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第一章 人柱の少女

灯りの中に映るもの

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 結局、朝ご飯は玉葉様の膝の上で食べることになった。美味しいお粥を食べさせてもらったのは、とてもありがたかったんだけど……。

「あの、玉葉様……、そろそろ降ろしていただけませんか?」

「えー、ダメだよ。今日は一日中こうしてるんだから」

 宣言通り、食事が終わっても膝から降ろしてもらえてない。
 さすがに、一日中このままっていうわけには、いかないよね……。

「えーと……、ずっとこのままだと、足が痺れてしまうんじゃないですか?」

「平気、平気。こう見えても、身体は頑丈な方だから」

「そう、ですか。でも、このままだと、洗い物ができなく……」

「それも大丈夫だよ。ほら」

  パチパチ

 玉葉様が軽く手を叩くと、食器がフワリと浮かび上がった。

「ほら、お前たち。自分達で水浴びをしてきなさい」

 食器たちは宙でクルリと円を描いて、フワフワと台所に向かっていく。

「さて、これでよし」

「あの……、今のはいったい?」

「ふふ、あの子たちも、食器から転じたあやかしだからね。ある程度のことはできるんだよ」

「そう、なんですか」

「うん。でも、自分達で水浴びするよりも、人に洗ってもらった方が機嫌がよくなるから……、明日からは洗い物をお願いしようかな」

「あの、それなら今からでも……」

「今日はダメ。また何かの拍子に、屋根まで飛び上がられたら、心臓に悪いからね」

「うぅ……」

 たしかに、何度も驚かせてしまうわけにはいかないけど……。

  パタパタパタ

 突然、廊下から足音が聞こえてきた。
 誰か来たのかな?

「おはようございます、玉葉様」

 開いた障子から、行李と紙束を抱えた文車さんが姿を見せた。

「確認してもらいたい証文とか、明の着物を持って……」

 文車さんの言葉がとまり、表情が一気に訝しげになっていく。

 うん。
 そんな反応にも、なるよね……。

「おはよう、文車」

「おはよう、じゃないですよ。いったい、何してるんですか?」

「うん。明が目を離した隙に危ない目にあってたからね、今日は一日中抱えてることにしたんだ」

「は?」

「だから、今日は文字通り手が離せなくてね。諸々の仕事は出来そうないから、変わりにやっておいてよ」

 なんだか、無茶苦茶なことを言っているような……。
 これだと、化け襷さんと暴れ箒さんが言ったとおり、ひどく叱られてしまうかも。

「……ははっ」
 
 あれ? 笑ってる?

 なら、叱られない……


「何ふざけたこと抜かしてるんだ! この、じじぃ!」

 
 ……なんてことは、なかった。

 あまりの大声に、部屋中が震える。
 私も、ちょっと頭がふらふらしてきたかも……。

「もう……、文車ってば、そんなに怒らなくてもいいじゃないか……」

「うるさい! ただでさえ仕事が溜まってるっていうのに、これ以上怠けようとしないでください!」

「なら、長の地位は文車に譲るから、隠居していい?」

「馬鹿なこと言わないでください! この辺のあやかしを率いる力があるのは、貴方くらいしかいないでしょ!?」

「文車でも、そこそこ大丈夫だと思うけどなぁ……」

「あやかしの集団まとめるには、そこそこ大丈夫、くらいじゃダメなんですよ!」

 文車さんが怒りながらも、だんだんと疲れた顔になっていく。
 私がどうこう言っていい話じゃ、ないのかもしれないけど……。

「あの、玉葉様……」

「うん? どうしたの? 明」

「文車さんも困ってますし、お掃除の続きもしたいですから、やっぱり降ろしていただけませんか……?」

「ほら! 明もこう言ってるじゃないですか!」

「うーん……、まあ、文車にこれ以上怒鳴られたら、明の耳によくないかもしれないし……、降ろしてあげようか。すごく名残惜しいけど」

 肩に添えられていた手が頭を撫でたあと、ゆっくりと離れていった。
 これで、ようやく降りられる。

「ありがとう、ございます」

「いえいえ。あ、そうだ文車、頼んでた物持ってきてくれた? 明に見せてあげたいんだけど」

 私に、見せたいもの?

「もちろんですよ。えーと……あった、はい」

 文車さんが荷物を置いて、袂から平たい蝋燭を取り出す。なにか、珍しいものなのかな?

「うん、ありがとう。じゃあ、ちょっと待っててね」
 
 玉葉様は蝋燭を受け取ると、部屋の隅から行燈を持ってきた。

「始めるよ」

 細い指先から火花がとび、蝋燭に灯りがともる。

 人と変わらないように見えるけど、やっぱりあやかしなんだなぁ……。

「ほら、明。見てごらん」

「あ、はい……、え?」

 いつのまにか、行燈の上に村の道が浮かび上がってる。

「あ、あの? これは?」

「ふふ。見ていればわかるよ」

「は、い……?」

 景色がどんどん流れて、村外れの小さな建物が現れる。
 ここは、疫病の人を集めた……。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 入口の前で頭を下げるお父……、旦那様が映し出された。その先にいるのは、黒い仮面をつけた、黒い着物の人。

「感謝なら私らの長と、お前の娘にするんだな」

 この声は、文車さんだ……。

「ははぁ! 承知いたしました!」

「分かったなら、いつまでも這いつくばってないで、さっさと病人に薬を飲ませにいけ」

「仰せのままに!」

 旦那様が建物に駆け込むと、今度は包帯を巻いた人たちが横になってるところが現れる。

「さぁ、これを飲んで、ゆっくり眠るんだ」

 口に手拭いを巻いた村の若い人たちが、次々と薬を飲ませていく。

「ぅ……、ぁぁ……、ありがてぇ……」

 部屋に響いていた沢山の呻き声が、穏やかな寝息に変わっていく。

 これは……。

「昨日、文車に頼んだお使い、件の病に効く薬を渡したときの映像だよ」

「蟲がついてた奴らと、これからつく可能性が高い奴らには薬をちゃんと飲ませたからね。あと、予備の薬も渡しておいたから、安心するといいよ」

 それじゃあ……、村は、これで……。

 よかった。

 本当に、よかった。

「玉葉様、文車さん、本当に……あり、がとう……っ、ござ……い、ました……。この、ご、……っ恩は、なから、ず……」

 涙が止まらなくて、うまく喋れない。ちゃんと、感謝を伝えないといけないのに。

「ははっ。ほらほら、顔をあげなって。そんなに気負わなくても大丈夫だよ。私らにとったら、これくらい大した手間じゃないんだから」

「ふふ。そうだよ、だから恩返しなんて大げさに考えなくても……、あ」

 突然、玉葉様が言葉を止めた。
 いったい、どうしたんだろう?

 まさか、村を救って下さった恩人に、何か非礼を働いてしまったんじゃ……。

「あ、あの玉葉様、もうしわけございませ……」

「よし! じゃあ、村を救ったお礼ということで、今日は一日抱えてることにしよう! そうしてると、何か癒されるし!」

「……ん?」

 えーと……?
 何か……、話が、また……、振り出しに戻ったような……?

「いやぁ、まいたなぁ。仕事ができなくなっちゃうけど……、僕が何かお礼を受け取らないと、明も心苦しいもんね?」

「えっと……、その……」

 それは、その通りだけど……。

「……ははっ」

 文車さんの顔に、晴れやかな笑みが浮かんでる。

 これは、ひょっとしなくても、まずい状況なんじゃ……。


「だから! 仕事しろって言ってんだろ! この、じじぃ!」


 再び文車さんの怒鳴り声が響き、部屋中がガタガタと揺れた。

「うー、文車のいじわるー」

 対する玉葉様は、不服そうに唇を尖らせてる。

 お二人がもめない形の恩返しを、なんとか見つけなくちゃ……。
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