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第二章

恐怖に打ち勝つには

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 目の前に広がる「魔の森」の風景と、威嚇を繰り返すテラストリアルワイバーンの群れ。
 本当に、いったい何が起きたんだ?

「ギャァッギャァッ!」
「ギャッ!」
「ギャァァッ!」

  ザッザッザッ

 群れの中から、三頭がこっちに向かってきた。ひとまず、状況確認はあとだ。今はここを切り抜けないと。

「東をつかさどるものよ……」

「フォルテ……」

「……え? ……わっ!?」

 なんで、テラストリアルワイバーンの首に、マルスの顔がついてるんだ?

「お前のせいで……、俺たちはおしまいだ……」

 マルスの生気のない顔が、恨み言を吐き出した。
 他の二頭も、いつの間にかヘレナとアメリアの顔に変わってる……。

「アンタみたいな無能を拾ってやったのに……、恩を仇で返して……」

「あのまま死んでくださっていれば、私たちはこんな目に遭わずに済みましたのに……」

 まさかアイツら……、あの一件で死刑になったのか?
 でも、それならそもそも……

「……お前らが詐欺なんかするから、いけないんだろ」

「は? 黙れよ」

 マルスの顔がついたテラストリアルワイバーンが跳びはねた。

「大体お前、学校のころからウザかったんだよ。陰気なくせに、変に俺らを見下してきて」

「そうそう、大した実力もないくせに、孤高の天才ぶってさ。ただ、周りに相手にされないだけなのに」

「失敗の原因を他人になすりつけるだけの方に、仲間や友人なんてできるはずありませんのにね」

 ……うるさい。

「せっかく、そのご自慢の固有スキルで活躍したまま、死ねる機会をやったのに」

「本っ当。空気読んで、ちゃんと死んで欲しかったよね」

「そうですよ。痛みも感じず、自分が有能だと勘違いしたまま死ねたのに」

 ……うるさい。

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」

 うるさい……。
 僕はこんなところで……、死ぬわけにはいかないんだ。
 だって、そんなことになったら、リグレが……。

「だめじゃない、けんかなんてしてたら」

「え……? ……うわぁっ!?」
 
 いつの間にか目の前に、ひときわ大きな人面のテラストリアルワイバーンが立っていた。
 しかも、この顔は……。

「王女、さま……?」

「あら、どうしたの? そんなおびえたかおして」

「なんで、貴女がここに……」

「あそびあいてをさがしてたの」

「遊び、相手……」

 ということは、また、酷い目に……。

「よかったわ、あなたがいてくれて。かんぜんかいふくやくはないけど、あそびましょ」

「む、無理です!」

「あら、なんで?」

「今、死ぬような目に遭うわけにはいかないんですよ!」

「えぇ? どうして?」

 王女様の顔がついたテラストリアルワイバーンが首をかしげる。
 
「あなたって、しんでもかまわないこなんでしょ?」

「そんな、こと……」

「だって、あなたのなかまはみんな、しね、っていってるわよ」

「え、仲間?」

「ほら、うしろにいるこたち」

「後ろ……?」

 振り向いた先にいたのは、マルスたちの顔がついたテラストリアルワイバーンたちだった。

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 
 
「……あんなヤツら、仲間じゃありません」

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 

「そうなの? なら、ほかになかまがいるの?」

「それは……」

 ……さっきまでは、たしかにベルムさんたちと一緒だったんだ。

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 

「なかまがいるなら、なんでだれもたすけにこないの?」

「それは……」

 ……でも、今は姿が見えないどころか、声も聞こえない。

「なんでひとりぼっちでいるの?」

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 

「あなたなんていらないから、たすけにこないんじゃないの?」

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 

「そんなこと……」

 ……ない、なんて言えない。
 
 だって僕は――

 手柄を立てようと焦って、同行者たちを危険な目に遭わせた。
 相手が間違ってると決めつけて、注意を聞かなかった。
 認められてる人は、ひいきされてるからだと決めつけた。
 警告を無視して、自分から危ない道に向かった。
 助けてもらったのに、お礼の一つも言わなかった。
 事情も知らずに、一方的に無責任だと責めたてた。

 ――そんなことをしてきたんだから。 

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 
 
「やっぱりあなた、しんだほうがいいんじゃない? だって……」

 王女様の顔がだんだんと歪む。

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 

「だって……」

 声もだんだんと雑音まじりになる。

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」

「……」

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 

 騒ぎ立てるマルスたちの声の中、ベルムさんが無言で僕を見下ろす。

 ああ、「お前は必要ないから」って言われるんだ。
 ……仕方ないか。
 あれだけ迷惑かけたんだから。
 
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」

  キィィィィィィィィィ……

「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」
「死ね死ね死ね死ね……」 
  
 声に混じって、甲高い音が聞こえてくる。
 きっと、あの光線の音だ。
 あれにあたれば、すぐに楽になるかな……?
 ずっと憧れた人から、死ねなんて言われる前に……。


 なら、はやくあたりにいかなきゃ――


  そんなことないもん!
  フォルテちゃんがいなくなったら
  私いやだもん!


 ――そうだ。

 今は、後悔なんかしてる場合じゃないんだ。


「マリアン! フォルテが元に戻るのに、あとどれくらいかかる!?」

「もう少しのはずだけど……、呪いがかなり複雑なのよ……」

「二人とも! 残りの角も壊れたよ!」

「よくやった、ルクス!」


 ……どこかから、ベルムさんと、マリアンさんと、ルクスさんの声がする。


「マリアン、どうだ!?」

「せかさないで!! ああ、もうアイツめ! ややこしい呪いを使ってくれちゃって!」

「二人とも! 落ち着いて!」


 ……いったい、どこから聞こえるんだろう。


「ややこしい呪い!?」

「そうよ! 人の恐怖心だとか罪悪感だとかに付け込んで悪夢を見せて、自分から死を選ばせる呪いよ!」 

「まるで暗示だな。なら……、ルクス! しばらくの間、攻撃を避けながらアイツを引きつけてくれ!」

「分かった! でも、光線の照準はフォルテから外せそうにないよ!」

「大丈夫だ! 物理攻撃だけでも引きつけてくれ!」

「了解!」


 ……なんだか、緊迫した状況になってるみたいだ。


「よし……、マリアン! 今そっちに行くから、いったん解除を止めてくれ!」

「私の話聞いてたの!? そんなことしたら、自分から攻撃を受けにいくわよ!」

「イチかバチか、試したいことがあるんだ。だから、呪いの解除じゃなくて、保護魔法を頼む」

「あの光線を受け止めるような保護魔法なんて使ったら……、その後は回復も、呪いの解除も、保護魔法も使えないくらいの魔力しか残らないわよ?」

「かまわない」

「……そう。まあ、このままフォルテ君が元に戻らなきゃ、おしまいなわけだし……、任せたわよ」

「ああ、分かった」

「マリアン、ベルム! 光線が来るよ!」

「分かったわ! 光よ、我らを全ての害悪から護りたまえ!」


 ……はやく、三人のところに戻らないと。


「フォルテ! 今から俺の言葉を復唱しろ!」

 ……ベルムさんの言葉を復唱?


「『僕は絶対にリグレを守ります』、繰り返せ!」


 ……そうだ。
 リグレを守るためには、こんなとこで、死ぬわけにはいかないんだ!


「僕は絶対に……、リグレを守ります!」


 叫んだと同時に、辺り一面を真っ白な光が包んだ。

 そして――

「……フォルテ、気がついたか?」

「ああ、そうか……。『絶対説得』って、そういう使い方もできるんだ……」

 ――苦笑を浮かべたベルムさんと、脱力したマリアンさんの顔が目に入った。

 あたりの景色も、ダンジョンに戻ってる。さっきまでのは、幻だったのか。

「フォルテ?」

「あ、失礼しました! もう、大丈夫です!」

「よし! なら、もう魔術は撃てるな!」

「はい!」

「じゃあ、俺はまたアイツを引きつけるから……、ぬかるなよ!」

 ベルムさんが、ルクスさんを追い回しながら腕を振り回す石像に向かって走りだす。
 角はいつの間にか両方折れてることだし……、嫌なものを見せてくれたお礼をしっかりしてやらないとな。
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