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マニアックなほうのビデオデッキを探して歩いた県道沿いの原っぱ
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祖母と朝寝坊をしたいという理由で睡眠の妨げになる近所の鳥たちを威嚇しまくり、なにやら偉い人たちに厳重注意を食らったことがあるという祖父が晩年を過ごしていた、このD県Y郡七篠町。
その町外れにある洋館で孫の私も雑貨屋を営んでいるわけだけれど。
「そんなわけで、昔の人はこの街道を通ってお山のこっち側から向こう側までお塩を運んだのでした」
今日は朝早くから商店街の一角にある古民家を改装した郷土資料館にやってきて、蕎麦茶を飲みながら町の歴史を紹介するビデオを見ている。世の中はいわゆる平日のため他に客の姿は見当たらない。
こうやってマイナーな博物館で優雅なひとときを過ごすのも定休日を平日に設定できる自営業の特権――
「そぉぉぉぉれぇぇぇくぁぁぁぁぁるぅぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うわぁ!?」
――などと優越感に浸っていたバチが当たったのだろう。
いきなり画面の映像と音声が歪み停止してしまった。しかも、どこかから何かが軋むような音まで聞こえてくる。いつぞや見たホラー映画にこんなシーンがあったような気がする。
「おや? またですか」
やたらと早くなった鼓動の音に紛れてペタペタという足音が近づいてくる。
振り向くと、どう見てもふいごにしか見えない顔の老人、この資料館の館長さんが蛇腹状の顎を掻いていた。
「すみませんねぇ、お店屋さん。ここのところ、どうもビデオの調子が悪くて」
「あ、いえ。お気になさらずに」
「それは、どうもです。さてさて」
館長さんがとても緩やかな動きでブラウン管テレビが置かれた台の扉を開ける。中に入っているデッキはかなりの年代ものに見えた。しかも、なにやらシンプルな社名ロゴがついている。
「あれま、やっぱり絡まってる。テープは状態がいいのに変えたばかりだしデッキのほうの寿命かなぁ……」
深い皺が刻まれた手が取りだしたのは、磁気テープが方々好き勝手に伸びている文庫本程度の大きさのカセット。
これはまさしく。
「……録画可能時間の表記が分かりにくくて、画質と音質がちょっといいほうのビデオ?」
「おや、お店屋さんはこの子をご存知なのですか?」
にわかに円らな目が輝いた。
「ええと、はい。一応うち骨董商の許可も出てるんで、店に仕入れてみようか悩んでいた時期がありまして」
「時期があった、ということは結局のところ仕入れなかったのですね?」
「はい……」
そう。
生産が終了して随分経っているうえに、絶賛生産中の時代でもそんなに市場に出回らなかったせいで中古品ですら軒並み四桁越えばかりだったため、結局仕入れるのは諦めていた。どう考えても不良在庫が増えるだけだろうし。
それが、こんな機会に巡り会ってしまうとは。
「そうですか。仕入れなかったのですか」
「なんか、すみません」
「いえいえ、お気にならさずに。でも、どうしようかなぁ」
顔全体が平べったくなると同時に、窄まった長い口から深いため息がこぼれる。これを気にするなというほうが無理があるだろう。
「えーと、なにかご事情があるのですか?」
「はい。実は明日ね、小学校の課外授業で子供達が見学に来るんですよ。まあビデオが見られなくても、他に子供達が喜びそうなものは居るのですがね。中庭のアリゲーターガーとか」
「また随分と郷土の生態系を脅かしそうなもん飼ってますね」
「あはは大丈夫ですよ、逃がしたりなんてしませんから。でも本当にどうしましょう。アリゲーターガーを見てもこの町の歴史の勉強にはなりませんし」
「まあ、めっちゃ外来種ですからねアイツ」
などと相槌を打ってみたものの、どうするかな。この辺は古くからの街道が通っているくせに、各種通信販売の翌日お届けサービスの対象外だし。
「ああ、どうしよう。どうしよう」
館長さんは棒読みで困りながらあからさまにこっちをちらちら見てくるし。半田付けくらいなら一応できるけれど、素人が弄ったら余計に壊れるかもしれないか。
「それならつい先日、県道三号沿線の原っぱに新品とおぼしき箱が捨てられているのを見かけた気がします」
「本当? でも、仮に有ったとしてもちゃんと動くかな」
「まあ、その辺りは賭けになるでしょうけれど、試さないよりはマシかと思いますよ」
「まあ確かに……って、金魚屋、いつからそこに居た?」
いつの間にか背後に段ボール箱を抱えた金魚屋が立っていた。側面に「鱗骨類之餌」と書かれているから納品にでも来たのだろう。
あまりにも自然に話しかけてくるから会話を続けてしまったけれど、なんでこんな完璧に気配を消せるんだろうコイツは。
「えーと、おみせやさんが録画可能時間の表記が分かりにくくて、画質と音質がちょっといいほうのビデオのデッキを仕入れようか悩んでいたとおっしゃっていたときくらいですね」
「その辺から居たならもっと早く声を掛ければよかっただろ」
「ふふふ。僕は急に声を掛けて相手の反応を見るのが趣味みたいなところがありますから」
「いい趣味してるな」
「それほどではありませんよ。そんなことより、仕事も一段落いたしましたしデッキ探しご一緒いたしましょうか?」
「そう言ってもらえるのは助かるけれど、店のほうは大丈夫なの?」
餌の納品に来ているのだから定休日というわけではないのだろう。そんなに客が多いようにも見えないけれど、急に休みにするというのは問題があるんじゃなかろうか。
「ええ、何も問題はないですよ。だいたい平日の日が高いうちから路地裏に金魚を買いにくるようなやつなんてろくなものではないですから、放っておけばいいんです」
「お前、自分の顧客全否定するなよ。それに、その理屈だと私もろくでもないやつになるじゃないか」
まあ、たしかに。皆が必死に働いているなか休みたいから平日を定休日にしているふしもあるけれども。
「おみせやさんはいいのですよ。ちゃんと地域の歴史について学びにきているんですから。貴女のそういう勉強熱心なところ尊敬いたしますよ」
ブリキの金魚の奥からいつになくキラキラした視線を感じる。
「いや、まあ、なんというか、どうも」
ろくでもない本音は絶対に黙っておこう。
「ではでは、お二人にお願いいたしましょう。お代は弾みますので」
館長さんはにこやかな表情で平べったくなっていた顔を通常の幅に戻していった。
ひとまず別にすることもないし、お代もいただけるのであれば頑張るとしますかね。
そんなこんなで、金魚屋の軽トラに乗せてもらい新品とおぼしき箱をみかけたという場所までやってきた。
片側一車線の道路を挟んでそこそこの広さの草原……というより雑草が生い茂る空き地が広がっている。
「お話によると、町境までは館長さんの私有地だそうなので自由に捜索していいそうです」
「町境っていうのは、あのいきなり杉林が始まってるあたりだっけ?」
「その通りです。では、僕は反対車線側を見てきます」
「おう、お願い。じゃあ、私も行ってくる」
「葉っぱでで手とかを切らないように気をつけてくださいね」
「へーい。金魚屋も気をつけてな」
「ふふ、ありがとうございます」
紺色の着流し姿が道路を横断し反対側の空き地へ進んでいく。こちらも膝丈ぐらいの草が生い茂る空き地に足を踏み入れると青い臭いが立ちこめ、なにやらカサコソと音が鳴った。まあ、間違いなく某かの節足動物だろうけれども、結構な額の謝礼を提示していただいたから聞こえなかったことにしよう。
「えーと、新品の箱、新品の箱」
注意して歩いてみると、雑草に紛れて色々なものが落ちているのが見える。
なにやら紙のようなもの。
なにやらプラスティックのようなもの。
なにやらガラスのようなもの。
きっと、少し前まではどこかのなにかだったのだろう。それでも、それが何だったのか、今の姿からは想像もできない。この辺りにはなさそうだからもう少し進んでみよう。
なにやらカラカラしたもの。
なにやらベチャッとしたもの。
なにやら白いもの。
なにやら黒いもの。
きっとこれも、某かだったには違いないのだろう。今は見る影もないけれども。
どうやらこの辺りでももないらしい。早く、先に進まないと。
なにやらしきりに音を立てているもの。
なにやら黙り込んでいるもの。
さっきから別に欲しくもない物ばかり目に入る。いや別に、いま探しているものが欲しいものというわけではないのだけれど。
そういえば、直近で欲しいと思ったものはなにかあっただろうか?
何かすごく楽しみにしていたものはあった気がするけどなんだったかな……。
歩き回っているうちにいつの間にか杉林のすぐ傍までたどり着いていた。あと一歩足を進めればもう隣町。
――子供が生まれるからもうすぐがっこーやめて町から出ていっちゃうんだ。
どこかで聞いた誰かの声がする。
そういうことだってあるだろう。この町以外にも町なんていくらでもあるのだし。
現に私だってもともと……?
もともと、私が暮らしていたところは。
「──さん」
不意に手首に強い圧迫感を覚えた。いつの間にか金魚屋に手首を掴まれている。
えーと、さっきまではたしかビデオデッキを探していて。
「そちらは隣町ですよね」
手首の圧迫が更に強まった。
声色はいつもと変わらない。それなのに、ブリキの面の向こうからいつになく鋭い視線を感じる。
「あ、ああ。そう、だね」
「なにか向こうに御用事でも?」
なんか、これ、絶対に怒ってるよね?
「どうしても向こうに行かれるのであれば、ご一緒いたしますけれど?」
「いや、別にそういうわけじゃ……、デッキ探してていつの間にかここまで来ちゃっただけだから」
「ああ、それでしたらよかったです」
掴まれていた手が一気に放された。視線もなにやら柔らかくなった気がする。取りあえず怒られなくて済みそう、かな。
「では、もう帰ることにしましょう。デッキは見つかりましたので」
「ああ、そうなの? ありがとうね。なら、お礼は金魚屋が総取りってことで」
「いえいえ、貴女だって探してくださったのですから、当初の予定どおり山分けにいたしましょう」
「でも、何だか悪いような」
「いいのですよ、もらえる物はもらっておけば」
「そうかもしれないけれど」
それでも、罪悪感のようなものが拭えない。
金魚屋くらい割り切って考えられたら色々と生きやすかったのかもしれないな。
「そんなことよりも、荷物が増えてしまったので荷台で見張りをしていただけますか?」
「え、マジで!? 荷台乗っていいの!?」
「ふふ、構いませんよ。ただし、落ちないように気をつけてくださいね」
紺色の着流しを着た後ろ姿が軽トラックに向かっていく。
なにやら腑に落ちない気もするけれども、目的の物は見つかったのだからなにも問題はないはず。
あまり深く考えずに険しい山脈に沈んでいく夕陽でも眺めながら、荷台の乗り心地を楽しむことにしよう。
その町外れにある洋館で孫の私も雑貨屋を営んでいるわけだけれど。
「そんなわけで、昔の人はこの街道を通ってお山のこっち側から向こう側までお塩を運んだのでした」
今日は朝早くから商店街の一角にある古民家を改装した郷土資料館にやってきて、蕎麦茶を飲みながら町の歴史を紹介するビデオを見ている。世の中はいわゆる平日のため他に客の姿は見当たらない。
こうやってマイナーな博物館で優雅なひとときを過ごすのも定休日を平日に設定できる自営業の特権――
「そぉぉぉぉれぇぇぇくぁぁぁぁぁるぅぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うわぁ!?」
――などと優越感に浸っていたバチが当たったのだろう。
いきなり画面の映像と音声が歪み停止してしまった。しかも、どこかから何かが軋むような音まで聞こえてくる。いつぞや見たホラー映画にこんなシーンがあったような気がする。
「おや? またですか」
やたらと早くなった鼓動の音に紛れてペタペタという足音が近づいてくる。
振り向くと、どう見てもふいごにしか見えない顔の老人、この資料館の館長さんが蛇腹状の顎を掻いていた。
「すみませんねぇ、お店屋さん。ここのところ、どうもビデオの調子が悪くて」
「あ、いえ。お気になさらずに」
「それは、どうもです。さてさて」
館長さんがとても緩やかな動きでブラウン管テレビが置かれた台の扉を開ける。中に入っているデッキはかなりの年代ものに見えた。しかも、なにやらシンプルな社名ロゴがついている。
「あれま、やっぱり絡まってる。テープは状態がいいのに変えたばかりだしデッキのほうの寿命かなぁ……」
深い皺が刻まれた手が取りだしたのは、磁気テープが方々好き勝手に伸びている文庫本程度の大きさのカセット。
これはまさしく。
「……録画可能時間の表記が分かりにくくて、画質と音質がちょっといいほうのビデオ?」
「おや、お店屋さんはこの子をご存知なのですか?」
にわかに円らな目が輝いた。
「ええと、はい。一応うち骨董商の許可も出てるんで、店に仕入れてみようか悩んでいた時期がありまして」
「時期があった、ということは結局のところ仕入れなかったのですね?」
「はい……」
そう。
生産が終了して随分経っているうえに、絶賛生産中の時代でもそんなに市場に出回らなかったせいで中古品ですら軒並み四桁越えばかりだったため、結局仕入れるのは諦めていた。どう考えても不良在庫が増えるだけだろうし。
それが、こんな機会に巡り会ってしまうとは。
「そうですか。仕入れなかったのですか」
「なんか、すみません」
「いえいえ、お気にならさずに。でも、どうしようかなぁ」
顔全体が平べったくなると同時に、窄まった長い口から深いため息がこぼれる。これを気にするなというほうが無理があるだろう。
「えーと、なにかご事情があるのですか?」
「はい。実は明日ね、小学校の課外授業で子供達が見学に来るんですよ。まあビデオが見られなくても、他に子供達が喜びそうなものは居るのですがね。中庭のアリゲーターガーとか」
「また随分と郷土の生態系を脅かしそうなもん飼ってますね」
「あはは大丈夫ですよ、逃がしたりなんてしませんから。でも本当にどうしましょう。アリゲーターガーを見てもこの町の歴史の勉強にはなりませんし」
「まあ、めっちゃ外来種ですからねアイツ」
などと相槌を打ってみたものの、どうするかな。この辺は古くからの街道が通っているくせに、各種通信販売の翌日お届けサービスの対象外だし。
「ああ、どうしよう。どうしよう」
館長さんは棒読みで困りながらあからさまにこっちをちらちら見てくるし。半田付けくらいなら一応できるけれど、素人が弄ったら余計に壊れるかもしれないか。
「それならつい先日、県道三号沿線の原っぱに新品とおぼしき箱が捨てられているのを見かけた気がします」
「本当? でも、仮に有ったとしてもちゃんと動くかな」
「まあ、その辺りは賭けになるでしょうけれど、試さないよりはマシかと思いますよ」
「まあ確かに……って、金魚屋、いつからそこに居た?」
いつの間にか背後に段ボール箱を抱えた金魚屋が立っていた。側面に「鱗骨類之餌」と書かれているから納品にでも来たのだろう。
あまりにも自然に話しかけてくるから会話を続けてしまったけれど、なんでこんな完璧に気配を消せるんだろうコイツは。
「えーと、おみせやさんが録画可能時間の表記が分かりにくくて、画質と音質がちょっといいほうのビデオのデッキを仕入れようか悩んでいたとおっしゃっていたときくらいですね」
「その辺から居たならもっと早く声を掛ければよかっただろ」
「ふふふ。僕は急に声を掛けて相手の反応を見るのが趣味みたいなところがありますから」
「いい趣味してるな」
「それほどではありませんよ。そんなことより、仕事も一段落いたしましたしデッキ探しご一緒いたしましょうか?」
「そう言ってもらえるのは助かるけれど、店のほうは大丈夫なの?」
餌の納品に来ているのだから定休日というわけではないのだろう。そんなに客が多いようにも見えないけれど、急に休みにするというのは問題があるんじゃなかろうか。
「ええ、何も問題はないですよ。だいたい平日の日が高いうちから路地裏に金魚を買いにくるようなやつなんてろくなものではないですから、放っておけばいいんです」
「お前、自分の顧客全否定するなよ。それに、その理屈だと私もろくでもないやつになるじゃないか」
まあ、たしかに。皆が必死に働いているなか休みたいから平日を定休日にしているふしもあるけれども。
「おみせやさんはいいのですよ。ちゃんと地域の歴史について学びにきているんですから。貴女のそういう勉強熱心なところ尊敬いたしますよ」
ブリキの金魚の奥からいつになくキラキラした視線を感じる。
「いや、まあ、なんというか、どうも」
ろくでもない本音は絶対に黙っておこう。
「ではでは、お二人にお願いいたしましょう。お代は弾みますので」
館長さんはにこやかな表情で平べったくなっていた顔を通常の幅に戻していった。
ひとまず別にすることもないし、お代もいただけるのであれば頑張るとしますかね。
そんなこんなで、金魚屋の軽トラに乗せてもらい新品とおぼしき箱をみかけたという場所までやってきた。
片側一車線の道路を挟んでそこそこの広さの草原……というより雑草が生い茂る空き地が広がっている。
「お話によると、町境までは館長さんの私有地だそうなので自由に捜索していいそうです」
「町境っていうのは、あのいきなり杉林が始まってるあたりだっけ?」
「その通りです。では、僕は反対車線側を見てきます」
「おう、お願い。じゃあ、私も行ってくる」
「葉っぱでで手とかを切らないように気をつけてくださいね」
「へーい。金魚屋も気をつけてな」
「ふふ、ありがとうございます」
紺色の着流し姿が道路を横断し反対側の空き地へ進んでいく。こちらも膝丈ぐらいの草が生い茂る空き地に足を踏み入れると青い臭いが立ちこめ、なにやらカサコソと音が鳴った。まあ、間違いなく某かの節足動物だろうけれども、結構な額の謝礼を提示していただいたから聞こえなかったことにしよう。
「えーと、新品の箱、新品の箱」
注意して歩いてみると、雑草に紛れて色々なものが落ちているのが見える。
なにやら紙のようなもの。
なにやらプラスティックのようなもの。
なにやらガラスのようなもの。
きっと、少し前まではどこかのなにかだったのだろう。それでも、それが何だったのか、今の姿からは想像もできない。この辺りにはなさそうだからもう少し進んでみよう。
なにやらカラカラしたもの。
なにやらベチャッとしたもの。
なにやら白いもの。
なにやら黒いもの。
きっとこれも、某かだったには違いないのだろう。今は見る影もないけれども。
どうやらこの辺りでももないらしい。早く、先に進まないと。
なにやらしきりに音を立てているもの。
なにやら黙り込んでいるもの。
さっきから別に欲しくもない物ばかり目に入る。いや別に、いま探しているものが欲しいものというわけではないのだけれど。
そういえば、直近で欲しいと思ったものはなにかあっただろうか?
何かすごく楽しみにしていたものはあった気がするけどなんだったかな……。
歩き回っているうちにいつの間にか杉林のすぐ傍までたどり着いていた。あと一歩足を進めればもう隣町。
――子供が生まれるからもうすぐがっこーやめて町から出ていっちゃうんだ。
どこかで聞いた誰かの声がする。
そういうことだってあるだろう。この町以外にも町なんていくらでもあるのだし。
現に私だってもともと……?
もともと、私が暮らしていたところは。
「──さん」
不意に手首に強い圧迫感を覚えた。いつの間にか金魚屋に手首を掴まれている。
えーと、さっきまではたしかビデオデッキを探していて。
「そちらは隣町ですよね」
手首の圧迫が更に強まった。
声色はいつもと変わらない。それなのに、ブリキの面の向こうからいつになく鋭い視線を感じる。
「あ、ああ。そう、だね」
「なにか向こうに御用事でも?」
なんか、これ、絶対に怒ってるよね?
「どうしても向こうに行かれるのであれば、ご一緒いたしますけれど?」
「いや、別にそういうわけじゃ……、デッキ探してていつの間にかここまで来ちゃっただけだから」
「ああ、それでしたらよかったです」
掴まれていた手が一気に放された。視線もなにやら柔らかくなった気がする。取りあえず怒られなくて済みそう、かな。
「では、もう帰ることにしましょう。デッキは見つかりましたので」
「ああ、そうなの? ありがとうね。なら、お礼は金魚屋が総取りってことで」
「いえいえ、貴女だって探してくださったのですから、当初の予定どおり山分けにいたしましょう」
「でも、何だか悪いような」
「いいのですよ、もらえる物はもらっておけば」
「そうかもしれないけれど」
それでも、罪悪感のようなものが拭えない。
金魚屋くらい割り切って考えられたら色々と生きやすかったのかもしれないな。
「そんなことよりも、荷物が増えてしまったので荷台で見張りをしていただけますか?」
「え、マジで!? 荷台乗っていいの!?」
「ふふ、構いませんよ。ただし、落ちないように気をつけてくださいね」
紺色の着流しを着た後ろ姿が軽トラックに向かっていく。
なにやら腑に落ちない気もするけれども、目的の物は見つかったのだからなにも問題はないはず。
あまり深く考えずに険しい山脈に沈んでいく夕陽でも眺めながら、荷台の乗り心地を楽しむことにしよう。
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