【完結】役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません

Rohdea

文字の大きさ
27 / 34

第26話 役立たず

しおりを挟む


  (シグルド様……何があったの!?)

  私はミネルヴァ様を無視して、悲鳴の聞こえた方へと走り出す。
  ずっと朝から私の中に燻っていた胸騒ぎはこれだったのかもしれない。

「あ、ちょっと!?  待ちなさいよ!」

  後ろからミネルヴァ様のそんな声が聞こえたけれど、今の私にはそんな声はどうでもいい。
  ミネルヴァ様の声は無視してシグルド様の元に走った。

  (シグルド様!  お願い、お願いだから無事でいて!!)

 「……!」

  人集りはシグルド様の執務室の前に出来ている。そして何やら異様な空気を感じた。
  そんな私は、まず最初に倒れている人達が目についた。
  
  (彼らは!  どうしてシグルド様の護衛達が部屋の前で倒れているの?)

  ドクン、ドクン……と心臓が嫌な音を立てた。
  シグルド様を守るはずの人達が倒れている。それが意味するもの。でも、そんなのは考えたくない。

「ここに倒れている者達はどうやら眠らされているようだ……」
  そんな声が聞こえて来て、更に胸がドキッとする。

  (眠らされている?  それって牢屋の看守と同じでは?)

  つまりシグルド様の護衛を眠らせたのはミネルヴァ様を逃がした人と同一人物?
  私はそう思いながら扉の入口へと近付こうとするけれど、人が多くて全然近付けない。
  早くお医者様を──そんな声が部屋の中で飛び交っているのが聞こえた。
  やっぱり、シグルド様が中で……
  そう思った私はたまらず、大きな声を上げていた。

「お願い、そこの道を開けて!」

  私のその声に扉の前にいた野次馬の人達が驚いて振り返ると、慌てて道を開けてくれた。
  そのまま部屋へと駆け込んだ私が見たのは──……


「シグルド様!!  ……え?  それにブラッド様?」

  部屋の壁にもたれかかるようにして血を流してるシグルド様と、扉の入口付近で同じ様に血を流して倒れているブラッド様の姿だった。

  (な、何があったの?  どうして二人共……)

  共にかなり血が流れているのが分かる。

「っ!  シグルド様!  大丈夫ですか!?」
「……」

  私はシグルド様の側に駆け寄るも反応は返って来ない。息はしているようだけど意識は無さそうだった。

「ルキア様、失礼します」
「あ……」

  その声で振り返るとそこに居たのはお医者様。
  私はシグルド様から離れて診察の様子を静かに見守る事にした。

「これは!  深い傷を負っていますな。それも複数箇所……」
「!」
「とにかくまずは止血を。あぁ、ルキア様そこにいるなら手伝ってくれますかな?」
「は、はい」
「では、私の指示に従って、まずそこの鞄の中から──」

  私は涙を堪えながらお医者様の指示に従う。


───


  お医者様の手伝いをしながら私の心の中は悔しくて悔しくて仕方が無かった。

  (力が……力さえあれば……!!)

  そうしたら、絶対に救えるのに!
  どうして?  どうして私はこんなに無力なの?

  ──ルキア様が力を使えばいいのに。
  ──どうして使わないのだろう?
  ──何故だ?  まさかこのまま見殺しにする気なのか?

  私が力を使えない事を知らない人達からの私に対する不審の声が聞こえてくるけれど、魔力が空っぽの私にはどうする事も出来ない。

  (悔しい……)

「ルキア様」

  名前を呼ばれたので、顔を上げるとお医者様が静かに私を見つめていた。

「……分かっています。次は何をすればよろしいですか?」
「では、こちらを……」

  治療に当たってくれているお医者様は私が高熱を出した時に診察してくれたお医者様なので私が魔力を失った事も力を使えない事も知っている。
  だから、互いに余計な事は言わずに今出来る事をしていく。
  そんな時……

「───これは、何事だ!?」

  (この声は……)

  突然、部屋の入口からそんな声が聞こえて来た。
  慌てて振り返ると現れたのは国王陛下。どこからか騒ぎを聞き付けてやって来たらしい。
  陛下の突然の登場にお医者様以外の皆が頭を下げる中、倒れている二人を見た陛下が叫んだ。

「シグルド!?  それにブラッドまで!  これは何があったのだ!?」

  当然だけど、その声に答えられる人物はこの場には誰もいなかった。
  シグルド様の護衛は眠っているし、シグルド様とブラッド様も意識を失っている。
  この部屋で何があったかは誰にも分からない。

「は、早く、助けろ!  何をしても助けるんだ……!」

  陛下の焦ったようなその声にお医者様は「全力を尽くしております」と答える事しか出来ない。

「……」
「……っ!」

  そんな中、私と陛下の目が合う。
  陛下の目は冷たく“お前が力が使えていればすぐにどうにかなったのでは?”そう言っていた。

  (そんなの私だって!!)

  誰よりも悔しいのは私。
  どうして私は力を失くしてしまったのかと悔やんでも悔やみきれない。

「え!?  や、何これ……」
「!!」

  自分の無力さが悔しくて唇を噛み締めているとまた、新しい声が聞こえる。
  それはミネルヴァ様の声だった。

「殿下。それに、ブラッド様!?  え?  何これ、どういう事!?」

  部屋の様子を見たミネルヴァ様の困惑の声を上げる。

  (そうよ!  ミネルヴァ様、ミネルヴァ様なら力が使えるわ!)

  この際、その力が私から奪ったものかどうかなんて事はどうでもいい。
  ただ、今はシグルド様を助けて欲しい。
  私の気持ちはそれだけだった。
  振り返った私はミネルヴァ様に向かって叫んだ。

「ミネルヴァ様、お願いします……シグルド様を助けて下さい!」

  私のその声に、癒しの力の使い手は他にも居た!
  これで助かるのでは?  部屋の中がそんな期待に溢れた空気になる。

  だけど……

「……な、何でよ!?  何なのこれ」
「……ミネルヴァ様?」
  
  ミネルヴァ様の様子がおかしい。青白い顔のままガタガタ震え出した。

「知らない……こんなの!  こんなに酷いなんて私は!!」

  (───どういう事?)

「ミネルヴァ様?」
「ティティ男爵令嬢!  いい所に来た!  さぁ、早くそなたの力で二人を救うのだ!」

  陛下も天の助けとばかりにそう口にするけれど、

「……無理、無理よ……こんなの無理」

  と、ミネルヴァ様は首を横に振るばかり。
  何かがおかしいと思いながらも私はミネルヴァ様の肩を掴んで揺すぶりながら訊ねる。

「ミネルヴァ様!  何をごちゃごちゃ言っているのですか!?  早くしないと……」
「だから無理よ!  無理だって言ってるでしょ!?  こんな酷い怪我の治療なんてした事無いもの!」
「ミネルヴァ様?  あなたは何を言っているの」

  ミネルヴァ様は必死に頭を横に振りながらそう叫び、ヘナヘナとその場に崩れた。
  その腰は完全に抜けていた。

「だって、こ、こんな酷い事になるなんて聞いてないのよ!  ブラッド様は言ったもの。“殿下が少し怪我するだけ”だからって。それで皆の前でボロボロの格好をしている可哀想な私が怪我を癒して治せば、私が婚約者として、未来の王妃として皆に認められるって……でも、こんな酷いの……無理、無理よー……力なんて使えないー……」

  (ミネルヴァ様は何を言っているの?)

  ブラッド様が言った?  皆の前で怪我を治す?
  どういう事なの?

  ミネルヴァ様のこの様子を陛下を始めとした、集まっている人達も呆然とした顔で見つめている。
  彼女が何を言っているのかはよく分からないけれど、“ミネルヴァ様が力はあるのに癒しの力を使えない”という事だけはよく分かった。

「……」

  細かい事はよく分からない。分からないけれど、ミネルヴァ様は何かを仕組んでいた。そしてその共犯はそこで倒れているブラッド様。

  (ただ、ブラッド様も倒れているという事は彼にとっての予想外の“何か”があったのかもしれない)

  そんな事よりも今は!

「ミネルヴァ様……」

  私はミネルヴァ様の肩を掴んでいた手にグッと力を込めた。

  
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

異世界転移令嬢、姉の代わりに契約結婚の筈が侯爵様の愛が重すぎて困ってます

琥珀
恋愛
セシリアはある日、義姉の代わりにヴェリエール侯爵家へと嫁ぐ事になる。 侯爵家でも「これは契約結婚だ。数年には離縁してもらう。」と言われ、アーヴィン侯爵に冷たくあしらわれ、メイド達にも嫌われる日々。 そんなある日セシリアが、嫁ぐはずだった姉ではない事に気づいたアーヴィン伯爵はーーーーー。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

処理中です...