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第二章

決着

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 広間の中央で、再びベルムさんが石像を引きつけ、ルクスさんが角のあった場所に向かって矢を放った。

 よし、僕もとどめの攻撃を始め――

「フォルテ君、ちょっといい?」

 ――ようとした途端に、マリアンさんに呼び止められた。

「あ、はい。なんでしょうか?」

「ひょっとしたら聞こえてたかもしれないけど……、もう回復術を使う魔力は残ってないの」

 そういえば……、そんな声が聞こえたような……。

「だからね。いくら痛みを感じないからって、攻撃にあたりながら詠唱なんてのは、絶対にダメよ」

「……はい。さすがにこの期に及んで、そんなことはしませんよ」

「……そう。ならよかったわ」

 マリアンさんは目を細めながら、穏やかに微笑んだ。

「それじゃ……、存分にぶちかましなさい!」

「はい! 西と東の狭間に生まれしものよ……」

 詠唱を始めると、石像がこっちに顔を向けた。

「グルルルルルル……」

 うなり声とともに、角の根元が赤く光り出す。

「あらゆるものを貫き、命を与えるものよ……」

「グルァッ!」

 叫び声とともに、石像が火球を降らせる。

「今ここに来たりて、我が望みを叶えたまえ……」

 それを避けながら、詠唱を続ける。


「ガァァァァッ!」

「この……、いい加減に……、止まれ!」

  ザクッ!

「ガッ!?」

 ベルムさんに片脚を切断された石像が倒れ、火球が止まる。 

「我が前にそびえるものを貫き……」

 そのすきに、詠唱を続ける。

「グルルルルル……」

「大人しくしてて」

  シュッ!
  トスッ!

「もう気が済むくらい、暴れ回ったでしょ!」

  ガンッ!

「ガァッ!?」

 再び魔術を使おうとした石像の鼻面に、ルクスさんが矢を撃ち込み、マリアンさんが杖をたたき込む。

「かの者の一切の搏動はくどうを止めたまえ……」

 ……よし、いける!

「……雷の聖槍!」
 
  ピシャッ!

「グァァァァァァァァァァァァァ……」

  パラパラパラパラパラ……

 稲妻に核を貫かれた石像が、砂になって崩れていく。
 これで……、ようやく終わった……。

「へえ……、雷属性の魔術を使いこなすなんて、やるじゃない」

「うん。かなり難しい魔術って聞くのに、すごいよ」

 マリアンさんとルクスさんが、そう言いながら微笑んだ。

「フォルテ!」

「は、はい!」

 急にかけられた声に顔を向けると、穏やかに微笑むベルムさんが目に入った。


「この戦いに勝てたのは、お前のおかげだ……、よくやったな」
 
「……はい! ありがとうございます!」
 
 ……パーティーに入ってからずっと、手柄を立ててこんな言葉を聞きたいと思ってた。
 
 でも、今は手柄を立てられたことよりも――

「さて、じゃあここを出ようか。リグレとヒューゴが外で待ってるから」

「はい!」

 ――リグレを無事に守り切れたことの方が嬉しい、かな。


 階段や広間を何回も通り抜けて、ダンジョンの入り口までたどり着いた。
 入り口から少し離れた場所には、泣きじゃくるリグレとオオカミに変身したヒューゴさんの姿があった。

「ぐすっ……、みんな、まだ、帰って……、こない……」

「大丈夫っすよ、リグレちゃん! みんな、すっごく強いんすから!」

 どうやら、オオカミの姿で、リグレをあやしてくれてたみたいだ。

「あ! ほら、ウワサをすれば、みんな帰ってきたっすよ!」

「え……!? フォルテちゃぁぁぁん!」

 リグレは猛スピードで、僕の膝にしがみついてきた。

「ただいま、リグレ」

「おかっえり……、ぐすっ……、生きててっ……、よかったぁぁぁぁ……」

「ははは、当たり前だろ。絶対に死なないって約束したんだから」

 実際はけっこう死にかけたけど……、黙ってよう。

「フォルテちゃん……、危ないことして……、ぐすっ……ごめんなさい……」

「ああ。今回は上手くいったからよかったけど、もう無茶なことしちゃだめだぞ」

「うん……」

「ダンジョンではちょっとしたことが、命に関わることだってあるんだから」

「分かった……、もう危ないこと……、しない……」

「そうそう。一流のダンジョン探索者になるなら、自分と仲間の命を最優先にしないとな」

 リグレは膝にしがみついたまま、うなずいた。
 これで、さすがに一人で危ないことはしないだろう……、あれ?
 この言葉って……。

「はははははは!」

 突然、ベルムさんが笑い出した。
 いや、まあ、笑いたくもなるんだろうけど……。

「そんなに笑わなくても、いいじゃないですか……」

「あはははは、すまない。ただ、お前の口から、その言葉が聞けるとは思わなかったから……」

 ベルムさんは目尻を拭くと、僕の肩を軽く叩いた。

「今の言葉、もう忘れるんじゃないぞ」

「……はい、肝に銘じます」

「そうだな。その言葉と、あの局面でも諦めなかった根性と、誰かのために必死になった経験を忘れなければ、どこにいったって通用するから」

 ベルムさんはそう言うと、穏やかに微笑んだ。
 ルクスさんと、マリアンさんと、ヒューゴさんも、穏やかな表情でうなずく。 

 どこに行っても通用する、か。
 三ヶ月前なら、こんな言葉は絶対かけてもらえなかったはずだ。 

 でも、ここまで来られたのはきっと……。

「さーて! じゃあ、店に戻って打ち上げパーティーよ! お客さんに出すはずだったケーキ、みんな出してやるんだから!」

「え、ケーキ!? やったぁぁぁぁ!」

「あ、こら、リグレ! 危ないことをしないって言ったそばから、一人で走り出すな!」

 僕の制止も聞かず、リグレは膝から離れて、相変わらずの猛スピードで走り去っていった。
 体力は限界だけど……、追いかけてやることにしよう。

 この猛スピードでよく走る愛弟子のおかげで、ここまで来られたんだから。
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