【完結】“つまらない女”と棄てられた地味令嬢、拾われた先で大切にされています ~後悔? するならご勝手に~

Rohdea

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第42話 ボコボコにされる男

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◆◆◆


  何やら階下が騒がしいなと思った。
  ギャーとかワーとか何を騒いでいるのか。

  (まぁ、俺には関係な──……)
  
「見つけたぞ、ティモン・モズレー……!」
「ひぃっ!?」

  突然、ムキムキした筋肉を持ち、歳は父親とそう変わらないくらいに見える男が、俺の名を叫びながら俺の部屋に乱入して来た。

「!?!?」

  (だ、誰だ!?)

  だが、どこかで見た顔だと思った。
  子供の頃に見かけた事がある顔……のような?  

  (いや、それよりも怖い……な、なんなんだこのムキムキは!  鍛えすぎだろ!)

  アクィナス伯爵家で惨めに追い返された時の事を思い出す。
  あの時の顔の傷が凄かった強面の大男も怖かったが……こっちは……

  (───もっと、危険だ!)

  俺の本能が  逃  げ  ろ  !  と言っている。
  俺は部屋から逃げる為に駆け出そうとする。しかし……

「逃がすか!  小僧!」
「!?」

  相手は素早くてあっという間に回り込まれて距離を詰められてしまう。

「ひぃぃっ!?」
「お前……お前だけは絶対に許さん…………この外道!  我が愛娘……リーファの受けた痛みを思い知れぇぇーーーーー!」

  (ま、愛娘……リーファ?)

  ──あぁ、この男はアクィナス伯爵なのか…………!

  ようやく、このムキムキした男がリーファの父親……アクィナス伯爵本人だと分かる。
  領地に行っていたのではなかったのか?
  そして、ここ数年は顔を見る機会が無かったからすぐには思い出せなかった。
  ……だが!
  うっすら記憶に残っている子供の頃に見かけた時の記憶ではこんなにムキムキしていなかった!

  (ま、待て……!  何でだよ!  人相から何から何まで変わりすぎだろ!?   それより、や、殺られる……!)

  命の危険を感じたその時、リーファの父親であるアクィナス伯爵……ムキムキした男の渾身の握り拳パンチが俺の顔をめがけて飛んで来た。

  
 
────



  この日は朝から最悪だった。

  あの屈辱の官僚試験の合否発表の日から、リーファへの暴力行為の件で俺は連日取り調べを受けている。
  リーファの証言、マーギュリー侯爵が持っていたドレスに残っていた足跡の記録。リーファの怪我の診断書。俺の履いていた靴との照合もされてしまい、もう言い逃れは不可能だった。

  (……なんでリーファはアレが同じ靴だと分かったんだよ!)

  あれは記憶がいいとかのレベルの話では無いだろう!?
  リーファは地味でつまらない女じゃなかったのかよ!?

  この件で、いつだって俺に甘かった父上は怒り狂った。
  そして、父上自身も侯爵から訴えられており、どうにか金を集めようと今、必死に足掻いているが結果は思わしくないらしい。
  今、社交界では“モズレー”と聞くだけで嘲笑されるらしい。
  そのせいで、母上に泣かれ、兄二人には殴られ、使用人も俺には近付かなくなった。
  取り調べ以外での外出も禁止となった。

  (ちくしょう……!)

  本来なら今頃、ティモン・モズレーという俺の名は“天才”として世間に広まっていくはずだったのに……
  天才の代わりに、
  
  “暴力男”
  “女性を利用するだけ利用して棄てた最低男”
  “勘違い浮気男”
  “二次試験に落ちた男”
  “ただのバカ”

  そんな呼ばれ方と共に俺の名が大きく広がっていると聞いた。
  そして、俺は合否発表の前日に行われていたパーティーでローゼが色々やらかしていた事を今になって知った。ローゼの様子がおかしかったのはこれだったのかと今になって理解した。
  
  (……ローゼのやつ……この俺様を巻き込みやがって!)

  だから、あの合否発表の日はあんなにも野次馬が多かったのかと思うとローゼが憎い。

  ──ティモン、あなただけよ?

  そう言っていたくせに!
  リーファに好意を持つ男を片っ端から誘惑して関係を持っていただと!? 
  その中でもあっさりローゼの誘惑に堕ちたと言われている俺は“チョロい男”とも呼ばれているんだぞ!?

  (ふざけるな!  この俺がチョロい!?)

  どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって!

「……」

  ───最初からリーファを選んでいれば……こんな事にはならなかったのだろうか?
  あんなに俺に惚れていて尽くしてばかりいたリーファ。
  リーファには俺しかいないんだから浮気ぐらい目をつぶると思っていたのに。
  どんだけ潔癖だったんだって話だ。

  ───ティモン・モズレー、リーファはお前なんか眼中に無い!  リーファの中でのお前は虫以下だ!

「……ぐっ!  虫以下……」

  侯爵のあの言葉がよみがえってくる。
  リーファには気持ち悪いとまで言われた。

  (……リーファ)

  リーファは侯爵の前で見たこともない顔で笑っていた。
  実はあんなに綺麗だったと知っていれば……もっと早く俺の女に……!

  浮かんでくるのはそんな後悔ばかり。



「───ティモン」
「……兄上?」

  モズレー伯爵家の跡継ぎの上の兄上が俺の元にやって来た。
   この上の兄上は、騒動のせいで婚約者に逃げられた。その事もあり俺は今、兄上から猛烈に恨まれている。

「──マーギュリー侯爵家とアクィナス伯爵家からの慰謝料請求はまだ来ていない……が、父上とお前を除く皆で今後の事を先に話し合った」

  (は?  何だと!?)
  
「……なぜ、そんな大事な話し合いに俺を除くのですか!」
「そんなの決まっている!  お前が愚鈍だからだろう!! 」
「ぐっ……」

  酷いぞ兄上!  なんて言い草だ!
  
「向こうの要求次第によっては変更もあるかもしれんが、父上には責任を取って当主から降りてもらう」
「え?」
「それから母上は離縁するつもりだそうだ。それで父上はこの家から追い出される事になる」
「は?」
「忘れたのか?  もともと、モズレー伯爵家は母上の血筋。父上は入婿だ」
「……」

  い、嫌な予感がする。
  父上ですらそうなるのなら、俺は……?  俺はどうなる?

「お、俺は?」
「ははは、ティモン。好き勝手に遊び歩いていたお前には、“貴族”という枠組みは窮屈だったのだろう?」
「あ……にうえ?」

  兄上がとってもいい顔で笑う。だが、その目の奥は笑っていない。

「俺はこれから、社交界で笑い者になっているモズレー伯爵という立場を背負っていかねばならなくなった。お前と父上のせいでな!  だからティモン。お前のこれからは───」




─────



「ぐはぁっ!」

  伯爵のムキムキのとんでもない力で殴られたせいで、俺は部屋の端まで勢いよく吹き飛んだ。
  くそっ……やっぱりムキムキはダメだ……ムキムキは……

  (めちゃくちゃ痛てぇ……)

  口の中が切れたのだろうか、血の味がする。
  あぁ、これ鼻血も出ているだろう……
  殴られた左頬の痛みは尋常ではない。

「リーファの話だと、拳で殴った後の小僧は蹴りにしたそうだな?」
「……っ!?」

  ま、まさか、アクィナス伯爵は俺があの日にリーファにした事を再現するつもりなのか!?
  俺の顔からは血の気がどんどん引いていく。

「うちの可愛い愛娘は記憶力が良くてなぁ……詳細に語ってくれたよ」
「!」

  また、記憶力!  
  リーファ!!

「とっても怖くて痛かっただろうになぁ。小僧!  リーファは貴様に暴行された時の事をとってもよく覚えていた」
「……っっっ!」
「と、いうわけでそっくりそのままやり返してやろうと思っているのだが、困った事に私はリーファほど記憶力がよくない。残念ながらすでにうろ覚えだ。だから間違うかもしれん」
「……ひっ!?」
「それから、ちょっぴり加減を知らない……許せ!」

  伯爵が不敵に笑う。
  いやいやいや、ちょっぴりとかいう問題じゃないだろ!?
  ムキムキ……ムキムキだぞ!?   自分の腕とか足とか見てみろよ!
  お、俺……死ぬんじゃ……?

「誰か……」

  (はっ!  それよりも俺がこんな暴行を受けているというのに、どうして誰も助けに来ない……?)

  いや?  そもそもとして、伯爵が俺の部屋に来れたのは……

「俺……売られた……?」
「小僧。一つ言い忘れていた。先程、慰謝料の請求書をモズレー伯爵に渡してきたぞ。真っ青な顔でプルプルしながら受け取っていたな。そんなに感動する内容だったのだろうか?  そして貴様へのこの行為はその中に含まれている我々の要求の一つだ」
「……ふく、まれている?  これ、が?」
 
  俺をボコボコにすることが……か?

「そうだ!」

  伯爵はとてもいい笑顔で笑った。
  
「だから、遠慮はしない。覚悟しろ!」
「ひぇっ!?  や、やめ……う、うわぁぁぁぁぁーーーー」

  伯爵が再び不敵に笑ったと同時に俺は叫んだ。
  そして、こちらもまた筋肉のありそうな伯爵のガチガチの太い足が俺に向かって────……
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