【完結】役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません

Rohdea

文字の大きさ
10 / 34

第10話 癒しの力

しおりを挟む


  私に起きたこの謎の現象が誰かの手によるもので、使われたのは人を呪い殺す黒魔術──……

「ルキア!」
「でも、そうだとするとおかしいのです」
「え?  おかしい?」

  苦しそうな顔をしていたシグルド様は、私の次の言葉の意味が分からなかったようでポカンとした。
  
「私、生きています」
「え?  あ、あぁ。生きている……な」

  私は本のある部分を指でさしながらシグルド様に説明をする。

「……この本に書かれているここによると、この黒魔術の死の呪いを受けた者は、まず魔力を奪われます。次に身体の自由や思考力……と、少しずつ奪っていき最後は死に至るようです。しかし、それらは全て1週間以内の間に完了する、とも書かれています」
「!」

  私が倒れてからとっくに1週間を過ぎている。
  つまり、本当に私がこの呪いを受けたのなら、私は既に命を失っていなくてはおかしい。
  だけど、私は生きている。
  ついでに言うなら魔力と癒しの力を失くしただけで身体は健康そのもの。
  高熱が下がった後、たくさん検査してお医者様にもそう診断されている。

「ならば、ルキアが受けたものは“死の呪い”では無い、のか?」
「……似て非なるものかもしれません」
「だとすると、本当に何なんだ!?」
「分かりません……」

  さっぱり分からないので、私も首を横に振る事しか出来ない。


  ──結局、謎が深まっただけで答えは得られず、この日の書庫での閲覧は終了する事になった。



*****



  それからも、シグルド様と時間を見つけては書庫に籠る日々が続いていた。
  そして、王宮では少しずつ少しずつ、ミネルヴァ様のまいた種が育っているのか、私を見る皆の目が前と変わって来た気がする。

  (それだけではないかな。私が癒しの力を皆の前で使わなくなったのも大きいかも)

  力を失う前の私は、定期的に騎士団を訪問して彼らの傷や疲れを癒すという役目を担っていた。
  当然、今の私にそれは出来ない。騎士団への訪問を控えたいと騎士団長に伝えた所、当然だけど明らかに不満そうな顔をされた。
  そして、その役目は当然ミネルヴァ様が引き継ぐ事になった──……

  ───最近、未来の王太子妃は仕事をしない。役立たずになった!
  ───ミネルヴァ様の方が、よっぽど未来の王太子妃としての仕事をしているのでは?

  そんな声ばかり聞こえてくるようになった。
  黒魔術を疑ったあの後も結局、私の身体は元気そのもの。でも力を失った原因は不明のまま。
  そろそろ、公表せずにこのままでいるのは限界なのかもしれない。

  (ミネルヴァ様のあんな発言さえ聞かなければ、とっくに身を引いていたのだけど)

  でも、今の私が何も出来ない事に変わりは無いけれど、このまま黙って身を引く事が本当に正しい事なのかよく分からなくなってしまった。



「あら?  そこに居るのは…………こんにちは、ルキア様」

   そんな時、凄いタイミング。
   後ろから私に声をかけて来たのはミネルヴァ様だった。

「こんにちは、ミネルヴァ様……ってあら?」

  だけど、振り返った私は驚く。
  今日のミネルヴァ様は一人では無かった。

「どうもこんにちは、ルキア様」
「……ブラッド様、こんにちは」

  ミネルヴァ様と共に居たのは、ブラッド・ハーワード公爵令息。
  王弟でもあったハーワード公爵の息子なので、シグルド様とは従兄弟という関係。

  (なんで二人が一緒に……?)

「私、ブラッド様に頼まれて騎士団に行って来た帰りなんですよ」

  ミネルヴァ様がニコニコした笑顔でそう語る。
  チクッと私の胸が少しだけ痛む。

「そうなんですよ、ほら僕は騎士団の責任者の任を父から引き継いだので」

  (責任者……あぁ、そういえばそうだった)

  ブラッド様のその言葉で私はようやくその事を思い出した。
  私が騎士団に赴く時は、何故かいつもシグルド様が付き添ってくれていたから、すっかり失念していたわ。

「ふふふ、騎士団の皆様、優しい方ばかりで、毎回すごい感謝されていますの。私の事を女神様!  ですって。もう大袈裟ですわよねぇ」
「そうでしたか」
「それに、ここだけの話ですけど……ふふ。ルキア様の施したお力よりもとかで、私が来る事を大変喜ばれていますのよ」

  (……!)

  私はその言葉を聞いて、ショック……では無く不信感を覚えた。

「待って下さい!  ミネルヴァ様、それって……」
「え、急に何ですの?  痛いですわ」

  私は思わず彼女の腕を掴んでしまい、ミネルヴァ様は眉をひそめた。
  
「ご、ごめんなさい。だけどあなた、まさか彼らの傷や怪我を全て力で治してしまっているの?」
「え?  何を言っているんですの、ルキア様。そんなの当然ですわよね?」
「!」

  その返事を受けて私は慌ててブラッド様の方を見る。
  彼は何か問題でも?  という顔をして首を傾げていた。

  (何で!?)

  シグルド様は一緒に治療に向かう時、私にいつも言っていた。
  “癒しの力”で全ての傷や怪我を治しては駄目だ、と。
  もちろん、力での治療が必要な傷は全力で治すべき。
  でも、力を使わなくても治る傷や怪我は彼らの自然治癒力に任せるべきだと。
  全ての傷や怪我を“癒しの力”を使って治してしまうと、彼らの自然治癒の力を奪ってしまい、結果、衰えさせる事に繋がってしまうから、と。
  実際にこの話は魔術の研究を専門としている人や医者からも言われていた話。

  どんな特殊な力があったとしても、全てをそれらに頼るような“当たり前”を作ってはいけない。
  だって、特殊な力は全ての人に発現するものでは無いから。

  (癒しの力だって私が数年ぶりに発現したと聞いている。常に持っている人がいるわけではない……)



『ルキアはちゃんとその取捨選択が出来る人だと私は信じてる』

  シグルド様はそう言ってくれていつも優しく私の治療を見守ってくれていた。

  (責任者でもあるブラッド様が何も言わないのなら、すでに役目を降りた私からは何も言えない……そんな権限は無い)

  でも……強制は出来ないけれど忠告をするくらいなら……

「ミネルヴァ様。ご存知ですよね?  全ての傷を力で治してしまうのは今後の彼らの為にも良くない事なのだと!」
「はぁ~?」

  ミネルヴァ様は明らかに不満そうな顔を見せた。

「ですから、自己で治癒出来るような傷や怪我は……」
「~~ルキア様!  もうルキア様はお役目を降りられたんですわよね?」
「え、ええ……」
「でしたら、口出しは無用ですわ!  私には私のやり方がありますの。ですから黙っていて下さいませ!  ねぇ、ブラッド様?」

  予想はしていたけれど、やっぱりミネルヴァ様は聞く耳を持たない。
  そして、話をふられたブラッド様も困った顔を私に向ける。

「ルキア様、あなたとミネルヴァ嬢は考え方もやり方も違うわけだから、あなたの考えをミネルヴァ嬢に押し付けるのはちょっと……」
「……私の考えを押し付けているのではなく、これはちゃんとお医者様からもはっきり言われている事です。きっとその説明はミネルヴァ様もお役目を引き受ける時に聞いているはずで……」
「えー?  何のお話ですの?  私、そんなの知らないですわ。聞いていませんわよ」

  ブラッド様が眉を顰める。

「聞いていないそうだよ?」
「そんなはず……」

  (ブラッド様だって責任者なら絶対にどこかで言われているはずなのに!)

「はぁ……ルキア様、私、あなたと違って今、私はとーーっても忙しいんですの。だから、そんな事にいちいち時間を割いてはいられませんわ。さっさと治してしまった方が私も楽ですし、皆も喜びます」
「…………ミネルヴァ様、お願いです。私からでなくても構いませんから、ちゃんと話を」
「しつこいですわ!」

  それでも話を聞いて欲しい、と言いかけた私をミネルヴァ様はトンッと突き飛ばした。
  私はそのまま尻もちをつく。

「痛っ……」

  転んだ拍子に足を挫いてしまったのか直ぐに立てなかった。

「あら?  ごめんあそばせ、ルキア様。ふふ、のルキア様はそこがとってもお似合いですわねぇ、まぁ、とにかくもう私のする事に口出しはしないで下さいませね?  さぁ、行きましょう、ブラッド様」
「あぁ」

  (足が……)

  私は、そう言って去って行く二人の後ろ姿を見ている事しか出来なかった。

しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

異世界転移令嬢、姉の代わりに契約結婚の筈が侯爵様の愛が重すぎて困ってます

琥珀
恋愛
セシリアはある日、義姉の代わりにヴェリエール侯爵家へと嫁ぐ事になる。 侯爵家でも「これは契約結婚だ。数年には離縁してもらう。」と言われ、アーヴィン侯爵に冷たくあしらわれ、メイド達にも嫌われる日々。 そんなある日セシリアが、嫁ぐはずだった姉ではない事に気づいたアーヴィン伯爵はーーーーー。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

処理中です...