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5. お父様の怒りと秘密の逢瀬

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「さて、フリージア。どういう事か説明してもらおうか?」
「……」

  入学式の日。あれだけ厳命されていた、ディギュム侯爵家の令息ルーセント様に近付くな話すな……という命令を速攻破ってしまった私は、怒りを纏ったお父様を前にひたすら縮こまっていた。

  (こんなに怒るお父様は初めて見たかもしれない……)

「何やら聞いた所によると、我が娘は入学式に出なかったらしい」
「……」
「何やら聞いた所によると、憎きディギュム家の令息も入学式に出なかったらしい」
「……」
「果て。これは、偶然なのだろうか?  なぁ、フリージア」

  そう口にしたお父様の鋭い目がギロリと私に向けられる。

  (あぁ、お父様はきっと全部分かってて言っている……)

「お父様……な、何故それを?」
「そんなもの学院から連絡があったからに決まっているだろう!!」

  ……やっぱり全部知られていた。

「お父様、ルーセ……ディギュム侯爵令息は、目眩の発作を起こして倒れた私をたまたま助けてくれた、それだけです」
「なるほど、そうやってフリージアを懐柔しようとしているわけか。さすがディギュム侯爵家の息子だ」
「!?」

  (助けてくれたと言っているのに、どうしてそんな解釈になるの!?)

  駄目だわ。お父様は全然聞く耳を持ってくれない。
  何を言っても悪い方、悪い方へと取られてしまいそう。

「いいか?  フリージア。ディギュム侯爵家あいつらは、そうやって“良い人”のフリをして我らに近付いて来る卑怯な奴らなのだ!」
「違います!  ルーセ……彼はそんな人ではありません!」

  ルーセント様はデュカスと同じ優しい目をしていた。
  あれは決して“良い人”のフリなんかじゃない!!

「あぁ、恐ろしい。なんて事だ……もう絆されてしまったのか。だから、あの家の者達と顔を合わせるのは嫌だったんだ!」
「お父様!」

  お父様はいつもならこんな事を言う人ではないのに!
  どうしてディギュム侯爵家が絡むとこんなお父様になってしまうの?

「さらに聞いた所によると、ディギュム侯爵家の息子とは同じクラスになったそうだな」
「……」

  その通りだった。
  あの後、クラス分けを見に行ったら、ルーセント様と同じクラスだと知った。
  私は内心で喜んだ。
  だけどお父様からすれば、同じクラス、それすらも許し難い事のようだった。

「学院長め……あんなにあんなに言い聞かせたのに……よくも……」
「え?」

  まさか、お父様……

「クラス分けでディギュム侯爵の息子とは同じクラスにしないよう何度も何度もお願いしていたのだ。当然だろう?」
「!!」

  まさかそこまで……と怖くなる。

「ガチガチ頭の学院長め───こうなっては仕方が無い!  だが、フリージア」
「は、はい」
「クラスが同じになってしまった以上、お前達が顔を合わせるのは仕方が無い事だ!  だが!  あそこの息子に近付き口を聞く事だけは何があっても絶対に許さん!!  いいな!!」
「そんな勝手な……!  そんなのい……」
「フリージア!!」

  嫌よ!  と言いたかったのにお父様に強く睨まれた。

  ───お父様は私の話を一切聞こうとしなかった。



◇◇◇



「───と、言うわけなの」
「……」

  翌日、私はルーセント様にお父様が怒っていた話をする。

「ルーセント様?  どうしてそんな変な顔をしているのですか?」
「いや、だって……フリージア、君……」
「私が何か?」

  ルーセント様は困った顔をした後、目を逸らした。
  困った時のこういう仕草はやっぱりどこかデュカスを彷彿とさせる。

「そこまで怒られたのに、こうして俺の元にやって来る君が凄いと思っている」
「もちろん、人目は避けてますよ?」

  キャルン侯爵家とディギュム侯爵家の対立関係は社交界でも有名。
  私とルーセント様が仲良く会話をしている所なんて見られたら、それだけで噂があっという間に広がってしまってお父様の耳に入ってしまう。
  だから、私はルーセント様を人の来ない空き教室にこっそり呼び出した。

「来てしまった俺が言うのも変だが、こんな人気の無い所で二人で密会している方が危険じゃないか?」
「……危険。まぁ、知られた時は大変な事になりますね」

  私はルーセント様の言葉に頷く。

「それと、フリージアはもっと危機感を持った方がいい」
「危機感ですか?」

  危険は分かるけれど、危機感が出て来た意味が分からなかったので聞き返す。

「フリージア。俺は男だ」
「知っていますよ?」
 
  何をそんな当たり前の事を……?
  私はじっと彼を見つめる。

「だから、男の俺と人気の無い所で二人になるという事にもう少し危機感を持っ…………」

  ルーセント様は何故かそこで言いかけて黙ってしまう。

「ルーセント様?  どうかしましたか??」
「……」

  何故かルーセント様の顔が赤くなっていく。
  そして、ルーセント様は慌てた様子で口元を手で抑え小さな声で「なんだその顔……やっぱり危険だ」と呟いた。
 
  (危険って言われた……あと、何だか様子が変……)

「……」

  そう言えば、思い返すとデュカスもこんな反応をする時があった気がする。


  確かあれは───
  

『デュカスの瞳って綺麗ね』
『!!』

  私はデュカスの瞳の色が好きだった。だから、もっとよく見たくて彼の前髪をかきあげてデュカスの顔を覗き込んだ。

『お、お嬢、様!』
『どうしたの?  デュカス?』

  何故かデュカスが顔を赤くしてプルプル震えていた。

『あ、あ、貴女って人は!!  な、な、なんて事を!!』
『??』
『そんな無防備な顔で…………』

  (結局、デュカスのあの行動はよく分からないままだったのよね)


「フリージア」
「はい」
「君は危険だ」
「!?」

  何やら危険人物扱いされた私はさすがに憤る。

「ひ、酷いです!  ルーセント様!」
「ち、違う!  そういう意味じゃない……だから、ポカポカ叩くのは止めてくれ!」
「……」

  仕方が無いので言われた通り一旦手は引っ込めた。
  それでも危険人物扱いされたのはショックだった。

「……すまない。言い方が悪かった。君は何をしでかすか分からない感じがするので、放っておけないという意味だよ」
「……」

  ルーセント様はそう言って私の頭を優しく撫でた。
  そして、ふぅ……とため息を吐きながら言った。

「とりあえず、変に噂されても互いに困る事になるだけだから俺に話がある時はこんな風にこっそり会うしかないな」
「会ってくれる……?」
「あぁ」

  (嬉しい。拒絶されなかった……)

  嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。

「なっ!  何て顔をしているんだ……本当に君は……無防備過ぎる……」
「ルーセント様?」

  後半がモニョモニョしていてよく聞こえない。

「……何でもない!  あ、だが、皆の前では極力話さないようにするからな!」
「!」

  分かっている。分かっているけれど……

「そ、そんな顔をしないでくれ」
「……」

  寂しいと思いつつも、それでもお父様に再び怒られて引き離される方がもっと嫌。

  (……出来る限り側にいたいの……)

   この距離感がとてももどかしい。
  だからこそ、どうしても思わずにはいられない。

  (今世の私達に未来はあるのかな……?)

  デュカスに再会したらハッピーエンドが待っているとばかり思っていたのに。
  運命は全然私に優しくなかった。

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