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第10話 恋愛エピソードのセリフは恥ずかしい
しおりを挟む───と、言うわけで。
私は餌……食事だけでなく、様々な面で殿下から助けられる事になり───……
「びっくりするくらい小さな嫌がらせが減ったわ……」
私は本気で驚いていた。
殿下との勉強の時間を放課後に設けるようになってから、最初に行われたとある実力テスト。
私はそのテストでクラスの中で唯一満点を取った。そして、その事はクラスメートにかなりの衝撃を与えた。
(凄かったわ……先生が私の名前を呼んだ瞬間のあのざわめき! クラスメート達の驚く顔、顔、顔!)
その日から分かりやすく、嫌がらせがガクッと大きく減ったのは言うまでもない。
(まぁ、リデラと悪役令嬢にとったらそんな事は関係無さそうだけれど)
リデラのネチネチ嫌味攻撃は相変わらずだし、義母が私を虫けらのような目で見て来る現実は今も変わらない。
父親に至っては、一度だけ顔を合わせたものの“忙しい”を理由に屋敷に戻って来ない日々が続いている。
(そういう設定にしたのは私だから文句も言えない……)
よくよく思い返せば、生前の私が書いた部分の話まででは、アメリアと家族との決着はついていないままだった。
*****
「アメリア!」
「殿下?」
その日は珍しく朝の生徒会室(餌付け)や放課後の図書室(躾)以外の場所で殿下と偶然鉢合わせた。
学年の違う私達が、偶然会うのは珍しい事。
「教室移動の最中か?」
「はい、そうです」
私が笑顔で答えると殿下はじっと私を見つめる。
目が合ったので胸がドキッとした。
「わ、私の顔に、な、何かついていますか?」
「あ、す、すまない。い、いや……そうではなく……」
殿下は言いづらそうに口ごもる。
「そうではない? 気になります」
「……」
「殿下!」
私の呼び掛けに殿下は「うっ……」という顔をした後、ようやく口を開いた。
「顔色がだいぶ良くなったな、と。それと、そのアメリアの……身体……が」
「身体、ですか?」
私が首を傾げると殿下は照れくさそうな様子を見せる。
「初めて会った時のアメリアは、その……今にもポキッと折れてしまいそうだった……」
「!」
なるほど! つまり殿下は肉付きが良くなったと言いたかったのね!
ようやく納得したわ。
年頃の令嬢を前にして“太った?”なんて聞けないものね!
「それは、殿下のご飯のおかげです!」
「い、いや、そこは料理人の腕だろう」
「いいえ、そもそも私の為にご飯を用意する手配をしてくれたのは殿下ですよ?」
「……それは、そうだが……」
そうだわ!
私はどうせならこの機会に、どうして殿下が私の境遇を知っていたのかを聞いてみよう! と思った。
「あの、殿下。実はずっと気になっていたのですがー……」
と、私が話を切り出したまさにその時───
「二人でそんな所でコソコソと何の話をしているんですの?」
「!」
(こ、この声は───……)
「バドゥルフ公爵令嬢……また君か」
「また君か、ではありませんわ、マクレガー様! 何度申し上げたら分かって頂けるのです?」
私がそうっと振り返ると、そこに居たのはリュミエリーナ様。
(出たわね! 悪役令嬢、リュミエリーナ様!)
悪役令嬢の今日のお言葉は何かしら?
───マクレガー様、そんな身分の低い女にどうしていつも構うのですか?
やっぱり、この辺りかしら?
「分かる? ……何の話だ?」
「ですから! マクレガー様、そんな身分の低い女にどうしていつも構うのですか?」
(おぉ、当たったわ!)
───その女は男爵令嬢という身分こそ持っていますが、元平民! しかも母親は男爵の愛人ですわよ!?
確か次はこんな感じ?
「君には関係ない」
「関係ありますわ! 私はマクレガー様の婚約者候補筆頭! 対してその女は男爵令嬢という身分こそ持っていますが、元平民! しかも母親は男爵の愛人ですわよ!?」
(おぉ、また当たったわ)
でも、セリフが当たったのはいいけれど、私が書いた話だと悪役令嬢にこうして詰め寄られたマクレガー殿下は既にもうこの時にはアメリアに好意を持っていた。
決して今のように犬と飼い主というワンワン関係では無かったから───
「アメリアに向かってそんな事を言わないでもらおうか」
そうそう。殿下はアメリアをバカにされてそう憤慨する───
……ん? 今、殿下怒った? それに、そのセリフは……
「元平民? 愛人の娘? 男爵令嬢? そんなものでアメリアを語れると思うな!」
「まぁ、嫌ですわ。マクレガー様、本当に何を……」
「ふっ、そうやって私のアメリアを貶す発言を平気でするそなたが婚約者候補筆頭か。笑わせてくれる」
そう言って殿下は冷たく笑う。
「マ、マクレガー様……? なぜ怒るのです? それに私のアメ……リア?」
(ひゃぁぁぁ!? やっぱりそのセリフ! 殿下! 何故そこで“私の”なんて付けてしまったのーー!?)
言い合いを始めた殿下とリュミエリーナ様の横で私の内心は大混乱に陥っていた。
間違ってはいない……物語通りなら確かに殿下のこのセリフは間違ってはいないのよ!
しかも、ここでそのセリフを聞いたアメリアは、
(え? もしかして殿下は今、“私のアメリア”って言った……!?)
ってトキメキを覚えて殿下の事を意識する大事なシーンだから!
でも、それは二人が穏やかに恋愛を育んだからこそ出てくるセリフ!
なぜ、犬と飼い主というワンワン物語化し始めている今、そのセリフを……恋愛エピソードのセリフを使ってしまったの!? 使ってはダメでしょう!?
(恥ずかしい……やっぱり恥ずかしい! 穴があったら入りたい!!)
すっかり私はトキメキではない意味で心臓をバクバクさせていた。
そんな私の気も知らず二人は言い合いを続けている。
「……私の大事なアメリアを貶されて怒らないはずが無いだろう?」
「大事!? そ、そこの女…………ひっ! ア、アメリア様が……?」
リュミエリーナ様は殿下に睨まれて“そこの女”とすら言わせて貰えなかった。
(だから、殿下! 何故そこでも“大事”とか言ってしまうの!)
……あぁ、もう! 飼い主が過保護すぎる!
「な、なんて事なの……マクレガー様がすっかりそこのお……いえ、アメリア様に騙されて洗脳されてしまっていますわ……これは由々しき事態!」
殿下の言葉を受けてリュミエリーナ様は顔を青くして震え出す。
「洗脳だと? バドゥルフ公爵令嬢。何を意味の分からない事を言っているんだ?」
「いいえ……洗脳です。このままではいけないですわ……ここは私が何とかしなくてはなりません!」
(あら? リュミエリーナ様のセリフが知らないセリフになったわ)
「殿下、ご安心下さいませ! 私が必ずそこのお……アメリア様の化けの皮を剥がしてみせますわ!」
「おい! バドゥルフ公爵令嬢!!」
リュミエリーナ様はそれだけ言って小走りに去って行った……のだけれど。
(───え?)
私とすれ違う瞬間、リュミエリーナ様は小さな声で独り言を呟いていた。
───ここは、あの方に協力を頼まなくては!
(あの方?)
そんな重要そうな人物ってこの物語に他にいたかしら?
何だか私の胸がザワザワした。
応援ありがとうございます!
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