勇敢へいたるキッカケ~この僕がクビ?スキル「怯み無効」のありがたさが分からない奴らなんて、こっちから願い下げです!……って思ってました。

鯨井イルカ

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第二章

気は進まなくても

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 動き回りながら呪文を詠唱するには、かなりの肺活量が必要だ。
 肺活量を鍛えるためには、走り込みが一番なんだろう。
 
 だから――

「フォルテちゃん! こっち、こっち!」

「ま、待ってってば……」

 ――猛スピードで海沿いの道を走るリグレを追いかけるこの状況も、魔術の授業ってことて間違いはないはず。

 でも、いい加減に体力が限界だ……。
 ちょっと呼吸を整えないと……。

「フォルテちゃん! どうしたの!? 大丈夫!?」

 僕が立ち止まっていることに気づいたリグレも、立ち止まって大声を出した。 

「全然……、大丈夫……、じゃない……」

「大変! ちょっと待っててね!」

 リグレが猛スピードでこっちに走りよってくる。
 これだと、魔術師よりも双剣使いとか、格闘家とか素早さが活かせる職が向いてるんじゃないだろうか……。

「フォルテちゃん! どっか痛いの!?」

「あー……、うん……、痛いって言うか、息が苦しいっていうか……」

「分かった! じゃあ、ちょっとしゃがんで!」

「え……? なんでまた、急に……」

「いいから! ちゃんと言うことを聞いて!」

 リグレはそう言いながら足を踏みならした。
 ……よく分からないけど、拒否したら面倒なことになりそうだな。

「……こう、で、いい?」

「うん! よくできました!」

 しゃがみ込んで見上げると、リグレは満足げな笑顔を浮かべた。なんだか、警官に見つかったらなにがしかの事案になりそうだけど、大丈夫かな……。

「痛いの痛いのー……、じゃなかった! 苦しいの苦しいのー……」

 不安をよそに、リグレはそう言いながら、僕の背中をさすりだした。
 これは……、痛いのをどこかに飛んでいかせるおまじないか……。

「……塵芥ちりあくたと化し、雲散霧消うんさんむしょうせよ!」

「……うん、これって、そんな物騒な文言のおまじないだったっけ?」

「え!? お父ちゃんにこう教えてもらったけど……、間違えちゃってた!?」

 リグレは大きな目を見開いた。どうやら、冗談じゃなくて、本気であれが正解だと思ってるみたいだ。
 カリダスさん、娘に何を教えてるんだよ……。

「ねえ、フォルテちゃん! 本当はなんて唱えればいいの!?」

「痛いの痛いの飛んでいけ、だよ」

「分かった! じゃあ、もう一回やりなおすね!」

 勢いよく返事をして、リグレは再び僕の背中に手を当てた。

「痛いの痛い……、あ! 違う違う! 苦しいの苦しいのー、飛んでいけ! どう!? フォルテちゃん、治った!?」

「あー……、うん。おかげで、だいぶ楽になったよ」

「本当!?」

 まあ、おまじない云々じゃなくて、少し休めたおかげなんだけど……。

「やったぁ! フォルテちゃんが楽になった!」

 ……なんかものすごく喜んでるから、黙っておこう。絶対に訂正しなきゃいけないことでもないし。

「あ、でも、かけっこしたらまた苦しくなっちゃう?」

「あー、まあ……、今日はこのくらいで許してくれると助かる、かな」

「うん、分かった! じゃあ、またお家で魔法の練習?」

「そうだね……、ただ、リグレの羽虫対策をしないといけないか……」

 まあ、また僕が引きつけてもいいんだけど、さすがに何度も虫に群がられたくないしな。それに、またリグレが怒りだしてもいけないし……。

「ねーねー、フォルテちゃん」

「うん? 何?」

「さっきフォルテちゃんも、薪を燃やす魔法使ってたよね?」

「そうだね」

「なんで、フォルテちゃんのときは、虫さんがこなかったの?」

「ああ。それは、魔力の流れに敏感な虫とかモンスターよけのアクセサリーをつけてるからだよ。ほら、これ」

 ローブの首元から虫除けのペンダントを引っ張り出して見せると、リグレはコクコク頷いた。

「このペンダントがあると、虫さん来ないんだー」

「うん。日常生活で使うくらいの魔術になら、効果があるよ。ただ、あんまり強い魔術には効果がないんだ」

「ふむふむ、そうなんだね!」

「そう。まあこれを交代でつけながら練習してもいいんだけど、ちょっと手間がかかるしな……。リグレ、この辺にアクセサリーを売ってるお店はある?」

「じゃあ、しっぽ屋さんに行こう!」

「しっぽ……、屋さん?」

 なんなんだ、そのファンシーな名前の店は……。

「うん! えーとね、カフェのお隣にあるお店屋さんだよ!」

「カフェの隣……」

 ……ってことは、ヒューゴさんの店か。
 すぐに店に入れば、ベルムさんたちと鉢合わせることはないかも。でも、ヒューゴさんにも、僕のことは知られてるかもしれないし……。

「フォルテちゃん、どうしたの? お腹痛くなっちゃった?」

「ああ、ごめん、大丈夫。ちなみに、他のお店じゃダメ?」

「うーんとね、分かんない! でも、お父ちゃんが『この辺だと、あそこで売ってるアクセサリーが一番だ!』、って言ってたよ!」

「そうか……」

 気は進まないけど……、粗悪品を渡して何かがあってもいけないか……。

「じゃあ、そこに買いに行こうか」

「うん、分かった! じゃあ、競争ね! とうっ!」

「あ! だから、いちいち全力ダッシュしないで!」

 必死の呼びかけもむなしく、リグレの姿は猛スピードで小さくなっていく。これじゃあ、ランニングを中断した意味がないじゃないか……。
 
 それにしても、ヒューゴさんの店って、『しっぽ屋さん』なんて名前だったっけかな?
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