メサイアの劣等

すいせーむし

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一章 仮面の少年

10話 再会

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 白い空間で私は目を覚ました。
 無機質な天井を見上げ、ゆっくりと身を起こす。

 滅多刺しにされた体の傷は確認するまでもなく、もうどこにもない。

「はぁ」

 小さく息を吐き、立ち上がって伸びをする。

 ここは私の部屋。何もない、誰もいない、ただ、広いだけの空間。私だけの、寂しい場所。

 ここにずっと一人きりはあまりにもつまらない。

 だから眠って、夢の世界を歩くのだ。
 あの世界には私以外の誰かがいる。言葉が通じない存在がほとんどだけど、それでもここでじっとしているよりは退屈しない。

 それに、今回は話の出来る誰かと出会えた。

「チヨ」

 彼にまた会えるだろうか。会えるといいな。
 そんなことを思いながら、再びベッドに潜り込む。

 そして、"ウツツ"は夢をみる。

         ◆◆◆

 僕の頭は理解を拒んでいた。

 目の前に横たわるのは、黒い人影。そして、その返り血のように黒い液体を浴びた、会いたかったはずの少女——ウツツ。

 もうニ度と会えないのではないかと思っていた。だから、こうしてまた出会えたことは、本来なら嬉しいはずなのに。目の前の光景が、そんな感情を許してくれなかった。

 少女は小さなスコップを握りしめていた。先端には黒くこびりついた液体。それが何を意味するのか、考えるまでもない。
 でも、信じたくなかった。まさか、彼女がそんなことをするはずがないと、そう思いたかった。
 乾いた喉を震わせて、声を絞り出す。

「ウツ、ツ?」

 その声を聞いた彼女は僕の方に目を向ける。僕の存在に気づいた彼女は、黒い液体の水たまりを踏み越え、こちらへと駆け寄ってきた。

「チヨ」

「会いたかった」

 彼女は僕の名前を呼び、目の前へとやってくる。彼女の瞳にはからは喜びの感情が宿っていた。

「えっと……何をして、るの?」

 目の前の少女にそう問いかける。彼女は首を傾げ、何のこと?と言わんばかりに僕に目線を向ける。

 一つずつ、確かめよう。混乱した思考回路を正すため、再度ウツツに質問を投げかけた。

「そのスコップ、どうしたの?」

 彼女の左手に握りしめられた小さな園芸用スコップ。前に会ったとき、彼女はそんなもの持っていなかった。

「落ちていたのを拾ったの。何かに使えるかもって思って」

「そ、そっか、じゃあ……後ろの人達は……」 

 僕の視線が、倒れた黒い人影に向かう。

「え?」

 ウツツも振り返り、しばらく彼らを見下ろしたかと思うと、何か考えるような素振りを見せて、そして——

「邪魔くさかったから」

 ただ、一言だけそう口にした。

 言葉が、頭の中でこだまする。
 僕は今、答えを聞いた。否定したかった、この現状の答えだ。
 ウツツはその右手に持ったスコップで、彼らを突き刺して、殺したのだ。

 僕は怒りなのか、恐怖なのか、もう訳がわからない何かが胸の奥で煮えくりかえっているのを感じた。
 そして、その感情に身を任せて、僕は無意識に右手を振り上げる。

 その行動に、彼女は怯える訳でも避けようとする訳でもなく、ただ、目を瞑った。
 それを見た僕はハッとして、やり場のなくなった右手を引っ込める。

 来るはずの衝撃が来ない事に疑問を抱いたのか、彼女はゆっくりと目を見開く。そうして、不自然に下げられた僕の右手を見て、首を傾げた。

「殴らないの?」

 その無垢な問いかけが、心に突き刺さる。
 目を瞑る行為は、殴られ慣れている人のそれだった。
 彼女は僕に殴られることに何ら疑問を抱いていないのだ。それも、自分が悪いことをしたという自覚もなく……。
 彼女からしたら、理不尽な暴力だろう。それに、一切抵抗しない。痛みへの恐怖が、ないのだろうか。

 ……もしかして、虐待を受けていた?

 そうして思考を巡らせているうちに、今僕がやろうとしてしまったことを実感する。
 僕はウツツに頭を下げた。

「……ごめんね」

 彼女は僕の謝罪の意図がわからないようで「なんで」と言いながらじっと僕を見つめている。

「えっと……僕が今しようとしたことはさ、悪いことだから」

「暴力はダメなことなんだよ。だから、ごめん」

「それから……ウツツも邪魔くさいからって、暴力で解決しちゃダメだよ」

 そう言って僕は、倒れた黒い人達を見る。この世界の住人。シャドウでもなく、役割もあるようには思えない彼らだが、命を奪っていいはずがない。
 ウツツはきっと知らないだけだ。だから、分かってもらおうと、彼女の顔を覗く。
 少女は未だ理解していないのか頭にクエスチョンマークを浮かべている。しかし、僕の言葉には「分かった」と一言。

「じゃあ、もうしない」

 そう言って、彼女はスコップを手放した。「カラン」と地面に落ちる音が静かに響く。

「うん。ありがとう」

 彼女はもう何も持っていない左手を僕の右手へと伸ばす。そして、自然と彼女と手を繋いだ。ぎゅっと握る僕の手を彼女はそっと握り返す。
 その感触に、懐かしさを感じた。精神世界で2人で歩いたことを思い出す。いや、それより昔にも、こうしていたような気がした。
 病院で、夕矢先生と手を繋いで歩いていた時と同じ感覚。僕には、こうやって手を繋いで歩いていた誰かがいたのだろうか。

「じゃあ、行こ」

 ウツツは、何か引っかかりを覚えて硬直する僕の手を引っ張った。そして、黒い人影に阻まれていたその道の先へと、彼女は迷いなく歩いていく。
 戸惑いを抱えながらも、その手のぬくもりに導かれ、僕も歩き出していた。

          ◇

 路地裏を抜け、僕達はただ道なりに足を進めていた。
 しばらく歩いたところで、ずっと胸の奥に引っかかっていたことを僕は彼女に問いかける。

「そういえば、ウツツ」

「なに?」

「気になっていたことがあるんだけれどさ……。ウツツって、こっちで、その……殺された、よね?」

 先程の黒い人を殺してしまった件で曖昧になっていたが、これは重要なことだ。

 僕の異能と、ウツツがここに来ることができる理由。もしそれが同じものであれば、彼女の存在は、僕の疑問への答えになるかもしれない。
 僕は彼女の口からその答えを聞けることを待つ。
 その不安をかき消すように、彼女はすぐに頷いた。

「うん、殺されたよ。でも、大丈夫なの」

「それは、死んでもどこかに戻るからってこと?」

「そう。死んだら戻って、また眠ったら夢を見るの。同じ場所の夢」

「そうなんだ」

 彼女の言葉を受けて、僕は改めて確信する。

 やっぱり、ウツツも僕と同じなんだ。

 彼女も、死によってこの現実から消え、眠りにつけば再びこの世界へと戻ってくる。そういう仕組みの中にいる。

 そんなことを考えながら歩いていたその時、ふいにウツツが足を止めた。

「チヨ、あれ」

 彼女はある方向を指差した。僕は彼女の示す方向へと目を向ける。
 そこには、鉄棒や滑り台といった遊具が並ぶ、小さな公園があった。

「楽しそう」

 そう言ったウツツの顔に、はっきりとした感情を読み取ることはできなかった。けれど、閉じ込められていたと言っていた彼女にとって、こうした開けた場所は、きっと特別に映るのだろう。

 同時に、僕は考える。

 ここは、周君の精神世界。この空間のすべてに明確な意味があるわけじゃない。でも、公園という場所が、彼にとって何かの象徴であった可能性は十分ある。思い出の場所……あるいは、記憶に刻まれた何か。

 そこに手がかりがあるかもしれない。

「ちょっと、見ていこうか」

 僕の言葉に、彼女はこくりと頷く。
 そして二人で、公園の入り口に設置された車止めの柵をまたぎ、中へと足を踏み入れた。

 公園には、外から見えていた鉄棒や滑り台の他にも、ブランコや砂場、ウサギやクマを模した乗り物など、様々な遊具が並んでいた。
  その光景を前に、感情を読み取りづらいウツツが、どこかそわそわと落ち着かない様子を見せていた。
 今までの彼女からは想像もできなかったその小さな変化に、僕は思わず目を細める。

「ねぇ、チヨ。あれ乗ってもいい?」

 ウツツはブランコを指差す。僕が「いいよ」と言うと、彼女はそのまま駆け出してブランコに座り、それを漕いで遊び始めた。

 見た目よりもずっと大人びていて、感情の起伏も少なく、時には不気味さすら感じさせたウツツが、年相応に遊んでいる。
 ただそれだけの光景が、どうしようもなく愛おしく感じた。

 今、彼女はここにいる。
 もう二度と会えないかもしれないと思っていた彼女と、こうしてまた一緒にいる。

 ——また会えたのだ。

 この世界からいなくなるには死ぬしかない。
 死んでも、命を失うわけではない。別の場所に戻るだけだ。
 だからといって、いくら死んでも問題ないなんてことはない。死は痛くて、苦しくて、怖い。

 僕はそれから逃れるために薬を作ってもらった。でも、この世界にはセキチクがいて、怪物がいて、命を奪う何かが常にすぐそばにある。
 どれだけ備えても、この世界にいる限り、死はいつでも僕達の隣にいる。

 だから、諦めていた。生きることを……ではなく、せめて穏やかに死ねることを。
 それすらも諦めてまで、僕は周君を助けたいと思った。

 その上で。

 ウツツが苦しんで死ぬ姿は、もう見たくない。

 どうやら、彼女の最期の姿を見た時の記憶は、自分が死ぬ痛みよりも大きく僕の中に刻まれているようだ。
 周君を助けるために、彼女を犠牲にしたくない。それが僕の思考の終着点。

 その結論に至った時、僕の頭に意思のようなものが流れ込んできた。


……
………

おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。おれが守らなきゃ。

………
……


「ギコ、ギコ……」

 僕はブランコを漕ぐ音で意識を取り戻す。どうやら、一瞬、気を失っていたらしい。

 頭の奥に流れ込んできた、あの無数の思考——いや、強い意志。
 それはまるで、僕の中にあるウツツへの想いが反響し、誰か別の心と重なったかのようだった。

『おれが守らなきゃ』

 繰り返し押し寄せたその意思は、きっと……セキチクの気持ちなのだろう。

 助けたいという僕の気持ち。
 守りたいというセキチクの気持ち。
 どちらも、周君を想っているのに。

 なぜ、僕は殺されなくてはならないのか。
 どうして想いは、こんなにもすれ違ってしまうのか。

 僕の中でセキチクは理解のできない化け物ではなくなった。
 彼は周君を守る騎士のような存在である。

 だったら、一方的に敵対するのではなく、対話はできないだろうか。
 僕たちが分かり合えれば、きっと、もっと良い形で彼を救えるはずだ。

 次に、セキチクと会った時には、話がしたい。

 思考の海から浮かび上がった時には、気づけばブランコを漕ぐ音は止んでいた。そして、ウツツは砂場の砂を眺めている。
 彼女は僕の視線に気づくと、手招きをしながら口を開いた。

「チヨ、こっち」

「何かあった?」

「うん。みて、これ。何か書いてる」

 そう言って、ウツツが指差した砂場には、指でなぞったような文字が残されていた。

"鍵のかかった部屋に来て。そこで全てが分かるから"

 その筆跡に、僕は見覚えがあった。

 そう、周君の家の風呂場の鏡に書かれていた文字。
 あの時書かれていた文字は"彼を助けて"だった。そして、今回は"全てが分かる"。

 このメッセージを残しているのは、いったい誰なのか。記憶を守りたいセキチクは、僕を助けるような行動は取らないだろう。
 ならば、誰が……。

 考え込む僕に、ウツツが問いかける。


「鍵のかかった部屋、何処だろうね」

「あ……あぁ、うん。何処だろうね……」

 どうやら、彼女は文字を読めるらしい。
 別に不思議ではないけれど、今の彼女の状態を思えば、意味を理解できることに、少し安心した。

 僕は再度、書かれた文字に目を向ける。
 この言葉から、きっと、鍵のかかった部屋という場所に何かあるのは間違いない。
 それがセキチクの仕掛けた罠である可能性も、まぁ否定することは出来ないが、行く価値はある。セキチクと会えるのであれば望むところだ。彼と話したいこともある。
 とにかく、僕は鍵のかかった部屋、という場所に向かわねばならない。

 ……思い当たる節があった。

 この世界に来て、最初に降り立ったアパート。
 周君が暮らしていたと思われる場所のに、開かない扉があった。

「多分、あそこだ」

「あそこ? 知ってる場所だった?」

「うん。多分、そうだと思う」

「そっか」

 彼女は振り返り、遊具の群れを見る。もっと遊びたかったのかもしれない。名残り惜しそうにこちらへと向き直る。

「もうちょっとここにいる?」

 彼女は首を横に振る。そうして、「大丈夫」と一言だけ口にして、僕に左手を差し出す。

「じゃあ、行こう」

「うん。行こっか」

 差し出された左手を握りしめ、僕達は目的地へと向かった。

          ◇

 玄関の扉を開き、アパートの一室へと入る。

「ここが、チヨの知ってた場所?」

「そう。多分、周君が暮らしていた場所なんだと思う」

 この部屋には、一つだけ開かない扉がある。芳香剤のような、甘ったるくもどこか不自然な匂いが鼻につく。
 ドアノブをひねってみるが、やはり開く気配はない。鍵はかかったままだ。

 どうしたものかと考え込む僕のそばで、ウツツが小首を傾げた。

「……シュウ?」

 その言葉に、僕はハッとする。そういえば、彼女に周君のことを話していなかった。
 それは今まで話す必要がなかったから話してこなかっただけはあるのだが……と、考えた瞬間、違和感を覚えた。

 そういえば、ウツツとは同じ異能を持っている存在として共にこの精神世界を歩いて来たが、彼女が僕と共にいる必要はないのではないだろうか。
 きっと、彼女は僕よりも先にこの世界に行ったり来たりを繰り返しているはずだ。
 ならば、今、僕に連れ回されているこの状況は彼女にとって、迷惑なんじゃないだろうか。
 もしそうでなくても。僕が何をしようとしているのか、ちゃんと話しておくべきではないか。

 だから僕は、今までのことを話した。

 シュウ君のこと。セキチクのこと。
 そしてこの精神世界が彼のものであり、僕が彼を助けるためにここにいること。
 その全てを。

 なに、全て話して彼女が共に行きたくないというのであれば、そこで別れればいいだけの話だ。
 僕の見えないところで死んでしまう可能性を考えると苦しいがそこは彼女の意見を尊重しよう。

「ふーん」

 それがウツツの返事であった。

 興味がないのか、理解していないのか。僕の説明が下手だったのか。
 何も読み取れない、相変わらずの無表情。

「えーっと……つまり、僕は周君を助けるためにここに来ているんだ。だから、全く関係ないウツツを巻き込んでいるのは良くないなって思って……嫌だったら、ついてこなくても大丈夫なんだよ?」

「そっか」

 彼女はふわりと、口角をあげたような気がした。

「でも、私、別に嫌じゃないよ?」

「えっと、そう?」

「うん。チヨと一緒にいるの、楽しいから」

 その言葉は、あまりにもあっさりとしたものだった。
 でも、だからこそ胸に沁みた。

「だから、私も一緒に行く。チヨがしたいこと、私、手伝うよ?」

「そっ、か。……うん。ありがとう、ウツツ」

 それ以上の言葉が見つからず、僕はただ、感謝を返すことしかできなかった。

 そして、再び開かない扉に視線を戻す。

 ウツツがガチャガチャと扉を弄っているが、当然開くはずもない。鍵穴もない、ただの閉ざされた扉。

「きっと、この先に行ったらシュウ君って子を助けるための何かがあるんだよね?」

「うん、そうだと思う。でも、開かないんじゃどうしようもないね」

 その扉には鍵穴もない。ならば、扉を壊して無理矢理入るしかないのではないかと考えた時に、思い出した。

 そうだ。
 そういえば、この家の玄関扉も元々は閉まっていた。でも、病院で周君と話すことで鍵が開いた。
 もしかしたら、鍵というのは世界の主人が警戒や何かを隠すために閉められているのかもしれない。

 だったら、やることは一つだ。
 病院に戻って、シュウ君と話がしたい。

 そのためには……死ぬしかない。

 僕は右ポケットの瓶を握りしめる。そこで、気づいた。今僕が死ぬということの意味を。

「どうかした?」

 それは、今目の前にいる彼女を置いて帰るということだった。
 もし、僕が楽をして死んだ後、彼女がセキチクに襲われたら、死んでも死にきれない罪悪感を持つことになるだろう。それに対して彼女は何も思わないのかもしれないが、僕が嫌だ。
 だから、彼女にもこの薬を飲んでもらおう。彼女がそれを許してくれるのなら……。

 夕矢先生にはこの薬を誰にも渡してはいけないなんて言われていたが、幸いそれを咎めることのできる人物はここ、精神世界には誰もいない。
 僕は瓶をポケットから取り出して彼女に見せる。

「なにそれ」

「これはね、飲むと死ねる薬。作ってもらったんだ。この世界から帰るには、死ぬしかないからさ」

「へえ」

「それで、思いついたんだ。きっと鍵を開ける方法って、またシュウ君と話すことなんじゃないかって。だから、今から一度、死のうと思う」

「うん」

「でも……ウツツを一人にするのが怖い。だから、一緒にこの薬、飲んでくれないかな?」

 彼女は別にいいよというふうに小さく頷いた。

「わかった。でも、また戻ってくるってことだよね。だったら、いつ戻って来たらいい?」

「そう、だな……」

 盲点だった。

 この世界と現実世界の時間の流れが同じとは限らない。
 彼女が先にここに来てしまったら意味がない。合流できる確約もない。

 どうすればいい? 僕が先に来て、ここで彼女を待つ?
 それとも、あらかじめ落ち合う場所を決めておく?
 でも、それすらも確かな保証はない。

 そうやって思考を巡らせていると、ウツツが僕の手から薬を一錠取った。

 そんな、理論を頭に立てては否定をする僕の手からウツツが一錠の薬を取った。

「きっと、大丈夫だよ」

 彼女はそう言った。

「きっと、大丈夫。なんとなく、そんな気がするの。私達は同じ時にこの場所に来れるよ」

 なんの根拠もない。
 けれど、彼女の言葉には、なぜか説得力があった。
 到底納得できるものではなかった。しかし、彼女の言葉には妙な説得力があった。何故かは分からない。

 しかし、その無邪気な希望に、僕は思わず笑ってしまった。

「だから、チヨ。一緒に死のっか」

 彼女は僕の行動を待っている。
 僕は瓶の中から薬を一錠取り出し、口に含んだ。
 続いて、ウツツも薬を舌の上に乗せる。

 そして、2人同時に、喉の奥へと飲み込んだ。
 まるで心中みたいだな。そんなことを思いながら、薄らぐ意識の中、僕にもたれかかる彼女の姿を見る。それは安らかな死だった。

 ——あぁ、よかった。

 そうして、僕達は夢から覚めた。
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