癒やしの巫女と業務隊長

白玉しらす

文字の大きさ
14 / 36

12.先生はドアの向こうに駆け出して行った

しおりを挟む
 先生の額が赤く腫れているのに気づいた時、一瞬何も考えられなくなった。
 俺にしたように裸になって他の男にまたがり、腰を揺らしたんじゃないかと思うと、問わずにはいられなかった。
 なんでも無いと逃げるように立ち去る先生の後ろ姿を、何も言えずに見送った。

 仕事を終え、夜になっても先生の事が気になって仕方がなかった。
 部屋に戻ればどうしても先生の部屋のドアに目が行ってしまう。
 やはり確認しておくべきだろうか。
 魔物討伐前から額を赤くしているようでは心配だからな。
 そうだそうだと自分に言い聞かせてノックをしても、中からの返事は無かった。 
 寝てしまったのかもとも思ったが、ひょっとしたらと思い屋上に行ってみると、先生は壁にもたれ掛かり佇んでいた。
 
「レインのバカ」
 先生の小さな呟きを聞いた時、考えるよりも先に身体が動いてしまった。
 恋人にはなれなくても、恋人ができるまでは俺に甘えて欲しいなどと思っておきながら、いざ先生の口から男の名が出れば、胸の内が激しくざわついた。
 こんな暗がりで腕を引き抱きしめたと言うのに、見上げる先生の顔は無警戒で、思わずキスをしてしまった。
 少しは意識して欲しいとか、もっと先に進みたいとか、俺は一体何を考えているんだ。

「みんな忙しくしているから、こんなところに来ないですよ。隊長さんはどうしてここに?」
 俺とのキスは無かったかのように、先生がのんきに尋ねる。
 俺はと言うと、舌を入れて下にも挿れたいと言う欲望を追い払うのに必死だ。
 先生が呟いていたレインについて聞けば、ただの子供だった。
 嫉妬にかられ、醜い欲望を膨らませた自分が恥ずかしくて、俺は逃げるように先生の元を去った。


「巫女が来るまで討伐を延ばしたからな。いつもよりデカイ奴が多い。気合い入れていけよ」
 団長の声に、弓を握る手に力がこもる。
 グロースの森に入り、奥へと向かう途中にも何体か魔物を倒した。
 血の臭いを嗅いで、魔物が集まってきている。
 巨木が倒れたせいで開けた場所、そこがいつもの討伐の拠点だ。
「囲まれる前に討つ。各班攻撃開始!」
 団長の号令で、討伐隊が班に別れて魔物を倒しに行く。
「セオ、お前はこっちだろうが」
 適当な班についていこうとした俺を、団長が引き止めた。
 支援班は応援要請があるまで、拠点で待機を命じられている。
 俺も支援班に振り分けられていたが、今はただの手伝いの身だ。好きなようにさせて貰おう。
「待つのは性に合いません。応援要請があればそちらにも向かいます」
 俺の言葉に団長がため息をついた。こんなやり取りは毎度の事なのに、支援班に入れる方が悪い。
「死に急ぐような戦い方はするなよ」
「分かっています」
「なら毎度俺に同じ事を言わすな」
 団長は俺の背中を殴るように押した。
「さっさと行ってこい」
 俺は大きな唸り声のする方に向かって走り出した。

 デカイな。
 数人の騎士が囲むそいつを見て、俺は顔をしかめた。
「あっ、業務隊長。ヤバイです。あいつメッチャデカイです」
「見れば分かる」
 牙を剥き出し唸り声をあげる魔物は、立ち上がったら俺の二倍はありそうだ。
「お前は人を呼んでこい」
 魔物を見据えたまま、まだ若い騎士を送り出す。運が悪い事に、この班は経験が浅い者が多かった。
 囲まれて苛つくようにうろつく魔物に向けて弓をつがえる。
 このサイズにこの面子だと支援班が来るまで待った方がいいんだろうが、あっちから仕掛けられたら一気に片を付けるしかない。
 魔物が一瞬動きを止めた。まずいな、狙いを定めたらしい。

「放て!」
 俺の声を合図に、走り出す魔物に向かい一斉に矢が放たれた。しかし、巨体に数本矢が刺さったぐらいでは動きは止めらない。
「くそっ」
 他の騎士が弓を放つ中、俺は魔物の進行方向に向かって走り出した。
 狙われた騎士はパニックを起こして闇雲に矢を放っている。
 巨体に似合わず動きの早い魔物が、一気に距離を詰めてくる。
 魔物が狙った騎士に向かい大きく口を開けた瞬間、俺は手にしていた弓をそいつの口の中に力一杯押し込んだ。
 咆哮と共に振り回した前足に弾き飛ばされ、衝撃が身体に走る。
 狙われた騎士も弾き飛ばされたのが見えたが、俺と違い爪も当たったんだろう。血飛沫が舞った。
「人には当てるなよ!」
 団長の怒号に合わせて、一斉に矢が飛んできた。
 俺は矢に当たらないよう、倒れたままの負傷者を引きずって、這うようにして団長達の方に向かった。


「お前は人の話を聞く気が無いらしいな。怪我は無いか?」
 駆けつけた団長達のおかげで魔物は倒せた。
 団長は指示を出しながら、俺に嫌味を言う。どうやら弓を口に突っ込む所を見られていたらしい。
「折れてはないと思います」
 この痛みだと、肋にヒビが入ったぐらいで済んでいるはずだ。
「弓も無くして戦線離脱だな。さっさと拠点に戻れ」
「いえ、まだ剣があります」
「怪我人に接近戦なんかさせられるか。いいか命令だ、今すぐ戻れ」
 まだ戦えると言いたかったが、命令と言われたら逆らえない。
「……分かりました。では負傷者と共に砦に戻ります」
 狙われた騎士は一命は取り留めたものの、かなりの重症だ。早く砦に戻らないと危ない。
「一人で担いで行くつもりか?」
「まだ討伐は続けるのでしょう。なら戦力は多い方がいい。私一人で運べます」
「……途中までは人を付ける。そいつの事、頼むぞ」
「はっ」
 俺は倒された魔物に視線を向ける。
 魔物と対峙するたびいつも思う。こいつらと俺はどこか似ている。
 俺の醜い欲望を形にすれば、きっとこんな姿をしているんだろう。
 もう、負けてはいけない。
 俺は負傷者を背負い、森を出た。


「負傷者だ!先生はどこだ!」
 砦に着き、大声を張り上げると胸に激痛が走った。
 負傷者を背負って森を出る間も痛みはあったから、少し無理をしてしまったのかもしれない。
「ユイ先生なら医務室で待機してます!」
 隊舎から飛び出てきた騎士の言葉に、俺は医務室に向かう。
「先にユイ先生に知らせてきます!」
 走り出した騎士の後を追うように、俺も歩みを早めた。
 それにしてもユイ先生か。先生も随分馴染んだものだ。
 業務日誌を読んでも、毎日あちこちに顔を出しては、何かしらの手伝いをしていたからな。
 先生の事を思うと自然と頬が緩んでしまう。少し痛みが和らいだ気がした。


「たいちょーさん!」
 医務室から飛び出てきた先生は、俺を見ると直ぐに状況を理解してくれた。
「まずはベッドに寝かせて。ケガの様子は?」
「魔物の前足に吹き飛ばされた。裂傷と、骨も折れているかもしれない」
「わかった!たいちょーさんはその人寝かせたら服脱がして。ロベルト先生もお手伝い、はやくはやくね!」
 慌てているのか、いつもより言葉が怪しい先生に急かされて、負傷した騎士の服を脱がしていく。
 その間も先生は、できるだけ肌を触れ合わせて治療をしているようだった。
「ロベルトせん、せい……もう外で、待ってて」
「なんだね、もう手伝いはいらんのかね」
「あとで、おねがい……」
 不服そうなロベルト爺さんの背中を押して、俺も出ようとする。
「たいちょーさんは、だめ……ここに、いて」
 やけに艶っぽい声で引き止められ、爺さんをドアの外に追いやると急いでドアを閉めた。

 振り返ると先生はワンピースを脱いで下着姿になり、騎士に覆いかぶさろうとしていた。
「襲いそうになったら、とめて」
 それだけ言うと先生は負傷した騎士に足を絡めるように抱きつき、ビクビクと身体を震わせた。
「あっ……んっ……ああっ……」
 先生が裸の男の上で身体をくねらせている。
 治療をしていると分かっていても、完全に男女の情事にしか見えず、頭に血が上った俺は先生を男から引き剥がしてしまった。
「たいちょう、さん……もう、治ったと思うから……ロベルト先生に、見せないと……」
 完全に溶けた顔で抱きつかれ、俺はシーツで先生を隠すと外に飛び出した。
「ロベルト爺さん、傷は治したそうだ。後は頼む」
「嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「力を使い過ぎただけだ。隣の部屋を借りる」
 俺は爺さんの顔を見ることなく、隣の病室に先生を運び込んだ。

「あの、先生、大丈夫なのか?」
 ベッドの上に先生を寝かせ、俺はベッド脇の椅子に座る。
 先生はじっと俺を見つめると、ゆっくりと起き上がり、俺にまたがってきた。
「だいじょうぶじゃないって言ったら、隊長さんはどうしてくれる?」
 胸を押し付けるように抱きついて、腰を揺らしながらそんな事を言われ、どうもこうもなかった。
「たいちょーさん」
「あっ、ぐっ……」
 先生が甘えるように俺の胸に頭を擦りつけてきて、激痛に我に帰る。
「痛いの?」
 先生が俺の胸にそっと触る。
「いや、大したこと、ない」
 先生がいつになく妖艶に笑っている。
「痛いのは、だめ。治さないと」
 先生は顔を俺に近づけると、頬に手を添えキスをしてきた。
「んっ、あっ……んんっ……」
 唇を食むようなキスの合間に、先生の吐息が漏れる。それと同時に胸の痛みが引いていった。

「気持ち、よかった……」
 先生はそう言うとまたキスをして、俺の唇を舌先で舐めた。
 もう、限界だ。
「ねーえ、たいちょーさん。まだ、ケガをした人はいるの?」
「あ、ああ」
「そう……」
 先生は熱のこもった眼差しで俺を見つめた。
 俺の視線は先生の胸元から覗く豊かな谷間と、裾がめくれ上がって剥き出しになった白い太ももを行ったり来たりしている。
「たいちょーさん、全部終わったら、ごほうび、ちょうだい」
 先生はそう言うと、俺の足の上に膝をつくように乗っかってきた。
 妖艶に笑う先生の身体に、思わず手が伸びそうになる。
「大きいの、欲しいの……」
 潤んだ瞳で俺の顔に手を添えると、先生は軽く身体を反らした。
「待っ、ぐあっ!」
「いたあーい」
 先生は俺の上から降りながら、おでこを押さえている。
 また、頭突きを食らってしまった。

「さっきの騎士さんも、見えないケガがまだあるかもしれません」
 先生は一緒に持ってきていた服を着ると、自分の頬をペチリと叩いた。
「わたし、行きます」
 先生が座ったままの俺の額にそっと触れる。
「ごほうび、約束ですよ……」
 とろんとした顔でそう言うと、先生はドアの向こうに駆け出して行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

清楚な執事長、常駐位置が“お嬢様の隣”に確定しました

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話・後日談12話⭐︎ 清楚で完璧、屋敷の秩序そのもの——そんな執事長ユリウスの“常駐位置”が、なぜか私の隣に確定しました。 膝掛けは標準装備、角砂糖は二つ、そして「隣にいます」が口癖に。 さらに恐ろしいことに、私が小声で“要求”すると、清楚な笑顔で「承知しました」と甘く返事をしてくるのです。 社交は上品に、恋心は必死に隠したい。 なのに執事長は、恋を“業務改善”みたいに制度化して逃がしてくれない——! むっつり令嬢の乙女心臓が限界を迎える、甘々コメディ恋愛譚。 清楚な顔の執事長が、あなたの心臓まで囲い込みにきます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

処理中です...