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第二章

穏やかな日が続く……、はずだよね?

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 リグレの家庭教師になってから、三ヶ月が経った。ここに来たばかりのころは、まだ暑いくらいだったけど、もう厚手のローブを着ないと耐えられないくらい寒くなっている。

 それと、変わったのは季節だけじゃない。

 ランニングの折り返し地点で、ルクスさんだけじゃなく、ベルムさんとも顔を合わせるようになった。
 ベルムさんは約束通り、僕とリグレにダンジョンでの基本的な立ち回り方を教えてくれた。ときおり、ルクスさん、ヒューゴさん、マリアンさんが混じっての、実践に近い形の授業もあったから、リグレにはすごくいい経験になったはずだ。僕は、もう手遅れなんだろうけど……。

 そんな中で、リグレはめきめきと実力をつけて、幼稚園でならう魔術はほとんど使いこなせるようになった。
 もともとの才能もあったけど、それだけじゃなくて……、分からないことや難しいことがあっても、ちゃんと質問したり、自分で調べたり、繰り返し練習してたのが成長の決め手だったんだろう。
 これなら、小学校に入学しても、問題なくダンジョン探索者養成コースにいけるだろう。

 そのことを改めて報告したら、カリダスさんとエタレオさんはすごく喜んで――

「それでは、フォルテ先生の就任三ヶ月とリグレの成長を祝してー!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」

 ――家庭教師就任三ヶ月目のお祝いをしてくれることになった。

 お祝いといっても、いつもより夕食の料理が一品多くて、ちょっとした酒がでるくらいのささやかなものだ。それでも、悪い気はしない。

「いやぁ、リグレの魔術の腕がこんなにあがるなんて、全部フォルテ先生のおかげだな! 俺と母ちゃんだけじゃ、どうしょうもなかったからなぁ……」

「本当だよ! まさか、ダンジョン探索者養成コースに入れるかもしれない、なんて言われるくらいになるなんてねぇ……」

「あ、いえ。これは僕のせいじゃなくて……、リグレが頑張った成果ですよ」

「……なに言ってるのフォルテちゃん!」

 ジュースを飲み干したリグレが、コップを勢いよく置いてこっちを見上げてきた。

「フォルテちゃんが分かりやすく教えてくれたから、上手くなれたんだよ!」

「まあ、そのへんは意識してたけど……、でも、リグレが素直に言うことを聞いてくれたからってのが、大きいよ」

 多分、僕やベルムさんの言うことにいちいち反抗してたら、こんなに成長はしてなかったんだろう。

「うん! だって、フォルテちゃん、かけっこ苦手そうなのに一緒にがんばってくれたもん! だから、私も頑張ろうって思ったんだ!」

「……それは、どうも」

 まあ、そう言ってもらえると悪い気はしないけど……、走りが苦手そうだと分かってたなら、急な猛ダッシュはひかえてほしかったかな。
 まあ、最近は息切れせずに捕まえられるようになったから、いいんだけどさ……。

「しっかし、俺が言うのもなんだけど、こんなに頑張ってくれたなら、もうちょっとお礼を弾まないと悪いよな……」

「そうだよねぇ……、報酬以外にもなにか用意しないとねぇ……」

「あ、いいえ。どうか、お気になさらずに。こうして、お祝いをしていただいてるんですから」

 さすがに、住む場所と食事も提供してもらっているのに、追加の報酬なんて望むのは気が引ける。まあ、ひょっとしたら、またカリダスさんのへそくりが活躍するのかもしれないけど……。

「それじゃあね! 私が用意するよ!」

 不意に、リグレが得意げな表情で胸を張った。

「え? リグレ、が?」

「うん! フォルテちゃんには、虫さんよけのペンダントももらったし、お礼したいから!」

 リグレからのプレゼントか……、それだと多分、花とか、そのへんで見つけた綺麗な石とか、工作とかかな。それに、もしもどこかで買うという話でも、こづかいでどうにかなるくらいのものだろう。

「それなら、お言葉に甘えようかな」

「うん! まかせて! じゃあ、明日プレゼントするね!」

「それはありがとう」

「うん! どういたしまして!」

 リグレはそう言いながら、楽しそうに笑った。

「よし! じゃあ、フォルテ先生への追加報酬も決まったところで、お祝いを続けようじゃねぇか!」

「さあさ、どんどん食べて、どんどん飲んでおくれ!」

「あ、ありがとうございます」

 カリダスさんとエタレオさんが、笑顔で料理と酒を勧めてくれる。
 ……正直なところ、三ヶ月前まではやけになってこの仕事を引き受けた。でも、今は引き受けて良かったと、心から思う。

 最終日まで、こんな穏やかな日が続きますように……。






  ザザ、ザザ

 どこからか、波の音が聞こえる。

  ザザ、ザザ

「お父ちゃん、お母ちゃん、フォルテちゃん、まだ起きないよ」

 リグレの声も、聞こえてくる。

  ザザ、ザザ

「そうか。昨日あんだけ飲んだから、しかたねぇよなぁ」

「リグレ、今日はフォルテ先生をゆっくりさせておあげ」

  ザザ、ザザ

 カリダスさんとエタレオさんの声も、聞こえてきた。

  ザザ、ザザ

「うん! 分かった! じゃあ、フォルテちゃんのプレゼント用意しにいってくる!」

「リグレ一人でか?」

「大丈夫なのかい?」

 そうだ……、一人だとちょっと危ないよな……。

  ザザ、ザザ

「大丈夫だよ! 遠くじゃないし、何度も一人で行ったことあるところだから!」

「でもなぁ……、おっと! もう、こんな時間か!」

「じゃあ、仕事にいってくるけど……、リグレ、一人で出かけちゃダメだからね!」

「うー……、分かった……」

 よかった、納得してくれたみたいだ……。

  ザザ、ザザ

  ザザ、ザザ

「うーん、お父ちゃんとお母ちゃんはダメだって言ったけど……、プレゼントにはさぷらいずがあった方がいいよね……」

 いや、そんなのいらないから……。

  ザザ、ザザ

「よし! ちょっと行ってきちゃおう! フォルテちゃんが起きたら、きっと喜んでくれるよね!」

 リグレが、玄関に向かって走り出す……。

  ザザ、ザザ

「じゃあ、フォルテちゃん、いってきまーす!」

「リグレ、ちょっと待て! ……あれ?」

 跳び起きると、いつもの屋根裏部屋の風景が広がっていた。
 なんだ……、夢か……。昨日は久しぶりに酒を飲んだから、夢見が悪くなったのかな?
 ひとまず、下に降りて水をもらおう。

 さっきのが夢なら、まだカリダスさんとエタレオさんも家にいる――

「おはようございます……、え?」

 ――はずだった。

 それなのに、部屋の中には誰もいない。
 まさか、夢じゃ……なかった?
 なら、リグレはどこに……、あれ? テーブルに何か置いてある?

  フォルテちゃんへ
  ちょっとおでかけしてきます。
  すぐにもどるからまっててね!

 ……どうやら、本当に夢じゃなかったみたいだ。
 それなら、そんなに遠くじゃなくて、何度も行った場所だって話だったけど……、なんだか嫌な予感がする。
 早く、探しに行かなくちゃ。
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