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6. ほっといて……くれない
しおりを挟むヴィンス様と私の関係は終わったのだから。なので今、私の発した言葉に間違いはない。
なのに……
「ミリア……それは無理な相談だね」
「え!」
目の前の黒ヴィンス様は、首を横に振りながらそう言った。
「ど、どうしてですか!」
「どうして? って、今、ミリアが言ったじゃないか」
今、私が言った? どの言葉のこと?
私は内心で首を傾げる。
黒ヴィンス様は言う。
「───僕は“聖女の婚約者”なんだって言っただろう?」
だって、王太子殿下にはもうお妃様がいらっしやるのだから、“聖女”と婚姻を結べる王家の男性はヴィンス様だけだもの。
だから、彼は聖女の婚約者。何も間違っていないわ。
「そうです。国王陛下並びに王族の皆様の前で私は聖女を解任されて、新しい聖女としてレベッカ様が……」
「違う! 聖女は君だ! 君だけなんだ、ミリア!」
「……っ!」
黒ヴィンス様が少し声を荒らげた。
そのきっぱりとした口調のせいで、私の方がたじろいでしまう。
「ヴィンス様……な、何を言っているのですか? レベッカ様は私なんかよりもとても優れた未来視が出来ます。それに私は……私はもう……」
───もう視えない。
だから、解任されて当然なの。
「ミリア、それは違う」
「違う? でも……」
「確かに彼女は僕らの前で驚くほど色んな事をズバズバと言い当てていた」
(やっぱり、そうなんだ……レベッカ様の力はそんなにも凄いのね)
だから、国王陛下や王太子殿下達もレベッカ様をあんなに……
皆から向けられた冷たい瞳……あの光景が私の脳裏に甦る。
「だが! 僕は思った。あれは……あの女の語っている未来視は───」
「も、もう、これ以上は、き、聞きたくないです!」
私はヴィンス様を突き放した。
「ヴィンス様……だから、もう……か、帰って下さい!!」
「え! ちょっ……ミリ……」
私は黒ヴィンス様の背中を両手で押して無理やり店の出口へと押し出そうとする。
「そもそも、お、お花を購入されない方は、当店のお客様ではありませんので! これ以上、長居されると迷惑です!」
「ミ、ミリア……」
「それからヴィンス様。これだけは覚えておいて下さい。ゆ、夢見の聖女ミリアはもう居ません!」
───だから私の事は、もうほっといて!
そんな気持ちでグイグイ力を入れて押し出そうとすると、黒ヴィンス様が叫んだ。
「待っ……ミ……くっ! 客だと……? なら、そ、そこの花……えっと、ば、薔薇を一本!」
「は、い? 薔薇?」
なんの事かとびっくりしてしまい、私の手が止まった。
「客! は、花を買えば僕はお客様なんだろう!?」
「え!」
「だから、薔薇を一本買う!」
なんという開き直り方!
私は心底びっくりした。
ヴィンス様はなぜ、そんなにも必死なの?
「ミリア! だ、だから、お願いだからそんな無理やり追い出さないでく…………ください」
「……! ヴィンス様……」
なぜか元気がなくなっていき、最後にシュンッとなった黒ヴィンス様の様子に心が揺れてしまい、とりあえず出口に押し出すのはやめた。
それにたとえ、一輪だろうとお客様ですと言われてしまえば、無下には出来ない。
「では、こ、こちらの赤い薔薇でよろしいですか?」
「うん。ありがとう」
私は黒ヴィンス様が指さしていた薔薇を一輪、手に取って見せると彼は頷いた。
そしてお金を受け取り、そのまま薔薇を渡そうとしたのだけど、何故か黒ヴィンス様は受け取ってくれない。
「ヴィンス様?」
「……」
黒ヴィンス様がじっと私を見つめてくるのでドクンッと胸が大きく跳ねた。
(な、何……?)
「……ミリアに」
「え?」
「その薔薇はミリアに贈るよ。貰ってくれないか?」
「ヴィンス……様?」
私が驚きで目を大きく見開いて黒ヴィンス様を見つめ返すと、彼は少し照れたように笑った。
「だってさ、昔……約束しただろう?」
「やく……そく……」
「ミリア、覚えてる?」
そう言われて思い出す───
まだ、私が王宮に上がったばかりの頃にヴィンス様とした会話だ。
確か、王宮の庭園を一緒に散歩していた時に私が、“薔薇の花”が欲しいのですと口にした、あの時……
『薔薇の花?』
『はい! 本で読んだのですけど、贈る本数によって色々意味があるそうなんですよ』
『へぇ……』
ヴィンス様は興味が無いのか、その一言で終わってしまった。
私は少し落ち込んだ。
(そうよね、興味のない話題をされてもつまらないわよね……)
そう思った私が必死に頭の中で次の話題を考えていたら、ヴィンス様が訊ねてきた。
『コホッ…………えっと、ミリアは何本欲しいの?』
『え……?』
『今、そこの薔薇を全部刈り取るわけにはいかないから無理だけど、いつかミリアの欲しい数だけプレゼントしたいなと思って……だから聞かせて?』
『ヴィンス様……』
なんて優しい人なのだろう。
彼にとって私は、聖女だからと無理やり決められた婚約者なのに……と、その時、すごく胸がときめいた。
(─────まさか、あの時のことを覚えていて……!?)
過去を思い出して意識してしまったら一気に顔が赤くなってしまう。
何だか耳まで熱くなって来た気がする。
「ミリアの顔が……」
「……っ」
そんな私の顔を見た黒ヴィンス様がどこか嬉しそうに微笑む。
(そういえば、私はあの時……何本欲しいと答えたんだっけ……?)
それぞれの本数の意味は浮かんでくるのに、何だかその辺の記憶があやふやだ。
「……ミリア。今日は一本で申し訳ないけど貰ってくれる?」
「ヴィンス様……」
「ミリアに貰って欲しいんだ」
まだ、忘れる事が出来ていない大好きな人にそんな事を言われて「いらない」なんて私には言えない……
レベッカ様に申し訳ないと思いながらも、私はそっと一輪の薔薇を受け取った。
(今日だけだから)
そうよ。これを最後の思い出にすればいい。
薔薇の花一本の意味は“一目惚れ”“あなたしかいません”
……どちらも違う。期待なんかしちゃいけない! これはたまたま購入しただけなんだもの。
自分の胸にそう言い聞かせた。
私が薔薇を受け取った事に安堵した黒ヴィンス様は、柔らかく笑いながら言った。
「……驚かせてごめん。今日はもう帰るよ」
「え? あ……はい」
「仕事、無理するなよ。ミリア」
ヴィンス様はそう言って優しく私の頭を撫でた。
(────あ、れ?)
その時にチラッと見えた黒ヴィンス様の腕には、真新しい様子の傷がいくつも見えた────
(ヴィンス様にあんな傷あったかしら? なんだかとても痛々しい……)
その傷に気を取られていた私は黒ヴィンス様が「また来るから」と言い残していた事を全く聞いていなかった。
ついでになぜ髪が黒くなっているのかも聞き忘れていた事に後になって気付いた。
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