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第9話 王子様が(不器用に)世話を焼いてきます

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「アメリア、今日の分だ」
「あ、ありがとうございます!」

  気付けば、殿下が私の事を“アメリア”と呼ぶようになっていた。
  そして、初めてお弁当(?)を持って来てくれた日から、彼は学院の休みの日以外は欠かさず私にこうして差し入れをくれる。

  きゅるるるる……

  (ま、また私のお腹ぁぁ!?)

「!!」
「ははは、相変わらずそっちは正直なんだな」
「うぅ……」

  (だって、美味しいんだもの!)

  いい所で私のお腹が鳴るのももう何度目なのか。
  恥ずかしくて俯いていると、殿下が優しく私の頭を撫でた。

「!?」

  びっくりした私はそっと顔を上げる。
  殿下は優しく微笑んでいた。

「いいから、しっかり食べて今日も元気に過ごせ」
「殿下……」
「それと、明日は休みだからな。これも……」

  そう言って殿下が一緒に渡してくれた物は、焼き菓子。これも王宮料理人のお手製だという。

  (学院が休みの前には必ずこうしてお菓子までくれるのよね)

  やっぱり、殿下は私が男爵家でまともな食事を取っていない事を知っている?
  昼食は学院の食堂で自由に食べられる事から、私の朝と昼の食生活はだいぶまともになった。

「ありがとうございます……」

  私が目を見つめながらお礼を言うと、殿下は少し頬を赤くしてパッと視線を逸らしながら言った。

「り、料理人が言うには、今日のご飯は、み、見た目も意識して可愛くした、そうだ」
「……見た目を?  何故ですか?」

  言い方はアレだけどお腹に入れてしまえば何でも同じ……

「その、あれだ。アメリアが毎朝、美味しいと言って喜んでいる事を伝えたら料理人はそれが嬉しかったようで……な」
「え?」
「可愛いお嬢さんには可愛い物を!  と、張り切り出した」
「まぁ!」

  ──あれかしら?  前世で言うところのキャラ弁?

  (“可愛いお嬢さん”と言うのは照れるけれど)

  開けるのが楽しみだわ、と思った私は、ふふ、と小さく笑う。
  すると、殿下はますます照れくさそうにしながら言った。

「そして、き、今日は、わ、私も少し……手伝った!」
「…………手伝っ……た?」

  誰が?  殿下が?  王子様が!?
  こんなの驚かずにはいられない。

「な、何故ですか?」
「決まってる!  アメリアの喜ぶ顔が……もっと見たかった……からだ」
「で、殿下……」

  何故か弱々しくなっていく語尾。殿下のその言葉に私の顔も赤くなる。
  私達は互いに真っ赤な顔で見つめ合う形になった。

「……」
「……」

  そんな私達にルベンス様からコホンッと声がかかる。

「あー……すみません。甘酸っぱい空気を出すのは構いませんが、早く食べないと授業に支障が出てしまいますよ?」
「「!!」」

  その声にハッとした私達は慌てて顔を逸らす。
  そして、私は慌ててお弁当を開ける。

「……わぁ、本当に可愛い!」

  栄養バランスの良さはいつもながら当然だけど、今日のお弁当はわざわざ具材をハートや星型にしたりと随所に工夫が見られた。

  (可愛くとはこういう事ね)

「あら?  でも、たまに妙な形の物があるわ」
「!」
「……これは何の形……ん?」
  
  そこまで口にしてハッと気付く。
  目の前で優しく微笑んでいた殿下が急にソワソワしている。
  これはまさか……

「殿下……」
「……私が、手伝ったやつだ」

  (でーすーよーねー!?)

  どうしましょう?  ついうっかり、妙な形とか言ってしまったわ。
  だけど、いまいち何の形なのか分からなかったんだもの。

「あの、こ、これは……」
「犬だ」
「……え?」
「だから、犬だ!  犬の形にしたかった!  ……ならなかったが」

  殿下の最後の少し悲し気な呟きに、部屋の隅でブホッと吹き出す声が聞こえた。
  どうやらルベンス様が耐えられなくなったらしい。

「料理人にも犬には見えない。何かの残骸にしか見えない、と言われた……が」
「……」
「犬なんだ!!」

  殿下は大真面目な顔でそう叫んだ。


  わぅーーーん!


  再び、私の頭の中にモフモフのワンコの姿が浮かんだ。

  (殿下のその犬への執着は何なのーーー!?)

  言われなければ犬になんて見えない……いえ、言われても全く見えないけれど、自分では料理なんてものをした事が無い王子様が……私を喜ばせようと何て無茶な事を……

  (きっと料理人は冷や冷やしただろうし、周りも必死に止めたんだろうなぁ)

  でも、きっとこの方は強引に押し切った……

「殿下、怪我はしていないですか?」
「ん?」
「慣れない事をして、手を切ったりはしていませんか?」

  私はそっと殿下の手を取る。
  とりあえず、見た所怪我は無さそうで私は安心した。

「当たり前だ!  怪我などしたらまた次に手伝えないだろう?」
「……!?」

  まさか!  次も手伝うつもりなの?
  私はその事に純粋に驚くも、何だか胸の中がホワホワして来て私は笑顔になった。

「殿下、ありがとうございます!  本当に本当に嬉しいです」
「……っ」

  (殿下の気持ちがとにかく嬉しい)

「い、いいから食べるんだ。時間が無くなる」
「そ、そうですね……いただきます!」

  先程より顔が赤くなった気がする殿下に促された私は慌てて手を離して、再び笑顔でお礼を言ってからそのお弁当を美味しく頂いた。

  
  ……だけど思う。私の書いた物語はあくまでも恋愛ストーリーのはずで、決して飼い主と犬の心温まるワンワン物語では無かったはずなのに……

  (でも、これ私……どう考えてもすっかり餌付けされてるわよね?)

  自覚はある。自覚はあるのだけど!

  ───私が書いたはずの物語の行き着く先がさっぱり分からなくなった気がした。





  ちなみに、殿下の良い飼い主っぷりはこうして餌……という名の食事のお世話だけでは無かった。

  
  せっせと毎日お弁当を貢いで来る殿下は、ある日私に言った。

「──アメリアは身分の事もあって周囲からは軽く見られがちだろう?  それなら、文句を言われないようにすればいい」
「えっと?」

  戸惑う私に殿下は続ける。

「“どうせ、ろくに勉強も出来ずマナーも身に付いていない平民上がりの男爵令嬢”……アメリアの事をそう考えて甘く見ている連中を徹底的に見返してやるんだよ」
「どうやってですか?」

  私は“ヒロイン”という立場ではあるけれど、特殊な力なんて持っていない。
  なんなら創作者でもあるのになんのチートも無い。
  そんな私が周囲を見返す?

「私がアメリアの勉強を見る。マナーやら他の事に関してはルベンスや他の側近を貸そう」
「…………え!?」

  (何この展開!?)

「この学院での試験の結果は重要なんだ。自分達の将来に繋がる場だからな。みんな良い成績を取るために必死で勉強している」
「え?」

  (……そんなスパルタな学校の設定だったっけ!?)

「そんな中で、どうせ落ちこぼれだろうと思われていたアメリアが優秀な成績を修めてみろ。よほどの分からずやの阿呆ではない限りは考えもだいぶ改めるだろ」
「!」

  本当は学業の結果だけが全てでは無いのだろうが、誰の目に見ても分かりやすい事から、結果だけ見て人を判断する単純な奴らは多い。まずはそいつらを黙らせる。
  そして、それとは別に結果に向けて努力した事を見てくれる人は必ずいる。そういう人を見つけて自分の味方につけるんだ。
  と、殿下は言う。



  (何で……どうして殿下はここまで?)

「どうして、そこまでしてくれようとするんですか?」

  そう聞かずにはいられなかった。
  そんな私の質問に殿下は優しく微笑みながら……

「言っただろう?  私は、アメリアを放っておけないのだと」

  そう言って私の頭をそっと優しく撫でた。


  ───あぁ、王子様はとことん飼い主気質なのね。
  私はそう思った。

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