癒やしの巫女と業務隊長

白玉しらす

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23.隊長は噛み付くようにキスをした

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 ラドが来ると知った日から、私はずっとどうすべきか悩んでいた。
 一度は逃げてしまったけど、おかしくしてしまったラドを放ってはおけない。ラドが私を連れ戻すつもりなら、私は付いて行くべきなんだろうか。でも砦から、隊長の元から離れたくはなかった。
 酔うと全てを忘れたくなり、いつも以上に隊長を求めてしまう私をおかしく思ったのか、隊長は私を外に連れ出してくれた。
 風が吹く丘の上で、隊長は何かを聞き出そうとする訳でもなく、ただじっと手を握ってくれた。
 隊長の手は大きくてごつごつしていて、そして温かかった。
「もし先生に罪があったとしても、それは私が被ります。だからそんな顔をしないでください」
 全てを話した私を、隊長は優しく抱きしめてくれた。隊長の言葉に、私は縋るようにしがみついた。


「確かに様子を見てくるとは聞いていたが、巫女と一緒に行ったんじゃないのか?普通イチャコラして街道なんか見てないだろ。何しっかり見つけてんだ」
 門の前で団長がボヤいている。
「で、何回やってきたんだ?」
 団長が隣に立つ隊長に、ニヤつきながら肘鉄を食らわすと、隊長は顔をしかめて腕を払い除けた。
「団長と一緒にしないでください」
「俺だったらあんな所に女を連れ込まないけどな。水辺の近くじゃないとドロドロに汚した身体をキレイにできない」
「聞いてません、そんな事」
「でも開放感はあるか。見られたらどうしよう、なんてな、いつもより乱れたんじゃないか?」
 隊長の巨体に隠れるように立っていた私に、団長がニヤニヤしながら聞いてきた。
 団長にはセクハラの概念を教えてあげたい。
「私まで出迎えに加わる必要があるんでしょうか」
 団長のセクハラ発言は無視して、疑問をぶつける。
 ラドを見つけた隊長と砦に戻ると、団長と隊長、そして私が門の前で出迎える事になった。
 団長は視察なんて面倒くせえ、呼ばれてから顔を出すぐらいでちょうどいいのに、お前が見つけたせいで出迎えなきゃならないと、隊長に文句を言っていた。
「名目は砦の視察だが、そんな事のために王都の人間がわざわざ来るとは思えない。巫女の様子伺いなんだろうよ。素敵な団長に良くして貰ってますと答えておいてくれ」
 来るのがラドじゃなければ、団長のセクハラの酷さを訴えてやったのに。
「挨拶したら後は頼むぞ」
 視察の案内は隊長がする事になっているらしい。
 団長は面倒臭そうに欠伸をすると、腕組みをして目を瞑った。立ったまま寝るつもりなんだろうか。
 隊長は溜息をつくと、姿勢を正して前方をじっと見つめた。なんだか対照的な二人だ。

「団長、そろそろ来ます」
「ああ、分かっている」
 前方には何も見えず、馬の足音も聞こえない。
 不思議に思って目を凝らしていると、しばらく経ってからようやく、私にも見えてきた。走る馬がこちらに向かってきている。
「気に食わねえ。なんだあの美男子」
「近衛騎士ですからね」
 私からはまだ小さく馬しか見えないのに、二人にはラドの姿も見えるらしい。
 私だって現代日本人にしては視力はいい方だけど、二人には敵いそうになかった。


「ようこそ、テジュレ砦へ。団長のモーガン・シアラーです」
「出迎えていただけるとは光栄です。近衛騎士団、特務隊のラドフォードです」
 軽やかに馬から降りたラドは、団長と握手を交わした。
 銀色の鎧にマントを纏い、柔らかそうな金髪が風に揺れている。
 私はラドに見つからないよう、隊長の後ろに隠れた。ぎゅっと握りしめた手に汗が滲む。
「業務隊隊長のセオドア・マグナスです。ご案内は私が」
「お忙しい所申し訳ありません。よろしくお願いします……ユイ!」
 隊長が一歩前に出て握手をすると、隠れていた私は呆気なく見つかってしまった。
「あんまり可愛くて見違えたよ。ああ、やっと会えた。黙っていなくなるから、凄く心配したんだ」
 ラドに抱きしめられて、私は固まってしまう。
 何と言っていいのか、どうすればいいのか、頭は真っ白で何も浮かばない。
 助けを求めるように隊長を見れば、眉間にシワを寄せて苦い顔をしていて、団長を見ればニヤニヤと面白そうに私達を眺めていた。

「長旅でお疲れでしょう。馬はお預かりします。どうぞこちらへ」
 隊長が口だけで笑顔を作ってラドを誘導してくれた。
「ああ、すみません。ユイと会えたのが嬉しくて、つい」
 ラドは私を離すと馬の手綱を隊長に渡した。隊長が馬を曳き、ラドはその隣を歩いている。
 私は仕方なく団長の隣に隠れるようにして歩いた。ラドはそんな私に、爽やかな笑顔を向けた。
 
「なんだか、ただならぬ関係みたいだな」
 二人の後ろをやる気なく歩いていた団長が、私に耳打ちしてきた。
「そんな事はありません」
「どう見てもセオに勝ち目は無いな。かわいそうに」
「そんな事はありません」
「ああ、デカさなら負けてないか。アッチの方の」
「……」
「デカいのに慣れると、普通のじゃ満足できないもんな」
「……」
「なんだ違うのか。ひょっとして意外とテクニックが凄いのか?どうなんだ?」
 どうもこうもあるか。私は団長からも距離を置いて、皆の後をついていった。

 隊舎に入ると団長は「お疲れでしょうから、今日はもう休まれるといい。視察は明日から」と言って去っていった。完全に隊長に丸投げするつもりだ。
 仕方なく隊長と二人で、ラドを客室の前まで案内した。
 
「ユイ」
 客室の前に着くとそれまで無言だったラドが、私をぐいっと引き寄せて耳元に顔を寄せた。
「早くユイと、したい」
「私はしたくない」
 小さく囁かれた言葉に、反射的に答えてしまう。
 ラドは楽しそうに笑うと、私の顔を覗き込んできた。
「口ではいくらでも拒絶できるよね」
 ラドは顔を私に向けたまま、ちらりと隊長を見てから視線を私に戻した。
「でも最後はどうしようもなく僕を求めてしまう。いつだってそうだっただろ?」
「やめて」
 隊長の前でそんな話をしないで欲しい。
「お疲れでしょうから、今日はもう休まれてはいかがですか?」
 隊長は有無を言わせぬ声でそう言いながら、私とラドの間に割り込んできた。
「そうですね、ここまで来るのに一月近く掛かりましたから。だからこそ、ユイに癒して貰いたいんですが」
「残念ですが、癒やしの巫女に疲労を回復する力はありません」
 ラドは私の前に立ちはだかる隊長の様子から、色々察したようだった。
「ああ、なる程。ユイはここではあなたに慰めて貰っていたんですね。じゃああなたも知っているのかな?繋がったままユイに力を使わせると、物凄く締まる。あれは堪らない」
 ラドの言葉に、隊長はその胸ぐらを掴んだ。
「その様子だと、まだそこまではやってないみたいですね。残念だけど、ユイは連れて帰ります」
「先生はそれを望まない」
「ユイに快感を教えたのは僕です。ユイは僕から逃れられない」
 隊長が拳を振り上げると、ラドは笑った。
「どうせなら剣で切ったらどうてすか。そうしたらユイに治して貰うから」
 隊長は振り上げた拳を震わせた後、ラドを離した。
「なんだつまらない……まあいいでしょう。疲れているのは本当なので、今日はこれで休ませていただきます。明日からの案内、よろしくお願いします。またね、ユイ」
 ラドは薄い笑みを残して、客室へと消えていった。


「あの、すみませんでした」
 無言のままどちらからとも無く客室から遠ざかると、私は隊長に謝った。
「なぜ先生が謝るんですか?」
 隊長は少しだけ苛立った声で聞いてきて、それがまた私の罪悪感を煽った。
「隊長に不快な思いをさせてしまいました」
「先生のせいじゃない」
「私のせいです」
 私がいなければラドはここには来なかった。隊長にこんな顔をさせることもなかった。
「先生」
 隊長は大きく溜息をついてから私を呼んだ。
「食べそびれた昼食を屋上で食べませんか?ピクニックの続きをしましょう」
 隊長はニカッと笑いながら手を差し出してきた。
 私が直ぐに差し出された手を取ることができないでいると、隊長は私の手を握り持ち上げた。
「もう離さないと言ったでしょう?」
 そっと手にキスをされて、私は少しだけ笑った。

 屋上に敷物を敷いて、バスケットにいっぱい詰めた食べ物を粗方食べ終わると、隊長はグラスを取り出した。
「どうぞ」
 グラスに注がれた果実酒を日にかざすと、キラキラ光ってきれいだった。
「ありがとうございます」
 気遣ってくれる隊長の優しさが嬉しいけど申し訳なくて、私はお酒に口をつける事なく、ぼんやりとグラスを眺めた。
「何を考えているんですか?」
「どうしたら、いいんだろうって……それだけです」
「先生は王都に戻りたいと、そう思っているんですか?」
「いえ……」
 巫女の館の皆には会いたいと思うけど、王都に戻りたい訳ではない。
「だったら視察が終わるまで、女子寮にでも隠れているといい」
「でも、ラドを放っておく訳にはいかないです」 
 私はじっと見つめていた手元のお酒をぐいっとあおった。
「取り敢えず話し合ってみます」
「話が通じるような相手とは思えませんが」
「昔の偉い人は言いました。話せば分かると」
 私は隊長が好きだ。隊長から離れたくなんてない。それをちゃんと伝えよう。
 大丈夫。私には隊長がいてくれる。

「先生」
 隊長は私からグラスを取り上げると、ゆっくりと私を押し倒した。
「力で押し通そうとする相手にも、同じ事が言えますか?」
 腕に囲まれたまま真剣な顔で見下ろされる。
「そう言えば、それを言った人は問答無用と殺されたんでした」
「駄目じゃないですか」
「駄目でしたね……」
 それ以上何も言えない私に、隊長は小さなため息をついてから優しく微笑んだ。
「話し合いの席は私が設けます。それまではあの男と二人きりで会わないように」
 隊長は私を引き起こしながらそう言うと、躊躇いがちに言葉を続けた。
「できれば、他の男とも二人きりにならないよう気をつけて欲しい」
 これは、焼き餅なんだろうか。
 別に誰かと二人きりになったところでどうにかなるとも思えなかったけど、隊長がそう言うなら頭の端ぐらいには入れておこう。
 そんな私の思考が顔に出てしまったのか、隊長は眉間にシワを寄せていた。

「先生は自分で思っているより魅力的です。思わずキスしたくなるぐらい」
 顔を近づけて囁かれた言葉に、私の顔は赤くなった。やはり人種が違うからか、隊長は時折とんでもなく甘いセリフを言ってくる。 
 恥ずかしいけど嬉しくて、私もそれに応えたくて、赤い顔のまま隊長の頬に手を添えた。
「隊長も……セオもとても素敵です」
 隊長といるとラドの事を忘れてしまう。そのまま隊長で満たして全部忘れさせて欲しいだなんて、我ながら酷い女だ。
 それでも、私は隊長への想いを止める事ができなかった。
「思わずキスしたくなるぐらい」
 隊長の黒くて大きな目をじっと見つめて、誘うように言葉を続ければ、隊長は噛み付くようにキスをした。
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