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10. 一人と一匹からの提案
しおりを挟む「えー……あー、コホンッ。つまり、君は旅行者ではなく……」
「……お恥ずかしながら諸事情により、住む家を失い職探しをしている身です」
「にゃぁ……」
一人と一匹が、早とちりをしてすまなかった……と私に頭を下げていた。
(何故、ティティまで……見ていて可愛いけども)
「いえ、勘違いされるのも無理は無いので……お構いなく」
私の持ち出せた荷物はそう多くない。修道院にいる間も特に荷物は増えなかったから旅行者に見えても不思議では無かった。
「はぁ……これでは、ますますティティのした事が申し訳なくなるな」
「にゃー……」
更に沈んでいく一人と一匹。
(悪い人では無いのよね。ティティも)
「大丈夫です。あ、ですが、申し訳ございませんがもう少しだけ休ませて下さい。お腹が落ち着いたら出て行きますので」
「え?」
「にゃ!」
私がそうお願いするとダグラス様が心配そうな顔で訊ねてくる。
食事中は無表情だったのに今は表情豊かだ。
「休むのは構わないが……行先は決まっているのか? 職探しをしているとも言っていたが」
「いいえ、とりあえず街の宿を取ってそれから考えようとしていた所です」
私がそう答えると、ダグラス様が眉間に皺を寄せて強く首を横に振る。
「あまりこの街の宿は女性一人の宿泊向けでは無いのだが……心配だ」
「ええ! そうなのですか?」
「……」
ダグラス様はそのまま黙り込んでしまった。
「にゃー」
「ん? 何だ、ティティ」
「にゃーーん」
すると、ティティがダグラス様に向かって何かのお強請りを始めた。
その姿も悔しいけど、可愛い。
「は? そんなに気に入ったのか?」
「にゃん!」
「……いい子にするか?」
「にゃー」
「もう強奪は禁止だぞ?」
「にゃ!」
(……? 一人と一匹は何の会話を?)
それよりも、本当に何故、会話が弾むのか疑問しかない。
確かにティティの反応は分かりやすいとは思うけれど……
「……分かったよ。俺もそう思っていた所だ────リディエンヌ殿」
「は、はい!」
「君は今、住む所も仕事も無い、という認識であっているか?」
「はい」
私は頷く。
「では、そんな君に提案が一つある」
「はい?」
(提案?)
「ティティからのとてもとても強い推薦だ」
「え! ティティさんから、ですか?」
「あぁ。断られたら強烈な猫パンチを喰らわされそうだ」
ね、猫パンチ……ちょっと見てみたい…………ではなく!
この提案とやらは、先程の会話の結果……という事かしら?
「ティティの世話係として我が家で働かないか? もちろん、住み込みで構わない」
「にゃーーーん!」
「!?」
ビックリして気持ち悪さが一気に吹き飛んだ。
◇◆◇
「つまり、ティティさんは、本来はあまり人には懐かない猫さんなんですか?」
「そうなんだ。実は俺以外が近付くと凄い勢いで威嚇するんだ」
「にゃ!」
ダグラス様が信じられない事を言っている。
いや、その猫さん捕まえた時も大人しく私の腕の中にいたし、なんならさっきは私の膝の上にいましたよ?
「餌も俺からしか食べようとしない。だから、君にはその、本当に驚かされたんだ。抱っこしていた挙句、膝の上にまで……どうだろう? 考えてみてくれないか?」
「……」
「何より、ティティが君を大層気に入っている。それと俺も猫パンチは困る、あれ地味に痛いんだ」
「ダグラス様、ティティさん……」
その言葉を受けてティティに視線を向けると、まん丸の目と目が合う。
「にゃーーん!」
(か、可愛い……)
モッフモフが全力で誘惑して来た。
「な? ティティもこう言っている。何より君がいてくれたら、いい子になる……もう強奪はしないと約束してくれたんだ」
「は、い?」
いつの間にそんな約束を? と、思ったけれど、これもさっきの会話かと思い直した。
「どうだろうか?」
「……」
ダグラス様はちょっと冷たく感じた時もあったけれど、悪い人じゃないと分かった。
ティティもモッフモフで、何より凄く可愛い。お世話係になるなら、モフモフし放題?
住み込みでと言ってくれたから、住むところの心配もなくなる。ご飯も美味しい……
どう考えてもいい事しかない!
(でも……)
「私のような素性の分からない人間を雇って大丈夫なのですか?」
「え?」
「お見受けするに、ここは貴族の屋敷ですよね。身元不明な私のような者を雇うなんて反対されませんか?」
「……」
「……それに、私は貴族でもありませんから」
私の質問にダグラス様は少し黙り込んだ後、口を開いた。
「リディエンヌ殿。俺は猫好きに悪い人はいないと思っている」
「! ……そういう事では……!」
「そういう事だよ。何よりティティ自身が熱望しているしな。それに……」
「それに?」
「……」
(……! 目が、合った)
ダグラス様の青い瞳がじっと私の目を見つめる。
まるで、心が全部見透かされそうなくらい綺麗で胸がドキッとした。
「リディエンヌ殿はしっかりした教育を受けて来ているように俺は思ったが?」
「え?」
「先程の食事の所作は、思わず見惚れるくらいとても綺麗だったからな」
「!」
「まぁ……その、なんだ。食べ過ぎてはいたようだが」
「…………そ、それは、余計です!」
あまりの恥ずかしさに私がプイッと横を向くとダグラス様は、ははは……と笑った。
(……何よ、笑えるんじゃない!)
「なぁ……リディエンヌ殿。君には何か事情があるのかもしれない。だが、言いたくない事情なら言わなくてもいい。だが、俺もティティも君がここで働いてくれたら嬉しい」
「ダグラス様……」
「君が必要なんだ!」
「にゃーん!」
「!」
“君が必要なんだ”
その言葉に胸が大きくざわついた。
あの国では誰も私を必要とは言ってくれなかったのに?
会ったばかりのこの人とこの猫はそう言ってくれるの?
(嬉しい……胸が……胸の奥がポカポカする)
油断すると涙が溢れそうだったので顔を上げていられず、下を向いたら、
「にゃー」
ティティが鳴きながらトコトコと私の元へと歩いて来た。
「ティティ……さん?」
「にゃーーーーん!」
「……早速、遊ぼうにゃ! って言ってるよ。ティティはせっかちだな」
「……ティティさん」
「にゃ?」
(……本当にとんでもない猫だわ……このモフ猫は!)
「わ、私でいいなら……よろしく……お願い、します」
私は下を向いたまま、声を震わせながらそう言った。
「ありがとう」
「んにゃあ!」
そんな一人と一匹の嬉しそうな声に釣られて顔を上げたら、一人と一匹は嬉しそうに笑ってくれていた。
「……っ!!」
────言いたくない事情なら言わなくてもいい。
────君が必要なんだ!
(───ダグラス様のこの言葉を信じたい)
こうして、私の新しい生活が始まった。
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