4 / 20
第4話 思い出の場所
しおりを挟む昼食を終えて、約束どおり庭の散歩へと向かう。
ロベルトと並んで庭園の前までやって来た。
「ん~、外の空気って、やっぱり最高!」
私は、思いっ切り外の空気を吸い込んだ。
やっぱり部屋にこもってるのは良くないわ。気分が塞いじゃうもの。
「そりゃ良かったな。けど、本当に大丈夫か? 無理するなよ?」
「ふふ、大丈夫よ。ありがとう。でも心配し過ぎよ」
「だってなぁ……」
ロベルトは顔をしかめていた。
やはり、ロベルトからするとまだ色々と心配らしい。
もう身体はどこも痛くないけど……やっぱり頭を打ってるからだろう。
あんまり心配かけちゃいけないな、と思った。
そんな会話をしながら薔薇のアーチを潜ると、迎えてくれたのは色とりどりの花達だった。
「わぁ、綺麗ね! 確かここの庭園はお母様が管理しているのよね?」
「あぁ。伯爵夫妻にとって、ここは思い出の庭らしいから、管理を人任せには出来ないと言ってたな」
「思い出の庭……」
そう聞いて庭園全体を見回す。
お父様とお母様にとってここが思い出の庭なら、絶対私にも何かしらの思い出があるはずなのに、今は何一つそこであった事が思い出せない。
「……」
心にポッカリと穴が空いてしまったような気持ちになった。
本当に私、記憶が無いんだわ……
何とも言い難い不安な気持ちが押し寄せてくる。
「リリア? とりあえずこっちだ」
「え? えぇ」
そんな私の気持ちを知ってか知らずかロベルトは庭の奥へ奥へとどんどん進んでいくので、私はとりあえず慌てて追い掛けた。
すると、大きな木の麓に辿り着いた。
「ここだ」
「……何が?」
何か意図があって連れて来てくれたのだろうか?
よく分からず首を傾げていると、ロベルトがニヤリとした顔で笑った。
あ! また意地の悪い笑みだ!
これ絶対ろくな話じゃない気がするわ。
と、言うより目の前にあるのは木! 木よ……
となると…………
「……リリアが、いつも登っては降りられなくなっていた木だよ」
「うっ!!」
やっぱりだった……
私この木に登ってたの!? 危なくない??
えぇい、本当に何やってるの、私!
あまりのいたたまれなさに、思わず両手で両頬を押さえながら、心の中で自分自身を叱った。
ロベルトはそんな私の様子を全く気にすること無く話を続ける。
「リリアは、この木が好きだったんだろうな。何かあるといつもここに来ていた」
「いつも?」
ロベルトは、あぁ、と呟きながら頷く。
家族でもないロベルトに言われるという事は、相当な頻度で私はここに来ていたという事なのだろう。
──ロベルトともここで一緒に過ごしたのかな?
私は、そっと木を見上げる。
何一つ思い出らしいものは浮かばないけれど、どこか懐かしさだけは感じた。
……私にとってこの木は、どんな存在だったのかしら?
思い出せない事が、こんなにももどかしい。
今の所、記憶が無くて不便だと思った事は……正直ない。
両親も、使用人も……そしてロベルトも事情を知って気を遣ってくれているから。
そのうちそうも言っていられなくなるのは、もちろん分かっているのだけれど。
……記憶が無いって言うのは、こうして誰かと築き上げた思い出すら失くしてしまうんだ。
その事に胸が締め付けられるような思いを抱いた。
そして、ふと気付く。
ロベルトの方に身体を向き直して尋ねた。
「私の記憶を取り戻す手ががりになるかと思って、真っ直ぐここに連れてきてくれたの?」
「……まぁな」
やっぱりそうだった。
「………………で、どうだ?」
「へ? どうって……?」
質問の意図が分からず、首を傾げる。
「何か思い出せそうな事はあったか?」
「…………! あっ、そういう……事ね」
言葉はちょっとぶっきらぼうな所があるけれども、ロベルトはこうして毎日、何かしら無理のない範囲で記憶を取り戻す手助けをしてくれようとしている。
「そう、ね…………ひゃっ!?」
何か記憶の手掛りがないかしら、と思考がそっちに向いてた私は足元が疎かになっており、ズルッと足を滑らせた。
このままでは転んでしまう───
そう身構えたけど、優しく私の身体を抱きとめる温もりを感じた。
「!?」
「危なッ!! おい、大丈夫か?」
ロベルトが、後ろから抱え込むようにして私を支えてくれていた。
「だ、大丈夫……ご、ごめんなさい、ロベルト」
「本当にお前はー……」
慌てて顔だけ後ろに振り返ってお礼を言うと、ロベルトの顔がとても近くにあって、ドクンッと私の心臓が跳ねた。
「!!」
一方のロベルトもびっくりした顔をしている。
「…………」
「…………」
お互い無言でしばし見つめ合う。
すると、お腹の前に回されたロベルトの腕にギュッと力が入った気がした。
「ロ、ロベルト……?」
私の呼び掛けに答えることなく、紫色の瞳がゆっくり近付いてくる。
何故か私はその瞳から目を逸らせなかった。
あぁ、やっぱり綺麗な瞳だわ。
ロベルトの瞳の中に私が映りこんでいるのがよく見える……
そして──お互いの息遣いも感じられるくらい、顔が近付いた瞬間……
ガタンッ!
庭園の入口付近から、大きな音が響いた。
私とロベルトは、お互いビクッと肩が跳ね、至近距離で顔を近付けた状態のまま固まってしまった。
「……っ! わ、悪い……」
「う、ううん、だ、大丈夫……」
そして、ようやく正気に戻り慌てて私達は身体を離す。
「…………」
えっと………………今、何が起きてた? 私達、何をしようとしてた?
ロベルトと見つめ合って、顔が近付いてきて、私は何故か目を逸らせなくて……
そう、まるでキスでもするかのようなー……
~~~~!?
どうしよう……顔から火が出そう。
今の私はすごく真っ赤になってるはず。
あまりの恥ずかしさにロベルトから顔が見れない!
だけど、さっきの物音も気になったのでそっと顔をあげたら、こちらを窺ってた様子のロベルトとパチッと目が合ってしまった。
ドクンッ!
心臓がまた跳ねた。
「リリア……」
「う…………あ……あの、私」
どうにかロベルトに声をかけようとしたその時、
「おーい、リリアーー!?」
(……え? 誰……まさか不審者!?)
1人の男性が私の名前を大声で呼びながら、こちらに近付いて来た。
261
あなたにおすすめの小説
私の何がいけないんですか?
鈴宮(すずみや)
恋愛
王太子ヨナスの幼馴染兼女官であるエラは、結婚を焦り、夜会通いに明け暮れる十八歳。けれど、社交界デビューをして二年、ヨナス以外の誰も、エラをダンスへと誘ってくれない。
「私の何がいけないの?」
嘆く彼女に、ヨナスが「好きだ」と想いを告白。密かに彼を想っていたエラは舞い上がり、将来への期待に胸を膨らませる。
けれどその翌日、無情にもヨナスと公爵令嬢クラウディアの婚約が発表されてしまう。
傷心のエラ。そんな時、彼女は美しき青年ハンネスと出会う。ハンネスはエラをダンスへと誘い、優しく励ましてくれる。
(一体彼は何者なんだろう?)
素性も分からない、一度踊っただけの彼を想うエラ。そんなエラに、ヨナスが迫り――――?
※短期集中連載。10話程度、2~3万字で完結予定です。
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
花言葉は「私のものになって」
岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。)
そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。
その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。
美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。
青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
偽りのの誓い
柴田はつみ
恋愛
会社社長の御曹司である高見沢翔は、女性に言い寄られるのが面倒で仕方なく、幼馴染の令嬢三島カレンに一年間の偽装結婚を依頼する
人前で完璧な夫婦を演じるよう翔にうるさく言われ、騒がしい日々が始まる
勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです
ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。
彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。
先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。
帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。
ずっと待ってた。
帰ってくるって言った言葉を信じて。
あの日のプロポーズを信じて。
でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。
それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。
なんで‥‥どうして?
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる