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第二章
君の持つ力
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それから、交番に移動して、事情を詳しく説明したり、仕事中のカリダスさんとエタレオさんが呼び出されたりして、なんとか警官は納得してくれた。
交番を出ると、カリダスさんとエタレオさんは勢いよく頭を下げた。
「いやあ、フォルテ先生、すまねぇ!」
「本っ当にごめんなさい、フォルテ先生!」
「あ、いや……、子供のしたことですから」
僕だって初恋の相手は、たしか幼稚園の先生だったし……、よくある一過性の憧れみたいなもんなんだろう。まあ、正直なところ、もうちょっと発症する時と場所を選んでほしかったけど……。
「そうは言っても……、ほら、リグレもちゃんとあやまんなさい!」
「うー……、フォルテちゃん、ごめんなさい……」
エタレオさんにうながされて、リグレがしぶしぶと頭を下げる。
「まあ、とりあえず……、今後は気をつけてくれれば、それでいいから」
「うん! 分かった!」
……本当に分かってくれたのかは不安だけど、今はこの勢いのいい返事を信じようか。本当に分かってくれたのかは、まったくもって不安だけど……。
「ところで、フォルテ先生」
不意に、カリダスさんが声をかけてきた。
「お詫びと言っちゃなんだけどよ……、この辺に美味い定食屋があるから、昼飯ごちそうするぜ!」
「え? いや、昼食はパンを用意していただいてますし……」
この家はあんまり裕福じゃないはずだし……、三食用意してもらって給料も出てるのに、これ以上なにかごちそうになるのは気が引ける。
「遠慮するもんじゃないよ! お代は父ちゃんのへそくりから出せばいいんだからさ!」
へそくり……。
そういえば、初日にリグレがそんな話をしてたな……。
「うげっ!? 母ちゃん、それ知ってたのか!? 絶対、バレてないと思ったのに!」
「ふん! 父ちゃんの隠し事なんて、全部お見通しだよ!」
焦るカリダスさんに向かって、エタレオさんが腕を組みながら勝ち誇った表情を浮かべる。
「さ、フォルテ先生、リグレ、お店に行こうじゃないか!」
「わーい! お外でご飯だー!」
「あ、えーと、ごちそうになります……」
頭を下げると、カリダスさんは苦笑いしながら頭を掻いた。
「おう! まあ、へそくりはまた貯めればいいしな!」
「すみません」
「フォルテ先生が気にすることはねぇさ! それじゃ、行こうぜ!」
そんなこんなで、交番の前から定食屋に移動することになった。
定食屋に入ると、そこそこ混雑してたけど、なんとか四人がけのテーブル席を確保できた。周囲には、ダンジョン探索者のような客もチラホラと見える。ベルムさんが、この辺りのダンジョンはすべて攻略が終わってるって言ってたから、ここで昼食をとってからさらに移動するんだろう。
パーティーにいたころ、いつかは遠征もしてみたいなんて思ってたっけな……。
「フォルテ先生はなんにする!? オススメは日替わり定食だぜ!」
「……あ、はい。じゃあ、それで」
「ようし! じゃあ、日替わり定食四つー!」
カリダスさんが大声で叫ぶと、厨房から、はいよー、という声が返ってきた。
……今は食事を楽しむことにしよう。せっかく、ごちそうになったんだし。
「それでよ、フォルテ先生。魔術の授業の進み具合は、どんな感じだ?」
「この子にちゃんとした魔術は、ちょっと難しいかい?」
「あ、いえ、そんなことないですよ。練習も頑張ってますし、どんどん腕も上がってます」
返事をすると、カリダスさんとエタレオさんは不安そうな顔から、一気に嬉しそうな表情に変わった。
「本当か!?」
「本当かい!?」
「はい。えーと、あと、ダンジョンでの立ち回りを教えてもらえるあてもできたので……、小学校に入ったら、ダンジョン探索者養成コースに進めるかもしれません」
ダンジョン探索者養成コースはどこの小学校にも備わってるし、順調にいけば一年生の秋に行われる選抜試験に合格するのは難しくないだろう。
「そうか! そういつはよかったぜ」
「本当に、よかったよ」
カリダスさんもエタレオさんも、さらに笑みを深めた。まるで、自分のことみたいに喜んでるな……。
「ん? どうした、フォルテ先生。俺のヒゲに、なんかついてるか?」
「あ、いえそうじゃなくて……、娘さんのこと、大事になさってるんだなって思いまして……」
「そりゃあ、そうよ! 俺たちがこうやってまともに暮らしてるのは、リグレのおかげだからな! な、母ちゃん!」
「ええ、そうだとも!」
まともに暮らしていけるのは、リグレのおかげ?
そういえば、図書館でリグレが、方々のツケに家の物を売り払った、って言ってたけど……。
「えーとな、若いころ、俺はイカサマ師、母ちゃんはギャンブラーだったんだよ!」
「え!? そうだったんですか!?」
「そうなんだよ。あのころは、父ちゃんと二人でよく無茶なことしててねぇ……、でも、生まれてきたこの子の顔を見たらさ、もっと真っ当に生きなきゃって思ったんだよ」
「ああ、そうだ! まあ、若いころから、こんな明日もわかんねぇような生活をしてちゃダメだって、思ってはいたんだけどな」
「そう、なんですか……」
「そうそう。そんで、家のもん売っ払ってツケ払ったり、借金返したりして……、俺は革細工師、母ちゃんは産後のひだちが落ち着いたら、パン屋で働くことになったんだ」
「今のパン屋は、リグレをおんぶしながら働いても許してくれたから、すごく助かってねぇ」
「そうだったな。俺んとこの親方のかみさんも、よくリグレの世話を手伝ってくれたっけな」
カリダスさんとエタレオさんは、懐かしそうな表情を浮かべてうなずきあった。
子供ができたら人は変わるなんて話はよく聞くけど、こんなに急激に変われるものなんだ……。
「そうやって、俺たちが変われたのも、リグレの固有スキルのおかげだからな」
「リグレの、固有スキル?」
「ああ、『万象の端緒』っていってな、『なにかをしなきゃいけないけど、踏ん切りがつかない。変わりたいけど、変われない』って、悩んでるやつの背中を押してくれるスキルなんだ」
「へえ……」
そんな固有スキルがあったなんて、知らなかったな。
「そうそう。だから、もしもフォルテ先生になんか悩みがあるなら、きっとこの子のスキルが役に立つはずだぜ」
「そうだよ! ね、リグレ!」
「うん! よく分かんないけど、私フォルテちゃんのお手伝い、頑張るよ!」
三人はそう言いながら、ニッコリと笑った。
変わりたい、か。
……少なくとも、世話になってるこの三人を守れるくらいには、強くなりたいと思うかな。
交番を出ると、カリダスさんとエタレオさんは勢いよく頭を下げた。
「いやあ、フォルテ先生、すまねぇ!」
「本っ当にごめんなさい、フォルテ先生!」
「あ、いや……、子供のしたことですから」
僕だって初恋の相手は、たしか幼稚園の先生だったし……、よくある一過性の憧れみたいなもんなんだろう。まあ、正直なところ、もうちょっと発症する時と場所を選んでほしかったけど……。
「そうは言っても……、ほら、リグレもちゃんとあやまんなさい!」
「うー……、フォルテちゃん、ごめんなさい……」
エタレオさんにうながされて、リグレがしぶしぶと頭を下げる。
「まあ、とりあえず……、今後は気をつけてくれれば、それでいいから」
「うん! 分かった!」
……本当に分かってくれたのかは不安だけど、今はこの勢いのいい返事を信じようか。本当に分かってくれたのかは、まったくもって不安だけど……。
「ところで、フォルテ先生」
不意に、カリダスさんが声をかけてきた。
「お詫びと言っちゃなんだけどよ……、この辺に美味い定食屋があるから、昼飯ごちそうするぜ!」
「え? いや、昼食はパンを用意していただいてますし……」
この家はあんまり裕福じゃないはずだし……、三食用意してもらって給料も出てるのに、これ以上なにかごちそうになるのは気が引ける。
「遠慮するもんじゃないよ! お代は父ちゃんのへそくりから出せばいいんだからさ!」
へそくり……。
そういえば、初日にリグレがそんな話をしてたな……。
「うげっ!? 母ちゃん、それ知ってたのか!? 絶対、バレてないと思ったのに!」
「ふん! 父ちゃんの隠し事なんて、全部お見通しだよ!」
焦るカリダスさんに向かって、エタレオさんが腕を組みながら勝ち誇った表情を浮かべる。
「さ、フォルテ先生、リグレ、お店に行こうじゃないか!」
「わーい! お外でご飯だー!」
「あ、えーと、ごちそうになります……」
頭を下げると、カリダスさんは苦笑いしながら頭を掻いた。
「おう! まあ、へそくりはまた貯めればいいしな!」
「すみません」
「フォルテ先生が気にすることはねぇさ! それじゃ、行こうぜ!」
そんなこんなで、交番の前から定食屋に移動することになった。
定食屋に入ると、そこそこ混雑してたけど、なんとか四人がけのテーブル席を確保できた。周囲には、ダンジョン探索者のような客もチラホラと見える。ベルムさんが、この辺りのダンジョンはすべて攻略が終わってるって言ってたから、ここで昼食をとってからさらに移動するんだろう。
パーティーにいたころ、いつかは遠征もしてみたいなんて思ってたっけな……。
「フォルテ先生はなんにする!? オススメは日替わり定食だぜ!」
「……あ、はい。じゃあ、それで」
「ようし! じゃあ、日替わり定食四つー!」
カリダスさんが大声で叫ぶと、厨房から、はいよー、という声が返ってきた。
……今は食事を楽しむことにしよう。せっかく、ごちそうになったんだし。
「それでよ、フォルテ先生。魔術の授業の進み具合は、どんな感じだ?」
「この子にちゃんとした魔術は、ちょっと難しいかい?」
「あ、いえ、そんなことないですよ。練習も頑張ってますし、どんどん腕も上がってます」
返事をすると、カリダスさんとエタレオさんは不安そうな顔から、一気に嬉しそうな表情に変わった。
「本当か!?」
「本当かい!?」
「はい。えーと、あと、ダンジョンでの立ち回りを教えてもらえるあてもできたので……、小学校に入ったら、ダンジョン探索者養成コースに進めるかもしれません」
ダンジョン探索者養成コースはどこの小学校にも備わってるし、順調にいけば一年生の秋に行われる選抜試験に合格するのは難しくないだろう。
「そうか! そういつはよかったぜ」
「本当に、よかったよ」
カリダスさんもエタレオさんも、さらに笑みを深めた。まるで、自分のことみたいに喜んでるな……。
「ん? どうした、フォルテ先生。俺のヒゲに、なんかついてるか?」
「あ、いえそうじゃなくて……、娘さんのこと、大事になさってるんだなって思いまして……」
「そりゃあ、そうよ! 俺たちがこうやってまともに暮らしてるのは、リグレのおかげだからな! な、母ちゃん!」
「ええ、そうだとも!」
まともに暮らしていけるのは、リグレのおかげ?
そういえば、図書館でリグレが、方々のツケに家の物を売り払った、って言ってたけど……。
「えーとな、若いころ、俺はイカサマ師、母ちゃんはギャンブラーだったんだよ!」
「え!? そうだったんですか!?」
「そうなんだよ。あのころは、父ちゃんと二人でよく無茶なことしててねぇ……、でも、生まれてきたこの子の顔を見たらさ、もっと真っ当に生きなきゃって思ったんだよ」
「ああ、そうだ! まあ、若いころから、こんな明日もわかんねぇような生活をしてちゃダメだって、思ってはいたんだけどな」
「そう、なんですか……」
「そうそう。そんで、家のもん売っ払ってツケ払ったり、借金返したりして……、俺は革細工師、母ちゃんは産後のひだちが落ち着いたら、パン屋で働くことになったんだ」
「今のパン屋は、リグレをおんぶしながら働いても許してくれたから、すごく助かってねぇ」
「そうだったな。俺んとこの親方のかみさんも、よくリグレの世話を手伝ってくれたっけな」
カリダスさんとエタレオさんは、懐かしそうな表情を浮かべてうなずきあった。
子供ができたら人は変わるなんて話はよく聞くけど、こんなに急激に変われるものなんだ……。
「そうやって、俺たちが変われたのも、リグレの固有スキルのおかげだからな」
「リグレの、固有スキル?」
「ああ、『万象の端緒』っていってな、『なにかをしなきゃいけないけど、踏ん切りがつかない。変わりたいけど、変われない』って、悩んでるやつの背中を押してくれるスキルなんだ」
「へえ……」
そんな固有スキルがあったなんて、知らなかったな。
「そうそう。だから、もしもフォルテ先生になんか悩みがあるなら、きっとこの子のスキルが役に立つはずだぜ」
「そうだよ! ね、リグレ!」
「うん! よく分かんないけど、私フォルテちゃんのお手伝い、頑張るよ!」
三人はそう言いながら、ニッコリと笑った。
変わりたい、か。
……少なくとも、世話になってるこの三人を守れるくらいには、強くなりたいと思うかな。
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