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4. 記憶は無いけれど
しおりを挟む「え、えっと?」
何故、彼がここにいるのかしら? と、私は戸惑う。
「ここは医務室。覚えてる? 君は突然倒れた」
「え? あ、はい……覚えています」
突然、ぐるぐる視界が回って気持ち悪くなった。
夢見は最悪だったけれど、目眩そのものは落ち着いたのか今は大丈夫そうだった。
「す、すみません。驚かせてしまいましたよね?」
「目の前で人が倒れればね、驚くよ」
全くもってその通り。
「それで、さっきまで先生がいたんだけど」
「え? そうだったのですか?」
「あぁ。貧血起こして目眩発作か何かだろうと言っていた」
「そ、そうなんですね……ありがとうございます」
自分の事も大事だけれど、私はずっと気になっている事を聞かなくてはと思い訊ねる事にした。
「あの! ディギュム侯爵令息様……」
「ルーセントで構わないよ」
「……ル、ルーセント様、あ、あなたは、何故ここにいらっしゃるのでしょうか?」
「え?」
何故かルーセント様は驚いた顔を見せた。
「そんなの決まってる。俺が君をここまで運んだからだよ、フリージア・キャルン侯爵令嬢」
「…………え?」
「だから、倒れた君を俺が運んだ──……」
(運んだですって!?)
「お、重っ」
「……くはなかったよ?」
「っっ!」
私の頬にどんどん熱がたまっていく。今、絶対私の顔は赤い。
(私ったら彼になんて事をさせてしまったの!)
「なっ!」
顔が赤くなった私を見たルーセント様が何故か言葉を詰まらせる。
そして、恥ずかしそうに言う。
「な、何でそこで赤くなるんだ!?」
「え? そ、それは……」
その先が言葉にならない。
「……あぁ、もしかして俺のせい?」
「え?」
「だって、そうだろう? 君は──」
と、何故かそこで私の顔をまじまじと見つめてくるルーセント様。
ドキッと胸が大きく跳ねた。
(もしかして、私がアマーリエだと気付いてくれた?)
だって、顔が赤いのは貴方を意識してしまったから。
「あのね、わた……」
「───キャルン侯爵家の令嬢だもんな」
「……え?」
デュカスこと、ルーセント様はうんうんと頷きながら言う。
「敵対する家の息子なんかに助けられたと知られたら、家族……特にキャルン侯爵に怒られてしまう。すまない……俺の配慮が足りなかった。だからと言って倒れてる君を放っておくのも嫌だったんだ」
「あ……」
違った。
アマーリエの事を思い出して、私だと気付いてくれたわけでは無かった。
その事にがっかりしながら、改めて思い知る。
(デュカス……今世の彼は敵対する家の息子なんだわ───)
既に色々手遅れだけど、お父様に絶対に口を聞くな! と命令された相手。
───でも。
(そんなの関係無い)
デュカスの生まれ変わりだからって事だけではなく、ルーセント様は絶対に良い人だ。
(悪く言っていい人なんかじゃないわ)
「わ、私は、た、助けてくれた相手を悪くなんて、言いたくありません」
「え?」
「お父様に知られたら、確実にお、怒られるとは思いますが……私はルーセント様を悪くなんて思いたくありません」
「……!」
ルーセント様の目が大きく見開かれたと思ったら、何故かすぐに笑顔になる。
(───!!)
その笑顔は反則!!
心臓が飛び出すのではないかと思うくらい私の胸がドキンッと跳ねた。
「そっか。そう言って貰えて嬉しいよ。俺も……君の事を悪くは言いたくないし思いたくないな。キャルン侯爵令嬢……いや、フリージア嬢」
ルーセント様が笑顔でそんな事を口にしながら、優しく私の頭を撫でた。
ますます私の胸がトクンッと高鳴る。
(……あぁ、そうだった。この頭を撫でる仕草はよくデュカスが私にしてくれたの……)
手つきが全く一緒……
記憶があっても無くても、容姿が全くの別人でもやっぱりルーセント様は、デュカスなんだと思わされた。
「ん? フリージア嬢、すまない。頭のリボンが乱れている……」
「え?」
そう言ったルーセント様は手際よく私の頭のリボンを結び直してくれた。
(!!)
再び思い出す過去の記憶。
『───お嬢様、また頭のリボンが曲がってますよ?』
『あら? ふふ。ならデュカスが直してくれる?』
『……私の仕事じゃないと思うんですけどねぇ』
『えぇ? 良いじゃない。デュカスは器用なんだから』
『仕方が無いお嬢様だ』
そう言って彼は何だかんだでリボンを結び直してくれた。
(デュカス……)
「あ、ありがとうございます、ルーセント……様」
「いや……こちらこそ、勝手にすまない。だが普段は人のリボンなど気にならないのに何故か妙に気になってしまった。何でだろうな……」
「!」
期待しすぎるのは良くないと思うけれど、ルーセント様も心のどこかで“アマーリエ”の事を覚えているのかしら? その言葉についつい淡い期待を抱いてしまう。
(覚えていて欲しい……)
だって、あの時。
来世では必ず、必ず添い遂げようって。
今度こそ二人で幸せになろうって……約束した。
……ポロッ
そんな最期の時を思い出してしまったからか、私の目から涙が溢れた。
「フリージア嬢!? な、な、何で涙……!?」
「え……あ、す、すみません……私……」
見るからにルーセント様が困っている。
突然泣き出して、絶対何だこいつと思われている。
「……な、泣いている女性を慰める方法なんて知らないし……ど、どうすれば泣き止んでくれるんだ!?」
「……」
そんな事を言いながら慌てているルーセント様の様子が可愛く見えて、泣いていたはずの私は今度はクスッと笑ってしまう。
「ちょっと待て! 今度は何で笑う!?」
「……ふ、ふふ、何で、でしょう……?」
「くっ! フリージア嬢…………いや、フリージア!!」
(名前……!)
それだけで私の胸が高鳴る。
どこか悔しそうなルーセント様の様子が面白くて私はいつの間にか泣き止んでいてそのまま笑っていた。
「あ! そう言えば……入学式!」
「……サボってしまったな」
「……」
「……」
(ルーセント様までサボらせてしまった……)
「ごめんなさ……」
「まぁ、構わないだろう? どうせ、話を聞いているだけのつまらない式だろうし」
「つまらないって……」
ルーセント様は、あっけらかんとした顔でそんな事を言う。
「あ、でも。新入生代表の挨拶」
「?」
「あれだけは聞いてみたかったかもしれない」
「??」
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「……シュバルツ殿下って」
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「フリージアのせいじゃない。気にするな」
ルーセント様はそう言ってくれて、また優しく私の頭を撫でた。
その優しさにまたもやキュンキュンしていた単純な私は知らない。
この先の私に……いえ、私達に待ち受けている事を。
そして自分の考えの甘さを───
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