勇敢へいたるキッカケ~この僕がクビ?スキル「怯み無効」のありがたさが分からない奴らなんて、こっちから願い下げです!……って思ってました。

鯨井イルカ

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第一章

それなら、なんで

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 マリアンさんに連れられて、控え室とは別の部屋に移動した。部屋の中には、薬のビンが沢山詰まった棚と椅子しかない。一体何なんだ、ここは?
 まさか、王女様の部屋みたいな目的で使うんじゃ……。

「ひとまず、その椅子に座って……あら? どうしたの? そんな怯えた顔して」

「あ、あの、この部屋は一体……」

「ああ、ここ?」

 マリアンさんはそう言うと、部屋を見回してため息を吐いた。

「回復術士は引退したんだけどね、たまに君みたいな人が駆け込んでくるのよ」

「僕のような?」

「そう。解除が難しい呪いにかかったり、解毒が難しいモンスターの毒を浴びたり人よ」

「そうなんですか……」

「ええ。だから、ここはそういう人たちを治療するための部屋なの。引退したとはいえ、放っておくのは心が痛むからね。さ、事情が分かったなら、座ってちょうだい」

「あ、はい。分かりました」

「じゃあ、今から解除をするからジッとしていてね」

 マリアンさんはエプロンのポケットから、緑色に光る小ビンを取り出し中身を指につけて、首輪をなぞった。ほんの少し、首輪の締め付けが緩くなった気がする。

「この薬には解除する呪文を込めてるから、もう少ししたら外れると思うわよ」

「よかった……、これで助かるんですね」

「ええ、ただ少し時間がかかるから、その間におしゃべりでもしない?」

「おしゃべり、ですか」

 こんな状況で世間話なんて、よくする気になるな……、まあ、でも、少しくらいは付き合わないといけないか。呪いを解除してくれたんだし、それにルクスさんの暴走を止めてくれたんだから。

「ああ、はい。構いませんよ」

「ありがとう。そうそう、さっきはごめんなさいね、ルクスがあんなことをして」

「あ、いえ……、ビックリはしましたが、ケガはしてないので大丈夫です」

「そう言ってもらえるなら、何よりだわ。まあ、ルクスが怒るのも無理はないんだけどね」

「無理もない?」

 無理もないって、どういうことだよ? こっちは、足蹴にまでされたっていうのに……。

「ええ。ベルムはね、定期的に虐待を繰り返されて、かなりボロボロだったんだから。表面上は、取り繕っていたみたいだけどね」

「そう、ですか……」

「そうよ。そんな状況の仲間をまた酷い目にあう場所に連れ戻す、なんて言われたら、怒りもするでしょう?」

「そうかも、しれませんが……」

 たしかに、僕だって、ちょっと心苦しくはあったけど……、だからって、なにもあそこまでしなくても。ベルムさんは、痛みを感じないスキルを持ってるんだし。

「ルクスは、ベルムをすぐに助けられなかったことに、自責の念を感じてたみたいでね。二度と同じ目にあわせないように、連れ戻そうとする奴が現れたら何をしてでも阻止しようと、考えてるみたいね」

 そういえば、さっきルクスさん本人の口からも、そんな言葉を聞いたな……。でも、よく考えてみれば、だだの脅しだったのかもしれない。

 怒ってるとはいえ、さすが命までとろうなんて――

「それで、あんな対人用小型ボウガンまで用意して……」

「え……、た対人用!?」

 ――本気で考えていたみたいだ。

「なにを驚いてるのよ、さっき、突きつけられてたでしょ?」

「あ、いや、その……、じゃあ、ルクスさんは本気で僕を……」

「ええ。殺すつもりだったんでしょうね」

「殺すつもりって……、そんなことしたら……」

「そうね、ルクスはダンジョン探索者の免許を永久に失うどころか、下手をすれば死罪になるわ」

「なら、なんでそこまで……」

「まあ、ルクスのことだから……、自分が罪人になればさすが王宮が弓の腕をあてにすることもできなくなる、そうすれば王宮がベルムを呼び出す口実もなくなる、なんて考えたんでしょうね」

 つまり、ベルムさんを王宮との交渉から遠ざけるためには、死罪になっても構わないと思ったのか……。

「王宮との交渉云々については、もうちょっと複雑な事情があるし……、それに、ルクスが手を汚すようなことになれば、ベルムも私も悲しむって言うのに、本っ当にアイツは……」

 マリアンさんは、再び深いため息を吐いた。

「まあ、そういうわけで……、ベルムを連れ戻すってことは、思い詰めた最強弓術師を敵に回すってことになるんだけど、それでもまだ諦めない?」

「いえ……、さすが、今のルクスさんを敵に回すのはちょっと」

「そうね、それが懸命な判断だわ」

 マリアンさんはそこで言葉を止めると、口の端を吊り上げて笑った。

「まだ諦めないって言うのなら、私も容赦できないからね」

 でも、目は全く笑っていない。
 ここで、まだ連れ戻そそうとしたら、呪いの首輪の解除が終わると同時に、なにか別の酷い目にあってしまいそうだ。ソベリさんからの報酬は惜しいけど、せっかく助かった命をまた危険にさらしたくはないから。
 でも……。

「でも、なんで皆さん、そこまでベルムさんをかばうんですか?」

「なんで、ですって?」

「あ、はい……、だって、ベルムさんは痛みを無効化できる固有スキルを持ってるんでしょ? それに、完全回復薬を飲まされるから、死ぬわけじゃないのに」

「ああ、そんな勘違いをしてたのね」

 マリアンさんはまたしても深いため息を吐いた。
 勘違いをしていた?

「まずね、完全回復薬についてだけど、あれは中毒性があるのよ」

「ちゅ、中毒性!?」

「ええ。ああ、ほんの少しだし、君みたいに一回使われたくらいじゃ問題はないから、安心しなさい」

「そう、ですか……」

「でも、ベルムは数ヶ月に一度なんて頻度で、数年間も使われていたわけだからね。いつ依存症からの廃人コースに突入しても、おかしくないような状況だったのよ」

「そん、な……」
 
「……状況の最悪さを、ようやく理解してくれたみたいね。それと、ベルムの固有スキルだけど」

 マリアンさんは、言葉を止めて息を吸い込んだ。
 
 そして――


「痛み無効化なんて固有スキルは持ってないわよ」


 ――わずらわしそうに、そんな言葉を言い放った。
 
 ベルムさんが、痛み無効系のスキルを持ってない?
 それなら、なんで……、王宮との交渉を続けられてたんだ?
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