下水路から出て、マンホールを元の位置に戻す。もちろん、魔術で。

 《暗視》の魔術を解いて、それからローブの埃を払い、フードを深く被った。これで、顔を隠せる。少し怪しいかもしれないが、《災禍の魔女》の代名詞でもある『紫髪』と『首元のタトゥー』を隠せればそれでいい。

「……さて」

 イブキは幼女らしい大きな目で辺りに視線を配る。ここがどこなのかすらわかっていない。まずは、ブレインとやらに会いに行きたいところだが、肝心の墓地がどこにあるのか、地図がほしいところだ。

(誰かに訊くわけにもいかないし、広場になら案内板とかあるかな。あー……スマホがあれば……!!)

 元の世界で愛用していたスマホを思い浮かべつつ、イブキは広場を目指し歩き始めた。

しおりを挟む

処理中です...