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第二章
曖昧なら調べた方がいい
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リグレの家庭教師を引き受けてから、二週間がすぎた。
その間に、リグレが幼稚園で習う魔術を着実におぼえていったり、僕もランニングの苦しさと筋肉痛がだんだん気にならなくなってきたりと、いろいろと変化があった。
中でも一番大きな変化は――
「あ、ルクスちゃんだ、おはよー!」
「おはようございます」
「うん、おはよう」
――ルクスさんと挨拶を交わすようにようになったことかもしれない。
パーティーにいたころは、言葉を交わすことなんてほとんどなかったもんな。最強だと過大評価されて、得意になって周りを見下してるなんて思ってたから、なるべく関わらないようにしてたし。
「ルクスちゃんは、今日も砂浜でかけっこしてるの?」
「うん。あとは、素引きをしていく予定だよ」
「すびきって、なーに?」
「えーと、矢をつけずに弦を引く練習で、弓の素振りみたいなものだよ」
「そうなんだ! ルクスちゃん、しっかり練習しててえらいね!」
「それは、ありがとう」
でも、実際のルクスさんは、毎朝基礎トレーニングをしているし、リグレが声をかけても嫌な顔をすることなく接してくれている。
それに――
「ほら……、俺もともとがどんくさいから、少しでも練習をサボったらすぐに腕がなまって、いざというとき全然役に立たなくて、周りにすごく迷惑をかけたりするに決まって……」
「ルクスさん、こんなさわやかな朝に、小さい子の前でマイナス思考スイッチを入れないでください」
――得意になるどころか、放っておくとマイナス思考のどん底に沈んでいく。
なんというか、印象と全く逆の性格なんだよな……。
「ああ、そうだね、ごめん。それで、フォルテとリグレは、今日もランニング?」
「はい。それで、帰ったら魔術の実践です」
「今日はね! 水の魔法の練習をするんだよ! きのうの練習のつづきなんだ!」
「そっか、二人とも、頑張ってるんだね」
ルクスさんはそう言って、穏やかに微笑んだ。
この言葉もちょっと前までなら、嫌みを言われてるって思ったのかもしれないな……。
「うん! 頑張ってるよ! あ、そうだフォルテちゃん!」
不意に、リグレが袖を引いてきた。
「うん、どうした?」
「きのうの呪文の書き取り練習にでてきた、『しぐれ』ってなーに?」
しぐれ?
ああ、時雨か。そういえば、昨日は広範囲に水を撒く魔術を教えてたっけか。でも……。
「リグレ、分からないことがあったら、ちゃんとその場で聞いてくれよ……」
「ごめんなさい! 聞こうとしたら、お父ちゃんとお母ちゃんが帰ってきたから」
「ああ、まあ、たしかにそうか」
昨日はカリダスさんとエタレオさんの帰りが予定より早かったから、授業も早めに切り上げたんだっけ。
「それで、しぐれ、ってなんなの!?」
「時雨っていうのは……」
……あれ?
改めて聞かれると、すぐに答えられないかも……。しとしと降る雨、みたいな意味だったっけかな?
「しぐれっていうのは!?」
「えーと……」
とりあえず、適当にそれっぽい答えを教えておく……、のはよくないか。これでも、一応は報酬をもらってる正式な仕事なんだから。
それに――
塵芥と化し、雲散霧消せよ!
お父ちゃんにこう教えてもらったけど
間違えちゃってた!?
――適当な答えを信じて、誰かの前で披露する可能性もあるからな。
僕が教えたことで恥をかいたりしたら、さすがに可哀想だ。
それに、間違った答えを「フォルテちゃんに教えてもらった」、なんて言われても厄介だし。
「ねーねー、フォルテちゃん、『しぐれ』ってなーに!?」
「あー、えーと。イメージはできるんだけど、言葉で説明するのは難しいから、家に帰ったら辞書で調べようか」
「じしょ?」
リグレは突然キョトンとした表情で、首を傾げた。
えーと、辞書がなんなのか分からない、のかな?
「意味が分からない言葉を調べるための本、みたいなものだけど……、家にはない?」
「うーん……、絵本なら、お父ちゃんがときどきお土産で買ってきてくれるけど……。ほかのご本は、『ほうぼうのツケをはらったときに、けっこうしちにいれた』、ってお父ちゃんとお母ちゃんが言ってた」
辞書まで質に入れてツケを払うって……、カリダスさんもエタレオさんも、一体どんな生活をしてたんだろう?
「だからね、お家にじしょがあるかは、ちょっと分かんないかも……」
「……そうか。それだと、買って帰ったら実は家にあった、なんてことが起きるかもしれないのか」
まあ、家に辞書が二つあって困ることはないかもしれないけど……。
「ああ、それなら」
不意に、ルクスさんが胸のあたりで手を打って声を出した。
「図書館に行ってきたら?」
「図書館? このあたりに、あるんですか?」
「うん。駅の近くに、けっこう大きなのがあるよ」
「そうだったんですか」
そういえば、ここに来たときは、駅前になにがあるかなんて気にしてなかったな……。
「それなら、帰りがけに……」
「分かった! 駅のほうだね! ありがとう、ルクスちゃん!」
「あ、こら、リグレ! だから、急に走り出すなっていつも言ってるだろ!?」
なんて言葉を聞いてくれるはずもなく、リグレは駅の方向に向かって、猛スピードで走り出した。
「ルクスさん、教えてくれて、ありがとうございました。では、リグレを追いかけないといけないので……」
「うん、迷子になっちゃうといけないから、早く追いかけてあげて」
「はい、それでは失礼します」
「うん、じゃあ、またね」
手を振るルクスさんに軽く頭を下げ、リグレが走り去った方向に向かって走り出した。
ランニングには慣れてきたけど、この突然のダッシュは、もう少しだけひかえて欲しいよ……。
その間に、リグレが幼稚園で習う魔術を着実におぼえていったり、僕もランニングの苦しさと筋肉痛がだんだん気にならなくなってきたりと、いろいろと変化があった。
中でも一番大きな変化は――
「あ、ルクスちゃんだ、おはよー!」
「おはようございます」
「うん、おはよう」
――ルクスさんと挨拶を交わすようにようになったことかもしれない。
パーティーにいたころは、言葉を交わすことなんてほとんどなかったもんな。最強だと過大評価されて、得意になって周りを見下してるなんて思ってたから、なるべく関わらないようにしてたし。
「ルクスちゃんは、今日も砂浜でかけっこしてるの?」
「うん。あとは、素引きをしていく予定だよ」
「すびきって、なーに?」
「えーと、矢をつけずに弦を引く練習で、弓の素振りみたいなものだよ」
「そうなんだ! ルクスちゃん、しっかり練習しててえらいね!」
「それは、ありがとう」
でも、実際のルクスさんは、毎朝基礎トレーニングをしているし、リグレが声をかけても嫌な顔をすることなく接してくれている。
それに――
「ほら……、俺もともとがどんくさいから、少しでも練習をサボったらすぐに腕がなまって、いざというとき全然役に立たなくて、周りにすごく迷惑をかけたりするに決まって……」
「ルクスさん、こんなさわやかな朝に、小さい子の前でマイナス思考スイッチを入れないでください」
――得意になるどころか、放っておくとマイナス思考のどん底に沈んでいく。
なんというか、印象と全く逆の性格なんだよな……。
「ああ、そうだね、ごめん。それで、フォルテとリグレは、今日もランニング?」
「はい。それで、帰ったら魔術の実践です」
「今日はね! 水の魔法の練習をするんだよ! きのうの練習のつづきなんだ!」
「そっか、二人とも、頑張ってるんだね」
ルクスさんはそう言って、穏やかに微笑んだ。
この言葉もちょっと前までなら、嫌みを言われてるって思ったのかもしれないな……。
「うん! 頑張ってるよ! あ、そうだフォルテちゃん!」
不意に、リグレが袖を引いてきた。
「うん、どうした?」
「きのうの呪文の書き取り練習にでてきた、『しぐれ』ってなーに?」
しぐれ?
ああ、時雨か。そういえば、昨日は広範囲に水を撒く魔術を教えてたっけか。でも……。
「リグレ、分からないことがあったら、ちゃんとその場で聞いてくれよ……」
「ごめんなさい! 聞こうとしたら、お父ちゃんとお母ちゃんが帰ってきたから」
「ああ、まあ、たしかにそうか」
昨日はカリダスさんとエタレオさんの帰りが予定より早かったから、授業も早めに切り上げたんだっけ。
「それで、しぐれ、ってなんなの!?」
「時雨っていうのは……」
……あれ?
改めて聞かれると、すぐに答えられないかも……。しとしと降る雨、みたいな意味だったっけかな?
「しぐれっていうのは!?」
「えーと……」
とりあえず、適当にそれっぽい答えを教えておく……、のはよくないか。これでも、一応は報酬をもらってる正式な仕事なんだから。
それに――
塵芥と化し、雲散霧消せよ!
お父ちゃんにこう教えてもらったけど
間違えちゃってた!?
――適当な答えを信じて、誰かの前で披露する可能性もあるからな。
僕が教えたことで恥をかいたりしたら、さすがに可哀想だ。
それに、間違った答えを「フォルテちゃんに教えてもらった」、なんて言われても厄介だし。
「ねーねー、フォルテちゃん、『しぐれ』ってなーに!?」
「あー、えーと。イメージはできるんだけど、言葉で説明するのは難しいから、家に帰ったら辞書で調べようか」
「じしょ?」
リグレは突然キョトンとした表情で、首を傾げた。
えーと、辞書がなんなのか分からない、のかな?
「意味が分からない言葉を調べるための本、みたいなものだけど……、家にはない?」
「うーん……、絵本なら、お父ちゃんがときどきお土産で買ってきてくれるけど……。ほかのご本は、『ほうぼうのツケをはらったときに、けっこうしちにいれた』、ってお父ちゃんとお母ちゃんが言ってた」
辞書まで質に入れてツケを払うって……、カリダスさんもエタレオさんも、一体どんな生活をしてたんだろう?
「だからね、お家にじしょがあるかは、ちょっと分かんないかも……」
「……そうか。それだと、買って帰ったら実は家にあった、なんてことが起きるかもしれないのか」
まあ、家に辞書が二つあって困ることはないかもしれないけど……。
「ああ、それなら」
不意に、ルクスさんが胸のあたりで手を打って声を出した。
「図書館に行ってきたら?」
「図書館? このあたりに、あるんですか?」
「うん。駅の近くに、けっこう大きなのがあるよ」
「そうだったんですか」
そういえば、ここに来たときは、駅前になにがあるかなんて気にしてなかったな……。
「それなら、帰りがけに……」
「分かった! 駅のほうだね! ありがとう、ルクスちゃん!」
「あ、こら、リグレ! だから、急に走り出すなっていつも言ってるだろ!?」
なんて言葉を聞いてくれるはずもなく、リグレは駅の方向に向かって、猛スピードで走り出した。
「ルクスさん、教えてくれて、ありがとうございました。では、リグレを追いかけないといけないので……」
「うん、迷子になっちゃうといけないから、早く追いかけてあげて」
「はい、それでは失礼します」
「うん、じゃあ、またね」
手を振るルクスさんに軽く頭を下げ、リグレが走り去った方向に向かって走り出した。
ランニングには慣れてきたけど、この突然のダッシュは、もう少しだけひかえて欲しいよ……。
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