忘れさられた孤独な王子は冷酷皇帝に攫われる

Koyura

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11 魔法士との再会

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「魔法士のノアです!昨日助けて頂きました。それ以前にも魔法士団でお見かけしました。
ルカス様ですね、お姿は変わられても漏れ出た魔力でわかりましたよ。お助けするのが遅れて申し訳ございません。診療所にタヤカンを置いて、すぐ追いかけたのですが見失ってしまい、あちこち連絡して探してもらいました」

すごい剣幕で言うノアに圧倒されていたが、ハッと我に帰ると
「ノア!早く逃げて!殺される!」と立ちあがろうとしたが、今度は眩暈がして思い切りよろめいた。

「危ない!」
ふわっと風が起こって体勢が立て直された。
「エカリオン様なら確保致しました。僕と10人がかりでやっとですけど。まさか、兄君様が関わっていたとは!お久しぶりです、ルカス様、凄く変わられました、こりゃ外からはわかりかねます」

「この風、前にも助けてもらった。ダニエル、ありがとう」
相変わらず明るくて飄々とした風貌のダニエルだった。
「強力なでしたが、なんとかなりました」
「誘拐犯?」
「あなたはエカリオン様に誘拐されたのですね?」
「先生が誘拐犯?違います、僕は自分の意思で付いて行ったのです。だってから出たかったし」
「え?」
そうだ、先生は?僕は先生を探したが見当たらない。
「どこに行ったの?先生!」
「エカリオン様は失礼ながら、取り敢えず拘束して連れて行きました。ルカス様も行きましょう。ちゃんと魔法を解いてもらわねばなりません」

「魔法を?ああ、髪と目の色は変えられた。でも茶色も先生とお揃いで気に入ってたんだけど。兄弟みたいに見えるって」
「ルカス様…髪と目は元に戻ってますよ」
「え?そうなんだ!いつの間に。早く先生の所へ連れてって!離れたら怒られるから」

僕は『お仕置き』を思い出して震えた。
「お仕置き、怖かったの、嫌」
「大丈夫ですよぉ、ルカス様」
その口調はそれで可愛いんだけどなあ、と謎の葛藤をしていたダニエルに手を引かれて、僕は温順しく付いて行った。

『わあ、立派な馬車だなあ』
僕は不思議な気持ちで、先生に会いたいので言われた通り馬車に乗り込んだ。
でも、馬車は僕とダニエルとノアだけだった。
「先生は?」
「後ろの馬車です」
「僕、そっちがいい」
僕は立ち上がりかけたけど、ノアに止められた。
「特殊な魔法がかかっているので、誰も入れませんし、出れません」
「そうなの、じゃあ、僕が壊すよ」
壊すのは得意。大きな物も壊したり潰したりできる。

「ルカス様、また会えますから、我慢して下さい。みんな怪我してしまう」
ダニエルが困った顔で言うので壊すのは思い直した。
「それはいけない。早く会いたいけど、我慢する」


「ところでルカス様、カリエンテの花祭りの名物、花ジュースはお召し上がりになりました?」ダニエルが咳払いして言った。
「花ジュース⁈知らない、おいしいの?」
「この時期だけなんですが、食べられる花があるんですよ。それをエキスにして炭酸で割った飲み物です」
「食べられる花のジュースか。飲んでみたかったな」
僕はがっかりして窓を見たがカーテンで外は見えなかった。
「喜んで下さい!僕が買っておきました」
「え!本当⁈」

ダニエルはガラスのボトルを取り出し、蓋を開けると上に赤い絞りの入った花を置いた。
「ジュースが赤い色だ!綺麗…」
「花もどうぞ。食べられます」
「いいの?みんなの分は?」
「お気遣いありがとうございます。僕達は来てすぐに飲んでます」
二人共にっこりして手を振るので、安心してもらうことにした。

花を食べてみると、しゃくしゃくしてレタスの様な食感だ。ほんのり甘い。
ジュースを飲んでみると、ちょっと青臭いけど、甘くてスッキリする味。
喉が渇いていたのですぐ飲んでしまった。
「美味しかった。また、来年しか飲めないよね?」

ノアが「エキスを売ってましたので買いました。差し上げますので、水や炭酸で薄めて飲んでください」と言ったので見せてと頼んだけど、別のところに積んでいるそう。
「~宮に戻ってからの楽しみにして下さい」
「うん、え?」

離宮?
僕の頭にまざまざとあの離宮の様子が蘇った。
ひび割れた壁、人気の無い暗い部屋、古いベッド、擦り切れた毛布、誰も来ない。誰も僕のことを忘れてる。

「あそこには、二度と戻らない!また僕を置いて行くんでしょ!もう一人は嫌なんだ!」
「どうして…あなたの戻るところは」ノアが出て行こうとする僕を懸命に抑える。
「あー、記憶が混乱してる。ルカス様、早く眠って下さい。そんな所には行きませんよ。貴方を心から待っている人の所に行くんです」
ダニエルは僕の横に座って抱きしめ、頭を撫でた。
泣きそうだったけど、何だか落ち着いてきた。

「本当に離宮には行かない?」
「はい、陛下が中をご覧になられ、お怒りになりながら、取り壊しをお命じに。もう跡形もありませんよ」
「へいか、が、そう、良かった。帰らなくて、いいんだね」
「そうです。あなたは陛下の元へ帰られるのです」
「ふーん、先生に、教えなきゃ。僕は、へいか、の…アウ、グスタ…」
僕は呑気に寝てしまった。

癖があるから全部は飲まないだろうと、多めに睡眠薬を入れた花ジュースを僕はゴクゴク飲み干してしまった。
薬が効きすぎて全く起きない僕に、再会を楽しみにしていたアウグスタは、ダニエルとノアに激怒し、二人は平謝りすることになった。


だが、侍女達がルカスの着替えをしようと服を脱がせた時、思わず悲鳴を上げてしまい、側にいた3人も見てしまった。

ルカスの身体に無数に残る、血が黒ずんだ歯形と吸われた跡、背中や尻に残る、打たれて内出血した所。

「これが、もしかして、ルカス様の恐れていた『お仕置き』?」ダニエルは絶句した。
アウグスタは全員を下がらせ、医者を呼びに行かせた。

最悪な事に、医者によって兄弟だからと想定していなかった身体の交わりも乳首や後口のただれ方で推定されてしまった。

ダニエルは扉の外で待機していて、アウグスタが出てくるのを待って魔法で拘束した。
案の定剣を抜いて怒りの形相で出てきたからだ。
「いけません!エカリオン様を殺しては!ルカス様に掛けられている魔法を解いてもらわねば、ルカス様の洗脳と記憶の混乱が治りませんよ」

最終的に、アウグスタはギリギリと歯を食いしばって必死に怒りを抑えていた。
「決して許さぬ。私にルカスを預けると抜かして、いなくなったと思ったら裏で誘拐し、兄弟の癖に横恋慕し、洗脳して身体まで無理強いさせるとは!!あらゆる方法でルカスの洗脳を解け!エカリオンは拷問しても構わん!ルカスを…」
「陛下、全力を尽くします。我らに任せて下さい。陛下はルカス様に付いてあげて下さい」
「だが、私の事は」
「それはわかりません。でも、ルカス様はお一人で居られるのが苦手です。長い事そうだったのでしょう?」
「ああ、10年以上と。エカリオンとは6歳の頃半年時々会っていたぐらいだと」

「陛下、ルカス様がエカリオン様の事を完全に忘れる事はできないだろうと思われますが、陛下も忘れ得ぬそのお一人です。お側に付いてあげて下さい」
「わかった。ここに居るから下がって良い」
ダニエルは深々と礼をして、急いでエカリオンが捕えられている牢へ行った。





はあ、柔らかいなあ。あれ?寝てたのか。これ、僕のベッドとは大違いだ。も一回寝よかな。

僕が目を開けてみると、眉間に皺を寄せて書類を読んでいる男の人が側に座っていた。

懐かしいな、銀色の髪と、琥珀色の目、褐色の肌。
『ん?誰?』

「ルカス、気が付いたか!どこか具合の悪い所は無いか?傷、は消毒したが、他にも無いか?」
男の人は心配そうに覗き込んで頰にそっと触れた。

「大丈夫です。心配して下さり、ありがとうございます」
声が掠れているので、咳払いしてみた。
「あの、できれば、水を頂けませんか?喉がおかしくて…」
「ああ、すぐ用意する」
サイドテーブルに水差しとコップが置いてあり、直ぐに注いでくれたので、起き上がった。

差し出されたコップを受け取って、飲むと喉に沁みるほど冷たかった。
「喉用に飴を貰ったが、食べるか?」
赤や青の半透明の丸い飴が入った、透かし彫りのガラスポットを寄せられたので、赤いのを一つ取って口に入れた。

「どうだ?」
「ちょっとスースーしますが、甘くて美味しいです」
僕の肩に柔らかい羽織物が掛けられた。
この人はさっきから、やけに親切だなあ。

口中で飴を転がして舐めながら、部屋を見た。ここを知ってる様な気がする。
「今更なんですが、ここはどこですか?」
男の人は、ハッとして悲しげな顔をした様な感じだったが、微笑した。
「お前の部屋だ。ここはハウヴァハーン帝国の首都ヴァハネスの皇城で、後宮の一室。覚えてないのか?」

「僕の部屋⁈えーと、それにしては豪華だなあ」
「お前がこれで良いと言うから、そのままにしてある」
「もしかして、失礼ながら、あなたは、陛下?」
「私はアウグスタ。ルカスは私の愛妾、恋人だ」
「愛妾?恋人⁈」
「お前を寂れた古い離宮に閉じ込めていた王族は全てお前の前で排除し、ティアドラ国は帝国の一地方にした。残ったお前を帝国に連れて来た。どこまで覚えている?」

「僕は貴方を知っている。でも、忘れろって先生が」
「先生?」
「先生は、僕の恩人で、王子、兄…兄上で」
え?本当はどれだっけ?

「先生は優しくて、でも怖くて、僕に魔法を教えてくれて、いっぱい服や食べ物をくれて。でも、意地悪してた人みんな、みんな殺しちゃって、そんなの僕は望んでなかった。ご飯は、薪は欲しかったけど、それだけで」

頭の中がぐるぐる回る。何だろう?何を忘れてる?
「ルカス、ルカス、無理に思い出さなくて良い。横になるか?」
アウグスタが首の後ろに腕を差し込んでくれたので、遠慮なく身体を預け、横になった。

「陛下、ちょっとだけ眠ってもいいですか?」
「アウグスタと呼べ」
「あ、アウグスタ、眠る許可を下さい」
僕はドキドキしながら言った。
「よかろう」
「あの、横にいなくても大丈夫ですよ?お仕事とか、お忙しいでしょう?」 
「お前は目を離すといなくなってしまう」

「そうだ。エカリオンに付いて行ったら、帰れなくなっちゃったんだ」
「何故付いて行った?私が嫌になったのか?」
アウグスタはベッドの僕の横に腰掛けたので、驚いて起き上がった。
「あ、ごめんなさい、違います、怒らないで下さい。良い子でいるから『お仕置き』しないで」
アウグスタは泣き出した僕をそっと抱き寄せると肩を撫でた。
「『お仕置き』なぞ絶対しない!お前の嫌がる事は一生しない。だから、側にいて欲しい」

僕はどうすれば良いかわからない。そのままアウグスタの逞しい胸に抱かれると、何故か心は落ち着いていき、涙は自然と止まり、いつの間にか眠っていた。




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