癒やしの巫女と業務隊長

白玉しらす

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14.先生がやる気だ

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 先生がやる気だ。
「ビラシュッドに行けば、最後までしてもだいじょうぶなんです」
 先生はかつてそう言っていた。
 ビラシュッドの街に俺を誘ったと言う事は、そう言う事なんだろう。
 今までの俺なら直ぐに断っていたはずだ。
 それなのに、先生からの誘いに俺は答える事も断る事もできないでいた。
 俺はどうすればいいんだろうか。


「お前が相談なんて、珍しいな」
 俺は団長を誘って砦の酒場に来ていた。
 いつも騒がしい酒場も、俺と団長の周りは人も少なく静かだ。
 かなりの量を飲んで、ようやく俺は話を切り出す事ができた。
「実はある女性に、その、誘われていまして」
「よし、さっさとやれ」
 ひょっとして相談する相手を間違えたんじゃないだろうか。
「物事はそう簡単では無くてですね」
「やるかやらないかの二択じゃねえか。深く考えるな、やれ」
 俺の事情を知る人間はそう多くはない。だからと言ってこれでは何の参考にもならない。
 俺は早々に相談する事を諦めた。
 もう少し酒に付き合ったら帰ろう。

「いいか、セオ。俺は別に二度と女を抱くなとは言っていない。相手の事を考えられない内は抱くなと言ったんだ」
「そうでしたっけ?」
「いや、言ってないかもしれない」
 団長も酔っ払ってるな。
 俺には二度とやるなとボコボコに殴られた記憶しかない。
「でも女子寮への出入り禁止は取り消しただろ?」
「まあ、そうですけど」
「その時点でやっとけば、今悩む必要は無かったんじゃないか」
「今年になってからです」
「何が?」
「出入り禁止は解くから、いい加減やってこいなんて言い出したのは、今年になってからです」
「そうだったか?」
 団長がそんな事を言い出す何年も前から、リリーや女子寮の皆はたまには顔を出せとか、ついでに抜いていけとか言ってくれていた。
 それでも俺の足が女子寮に向かう事は無かった。
「団長、今日はありがとうございました」
 これ以上団長と話しても無駄だな。自分で答えを出すしかないんだろう。
 何の相談にもならなかったが、取り敢えず礼を言って帰ろうとすると、団長に腕を掴まれた。
「まだ話は終わってねえ。お前も十年振りにやるなら、やり方をおさらいしとけ」
 それから俺は、団長の武勇伝を延々と聞かされる羽目になった。
 やはり相談する相手を間違えたようだ。


 酔っ払いの相手と言う無駄な時間を過ごして、俺は自室へと戻ってきた。
 執務室を通れば、先生と酒を飲んだ時の記憶が蘇る。
 先生の身体の柔らかさ、石けんの香り、そしてどこまでも甘い口づけ。
 そのどれもが俺の身体を熱くした。
 もう、答えは出ているじゃないか。
 先生が望むならそれに答えたい。むしろ先生が望まなくても俺は……
 そんな事を考えながら、何気なく机に置いたままの業務日誌を開いて血の気が引いた。
 そこには先生の子供のような字で、他の男とビラシュッドの街に行くと書かれていた。

 気がつけば俺は、先生の部屋のドアを叩いていた。
 どうしても他の男とやるのを止めたくて、居ても立ってもいられなくなった。
 こんな夜中に非常識だと気づいたのは、眠そうに目を擦る先生が顔を出した時だった。
「急患ですか?」
「いや、そう言う訳では……すまない」
 先生は目を瞬かせながら俺を見つめると、楽しそうに笑った。
「隊長さん、酔っ払ってますね。それで部屋をまちがえたんでしょう。隊長さんのお部屋は、あっち」
「違うんだ。どうしても、先生に言っておきたくて」
「こんな夜中に?まあ、酔っ払いにはよくあること……」
 先生は怒ってはいないが、あくびをしている。
「それで、なあに?」
 あくびをしたせいと分かっていても、潤んだ瞳で見つめられて、俺は思わず先生を抱きしめてしまった。
「ビラシュッドの街には、俺と行って欲しい」
「嫌だったんじゃないんですか?」
 先生が俺に身体を預けるように、もたれかかってきた。
「いや、怖かっただけだ」
「……やっぱりムリしてません?」
「もう、大丈夫だ」
 覚悟を決めた今、先生を傷つけるような事は決してしない……多分。
 しばらく見つめ合うと、先生は頭を俺の胸に預けてきた。
「隊長さん、やる気なんですね」
「いや、まあ……」
 やる気なのは先生だと思うが。
「私も……だから……がん、ばって……」
 がんばってって、何をがんばるんだ。アレか?アレなのか?
「いや、がんばり過ぎると先生の身体が……先生を傷つける訳には……先生?」
 先生の身体から力が抜けるのを感じてその顔を覗き込めば、先生は気持ち良さそうに眠っていた。寝ているところを起こしてしまったからな。
「すまない、先生」
 ベッドに寝かせると、その唇にそっと触れる。
 キスをしようとして、すんでの所で踏みとどまった。意識が無いのにしていい事じゃない。
 俺は先生の頭を撫でると、自分の部屋へと戻った。


「三日後、ビラシュッドの街に行こうと思うんだが」
 隊長室に入ってきた先生からお茶を受け取ると、俺は意を決して先生に告げた。
 先生は少し首をひねると、怪訝そうな顔をした。
「ひょっとして、この間夜に隊長さんが来たのって、夢じゃなかったんですか?」
「夢だと思っていたのか?」
「半分寝ぼけていたので、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ起こしてしまってすまなかった」
 気まずい沈黙の後、先生が口を開いた。
「本当に、いいんですか?」
「先生こそ、いいのか?」
「私からお願いしたんですよ?」
「そう、だったな」
 つい、裸で「大きいの、欲しいの……」とねだる先生を思い出してしまい、頭から追い払おうとしかめっ面になってしまう。
「やっぱりムリしてませんか?この件はなかったことにしてもらって、かまいませんよ?」
「いや、もう決めたんだ」
「……じゃあ三日後、お願いしますね」
「ああ……」
 それから当日までは、気まずくて先生と顔を合わすことができなかった。


 朝食は女子寮で取ると言う事で、先生とは砦の門の前で待ち合わせる事になった。
 そわそわと落ち着き無く待っていると、先生が駆け寄ってきた。
「お待たせしました。よろしくお願いします」
 いつも簡素な白いワンピースを着ている先生が、今日は胸元が大きく開いて、レースや刺繍までついたピンクのドレスを着ていた。
 髪の毛もなんだか複雑に編み込まれている。
「おかしい、ですか?」
 俺の不躾な視線に、先生が不安そうな顔になった。
「いや、よく似合っている」
「よかった。街に行くと言ったら、リリーさんがかわいくしてくれたんです」
 先生は嬉しそうにしているが、この髪型は乱してしまったら元に戻せないんじゃないか?
 行きと帰りで髪型が変わっていたら、何をしてきたか一目瞭然だ。
 立ったままとか、向かい合わせに座ってとか、乱さないように気をつけた方がいいのか?
 いや、できれば思いっきり乱したい。色んな意味で。
「隊長さん、早く行きましょー」
 先生が腕に巻き付くようにして、俺を引っ張った。
 先生の胸は相変わらず柔らかくて、それまで考えていたことは全てすっ飛んでしまった。

 ビラシュッドの街までは、歩いて一時間程だ。
 魔物はグロースの森から出てくる事は少ないし、砦の近くと言う事で治安もそれ程悪くない。
 それでも女一人で街に行くとなると危険が伴う。
 なぜなら、砦の男に後を付けられたら逃げ場が無いからだ。
 きっと、先生が砦の外に出た事は何人かの男達が見ていただろう。そして、俺と一緒に出かける所も。
 妙な噂にならないといいが。いや、でもそう言う関係になるのか。
「たいちょーさーん」
 気がつけば、先生を置いて先に行ってしまっていたらしい。先生が胸を揺らしながら駆け寄ってくる。
「もう!何度目ですか」
 さすがに先生も怒っている。
「すまない」
「はい」
 先生が俺の手を掴んだ。
「これでもう、置いていけないですね」
 楽しそうに笑う先生を見て、俺は何も言えなくなってしまう。これではまるで恋人同士だ。
 いや、もうそうなのか?
 でも先生は他の男ともしようとしていたから、そう言う訳ではないのか?
「隊長さん、早いー!」
 駄目だ。考え事をしていると早足になってしまう。先生が引っ張られるようにして走っていた。

「黙りこむと歩くのが早くなるのはわかりました。なにかおしゃべりしましょう。えー、あ、そう言えば、隊長さんはどんな女性が、好きなんですか?」
 心なしか女性を強調された気がするが、何の意図だろうか。
「あまり考えた事がないな」
「そうですか。じゃあ、男の人の好みは?」
「そんな物は無い!」
 やはり先生はまだ誤解したままなのか?
「俺は男に興味は無い」
「好みも興味もない……なるほど」
 ちゃんと分かってくれているんだろうか。
「そう言う先生は、どんな男が好きなんだ?」
「年下以外」
 少しだけ期待をして聞いてみたら、先生は真顔で即答した。
「……他には?」
「のめり込むタイプの人もちょっと……できればあまりケガをしない人がいいです」
 ことごとく俺とは真逆だった。
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