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8. 今さら知った事実

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  それから数日後、再びクレシャス侯爵家とラグズベルク伯爵家の両家で話し合いの場が持たれ、私とレグラス様の婚約は正式に結ばれた。
  ついでに結婚式も、半年後と決まった。いや、決まっていた。
  これはどうやら私とマルク様が婚約破棄しなければ挙げるはずだった式の日程となるらしい。そこまで話は進んでたのね、と驚いた。
  何だかまるで私が10年間婚約してた人はレグラス様だったかのような扱いだ。

 




「セラフィーネ」

  両家での話し合いが終わり、クレシャス侯爵家の皆様を見送ろうと思っていたら、マルク様に声をかけられた。
  マルク様も最後まで見届ける義務があるんだと言って、本日一緒に来ていた。
  妙な所で義理堅い人だ。

「どうされました?」
「いや、うん。僕が言う事じゃないけど、婚約おめでとう」

  そう口にするマルク様は、どこか後ろめたい表情。
  まぁ、この事態を引き起こしたのはマルク様だからね……

「ありがとうございます」
「でも兄上は間違いなく君を幸せにしてくれるから心配しないで」
「え?」

  マルク様は、何故かそうはっきり断言した。

「信じられないって顔してる」
「そりゃそうですよ。10年も婚約者だったマルク様と違って、レグラス様と私は交流がありませんでしたから」
「その心配はないよ!  兄上は君の思考も好みも全部知ってるしって……あっ!」
「は?  何故です?」

  私はマルク様の言葉の意味が理解出来ず驚きの声をあげる。
  マルク様は、言い過ぎたって顔をしたけど、私が詳しい説明を求めたら、渋々だけど口を開いてくれた。


「ーー申し訳ないと思ったけどさ、君と婚約していた10年の間に贈った物は、殆ど兄上が選んでたんだよ」
「……え?」
「僕はあまり贈り物のセンスが無くて。兄上は元々アドバイスをくれてたんだけどね?  でも、いつからだったかな……僕が一人で選んだ物より兄上が薦めた物の方を君が喜び始めてさ。気付いたらほぼ兄上に頼ってた」
「…………」
「おかしいよね、これじゃ、どっちが婚約者だったんだろうって感じ。だから、これで収まるところに収まったかなって僕もホッとしてる」

  マルク様はニコニコ嬉しそうに笑ってるけど、いやいや、笑い話じゃないでしょう?  マルク様……

  心の底からそう突っ込みたかった。

  それよりも、今までマルク様からの贈り物……実はレグラス様が選んでいた?

  その事実の方に私の頭の中は囚われていた。





「2人で何の話をしてるんだ?」

  ちょうどその時、後ろから声がした。
  ……ちょっといつもより低いその声は、少し怒りを孕んでいるようにも感じ、思わずビクリと肩を震わせてしまった。

「兄上……」
「レグラス様」

  私達の声を受けて、レグラス様は微笑んでるけどやっぱり、醸し出すオーラが怒っている気が……する。

「セラフィーネ」

  私の名前を呼んだと思ったら、レグラス様は私とマルク様の間に割り込み、私の腰を抱いて自分の元へと引き寄せる。

「!?」
「あー……はいはい、そうですね……ちょっと近付きすぎました、すみません兄上。それじゃ、セラフィーネ、兄上とお幸せに」

  マルク様はあっさりそう言って玄関に向かってしまった。
  え?  今、二人会話してなかったよね?  どういう事!?
  あれですか?  兄弟は会話がなくても通じ合っちゃう的な……

  いや、それよりも。この状態でレグラス様と私を2人にしちゃうの!?  
  どうせなら、レグラス様も連れてってよ!!  怖いじゃない!  マルク様!!

  そんな私の心の声は、当然マルク様に届くはずもなく、廊下では私とレグラス様の2人きり。しかも、がっちり腰をホールドされていて逃げられない。
  完全に捕まったわ。

「…………」
「…………」

  お互い無言。
  怖いです、この沈黙怖いです!
  でも、私から口を開く事は……うん、ちょっと無理。

  などと考えていたら、ようやくレグラス様が口を開いた。
  そしてその顔はどこか悲しそうだった。
  
  (何なのその顔は……!?)

「セラフィーネは……」
「……?」
「僕よりマルクと結婚したかった?」
「はい?」

  レグラス様の言葉に私は驚きの声しか返せなかった。
  あんなに強引に、婚約者チェンジを要求してきた人がいきなり何を言っているんだろう。
  それにレグラス様、元気が無い?  さっきまでの怒りのオーラはどこへ行った?

「マルクの心変わりが原因とは言え、君達は10年も婚約してた。さすがにその年月に僕は勝てない」
「えっと……?」

  レグラス様は何に勝ちたいの?

  私が首を傾げていると、レグラス様は私が今の言葉の意味を理解していないと分かったのだろう。
  ははは、と、ちょっと笑って元気の無い声で言った。

「……変な事言ってごめん。マルクの方が良いと言われても、もうセラフィーネはマルクじゃなくて、僕の婚約者なんだ。そして僕はマルクと違って絶対に君と婚約破棄をしたりはしないから。それだけは知っていて欲しい」
「は、はぁ」

  そりゃ、私だって二度も婚約破棄したくないですよ、レグラス様……

  私は腰を抱えられたまま、ぼんやりとそんな事を考えていた。
  本当に本当に、レグラス様は何でこんなにしおらしくなっちゃったんだろう?


  レグラス様は、結局そのまま「ではまた。あと、お店にも食べに行くから」と言い残して侯爵様やマルク様と一緒に帰って行った。

  店にも……って、王太子殿下は相変わらず元気に脱走しているという事よね。
  本当に大丈夫かな?  この国の将来……






  部屋に戻ると、クローゼットにしまっていた、マルク様からの贈り物数点を引っ張り出してみた。
  髪飾り、ブローチ、ネックレス……
  かつてマルク様から貰った物は装飾品に始まり、もう使い切ってしまい残っていないが、香水、ハンドクリームなどの生活用品まで種類は様々だった。

「数は多くないけど、質の良い物をベストなタイミングで贈られてきたのよね」

  不思議とその頃に欲しいな、と思う物が贈られてくる事が多くて、マルク様って凄いなと思っていたのだけど……

「まさか、レグラス様が選んでいたなんて」

  でも、きっとこれは私の為では無くて、マルク様の為にしていたに違いない。
  きっとセンスが悪いと言っていた弟であるマルク様が恥をかかないように。

「…………」

  私は必死に自分にそう言い聞かせる。
  そうでないと、この胸のモヤモヤが治まらない気がした。











「セラさん、こんにちは」
「!!」

  そして翌日、レグラス様は宣言通りお店にやって来た。

「ほ……本当に来たんですね……」

  私がじっとりした目でレグラス様を見ると、本人はあっけらかんとした顔で答えた。

「何で?  昨日も言ったよ。また、店に行くよって」
「昨日の今日ではありませんか!」
「え?  可愛い婚約者に毎日会いたいだけなんだけど?」
「なっ!!」

  冗談か本気かも分からない軽口を前に私の顔は赤くなる。

「やっぱりいいね、その顔。…………ずっと君のその顔が見たいと思ってた」
「…………」

  私は思わず固まってしまう。
  だって発言がちょっと、なんて言うか……

「セラ」
「!?」
「これからはセラさんはやめて、セラって呼んでもいい?」

  ニコニコした笑顔を浮かべながら、レグラス様がそう口にした。
  今日の彼はご機嫌だ。

「な、何故です?」
「いつまでも“セラさん”だと距離が遠く感じる」
「はい?」

  どういう意味かを尋ねる前に、レグラス様が私を抱き寄せて額にキスを落とした。

「な、な、何するんですか!?」

  私はもう何もかもがいっぱいいっぱいだった。
  
  レグラス様の行動に店にいた人々は色めきたっている。
  それはそうだろう。
  もともと、レグラス様が店にやって来る度にからかっていた人達だ。
  この状態に騒がないはずが無い。


「いやー、いつかはこうなると思ってたけど、案外早かったなー」
「セラちゃん、マジかァーーーー」
「俺たちのセラちゃんがぁ!」

  うーん。皆、言いたい放題だわ。

「レグラス様、あの……」
「レグ」
「!?」
 
  呼びかけたら、突然人差し指で口を塞がれた。
  ──レグ?

「レグラスではなく“レグ”だよ」
「んぐ?」
「そ、レグ。ここではそう呼んでくれるかな?  あ、もちろん普段からも大歓迎だけど」
「ひゃへはひょふひょんへふゅか!!」
「ははっ!  照れなくてもいいのに!」

  ぶはっ!

「照れてませんっ!!」

  やっと、指を離してくれたので喋ることが出来た。

「おうおう、早速夫婦喧嘩かぁ?」
「仲良しだねぇ~」

  ──うぅっ!  これはもう何を言っても無駄なやつだわ。

  私は項垂れた。
  そんな私の想いとは裏腹にレグラス様は、とても嬉しそうだったのが悔しい。

  そんなレグラス様はいつものように、“セラ”のオススメを美味しそうに平らげた後は仕事に戻ってしまった。
  これ以上ここに長居すると王太子殿下の捕獲が大変になるらしい。

  ……捕獲。
  我が国の未来の王が捕獲。
  本当に本当に大丈夫なんだろうか……やっぱり不安だ。





「セラ」

  散々、周りに揶揄われながらもお店の片付けをしていたら、女将さんに呼ばれた。

「お疲れ様です」
「それ終わったら今日はもう帰りな。あれやこれやと騒がれて疲れてるだろう?」
「えぇ、まあ……そうですね。ありがとうございます……」

  疲れているのは間違いないのでここは素直に頷く事にした。

「それと、話は聞いたよ。婚約おめでとう……でいいのかい?」
「あはは……」

  私は苦笑いする事しか出来ない。

「式はいつなんだい?」
「半年後です」
「え?  貴族の結婚なのに?  随分、早いんだねぇ?」
「まぁ、色々ありまして」
「そうかい。じゃあ、ここでの仕事もあと半年ってところかい?  せっかく慣れてきたし、看板娘となって働いてくれたのに残念だよ」

  女将さんは、本当に残念そうな顔をして言う。

「あ!  女将さん、彼は結婚後も仕事して構わないと言ってくれたんです」
「えぇ!?」

  私の言葉に女将さんは目を丸くして驚いている。
  ……ですよね、驚きますよねぇ。

「セラのお相手って事は、上位の貴族だろう?  それとも彼は跡取りじゃないのかい?」
「いえ、彼は嫡男です」
「それはそれは……変わった事を言う旦那だねぇ……」
「はい。ただ、いくらお許しがあっても正直、両立は難しいと思っています。それでも、たまにで構いませんから、ここを訪ねて来てもいいですか?」
「セラ……」

  女将さんは、私の言葉に驚いた顔を見せる。
  まさかそんな事を言うとは思ってもみなかったのだろう。

「女将さん、こんな私に居場所を与えてくれてありがとうございました」

  私はペコッと頭を下げる。

  女将さんはそんな私を見ながら笑って言った。

「もちろんだよ、いつでもおいで。待ってるよ」

  その言葉だけで、この先も頑張れる気がした。

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