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第一章

そんなこと言われたって……

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 休憩室を出ると、ルクスさんが薄暗い廊下の壁にもたれて腕を組んでいた。

「お待たせしました」

「うん……、ところで、ベルムと何の話してたの?」

 ルクスさんには関係ない話……、とは、言い切れないか。
 ベルムさんのついでにこの人も連れ戻せれば、パーティー内でそれなりの役職がもらえるかもしれないし。

「ベルムさんに、パーティーに戻るようにお願いしていたんです」

「へえ。なんで?」

「なんでって……、ベルムさんがいないと、僕が王宮との交渉を担当しなくちゃいけないことに、なってしまったので」

「ふーん。王宮との交渉が嫌なら、別のパーティーにいけば良いんじゃないか?」

「……他のパーティーだと、採用担当のヤツらの見る眼がないから、なかなか入団テストに受からなかったんです」

「ああ、そう」

 ああそう、って……、自分から聞いておいて何なんだよこの投げやりな態度は?
 ……いや、いちいち怒っていても仕方ないか。

「……王宮からの直接の依頼になんて、しがみつかなければいいのに」

 この人は本当に……、どこまで無責任なんだ。

「そんなことしたら、パーティーの格付けが下がっちゃうじゃないですか」

「それの、何がいけないんだ?」

「何がいけないって……、そんなことになったら、受けられる依頼の質が下がりますし、それに……」

「それに?」

「今まで下の格付けだったパーティーにいたヤツらが、調子に乗って馬鹿してきたりするじゃないですか」

「だから?」

「だから? って……、最強だとかもてはやされてるルクスさんなら、分かるでしょう? 今まで見下してきたヤツらに、どうのこうの言われるのは嫌だって」

「さあ? それは、よく分からないが……」

 ルクスさんは言葉を止めると、壁にもたれていた身を起こして、ゆっくりとこっちに近づいてきた。   


「お前が、下らない見栄のために、ベルムをまた酷い目にあわせようとしてることは分かった」


「下らないって……、うわっ!?」

 突然、胸のあたりを押され足を払われて、背中から床にたたきつけられた。

「いきなり何をす……、ぐえっ!?」

 腹部受けた衝撃のせいで、抗議の言葉の代わりに声が漏れる。
 いきなり鳩尾みぞおち踏みつけるなんて、何考えてるんだこの人!?

「あ、しをど、け……、うぐっ!?」

 なんとかどけようと脚を掴んだのに、びくともしない。それどころか、足はさらに鳩尾にめり込んでくる。
 
「お前みたいなヤツらのせいで、ベルムがどれだけ苦しんだか……」

 ルクスさんは冷ややかな目で僕を見下ろしながら、そう吐き捨てた。
 そんなこと、言われたって……。

「だっ、たら、貴方はど、うなんで、すか? ベル、ムさんを止、めな、かったん、だから、貴方だって……」

「ああ。俺だって同罪だな、だから……」

 ルクスさんが不意に、着ていたチュニックの袖を捲った。その手首には、リストバンドと一体になった小型のボウガンが装備されてる。

「これからは、ベルムに迷惑をかけるやつは、全員始末することにしたんだ」

「え……?」

 ルクスさんは、ボウガンをこっちに向けて微笑んでる。
 まさか、僕に向かって撃つつもりじゃないよね?

「苦しまずに死ねるところを狙うから、安心してくれ」

 笑顔で、何を言ってるんだこの人。

「じょ、冗談、ですよね?」

「これが、俺にできる唯一のつぐないだから」

「あ、あの、ルクス、さん?」

「本当に、最初からこうしておけばよかったな……」

 ……だめだ、僕の声が全然耳に入ってない。

 このままじゃ、本当に……。

「ルクス! いい加減にしなさい!」

 不意に、マリアンさんの声が廊下に響いた。

 そして――

  ゴスッ!

「痛っ!?」

 ――声と同時に飛んできたフライパンが、ルクスさんの側頭部に直撃した。
 
 ルクスさんは僕から足をどけて、側頭部をおさえてしゃがみ込んだ。
 た、助かった……。
 
 起き上がりながら声の方に顔を向けると、マリアンさんがズンズンとこちらに近づいてきていた。

「ルクス! 私は準備ができたから、フォルテ君を連れてこいって言ったの! なのに、何してるのよ!?」

「マリアン……、だってコイツが……」

「だってじゃありません! 大体、殺しちゃったら、せっかく準備したのに無駄になるじゃない!」

「……うん。そう、だね」

 ……諭し方がズレてる気もするけど、ルクスさんが落ち着いてくれたみたいだし、よしとしようか。

「はい、分かったならその物騒なもの早くしまって、ベルムと一緒に店に出て!」

「……分かった」
  
 ルクスさんは力なく頷いて、控え室に戻っていった。

「それじゃ、フォルテ君は私と一緒にこっちに来て」

「あ、はい。分かりました」

 返事をすると、マリアンさんは深いため息を吐いた。

「まったくもう、ルクスは昔っから、怒ると周りが見えなくなるんだから……」

「そう、ですか」

「ええ、本当に。誰かを手にかけたりしたら、私たちが悲しむなんてことまで分からなくなるんだから、やれやれよね」

 ……マリアンさんの口から出たのは、ルクスさんに対しての心配だった。
 昔からの仲間だからそうなるのは仕方ないのかもしれないけど……、殺されそうになった人を心配しないような人に、呪いの首輪の解除を頼んで本当に良かったんだろうか……?
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