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11. 決意
しおりを挟む『アマーリエ! お前の様にとりたてて美人でも無い教養も無い何の取り柄も無い、無い無い尽くしの平凡な女を嫁にしてやろうという私に感謝するんだな!』
ローラン様はアマーリエに向かってよくそう口にした。
愚図だブスだ……だが、嫁にしてやる! と何回言われただろう。
そこまで言ってアマーリエを貶すのに、彼は一度だって婚約解消に頷いてくれた事は無かった。
『お前みたいな女は黙って私に従っていろ!』
叩かれた事も一度や二度では無い。
“口答えした”“他の男(主にデュカス)に色目を使った”
そう言っては何かある度に彼はアマーリエを叩いた。
『婚姻後が楽しみだよ、私のアマーリエ』
そう言って歪んだ微笑みを何度も見せられた。
あの頃のアマーリエの心が壊れずに済んだのは、全部全部デュカスがいたから。
『お嬢さまは可愛いですよ。貴女は無い無い尽くしなんかじゃありません』
デュカスの言葉だってお世辞だったかもしれない。
それでも、傷つく言葉ばかりを並べる婚約者なんかより、デュカスの言葉の方を信じたいと思うのはごくごく自然の事だった。
(それに、デュカスはアマーリエを甘やかしてばかりでは無かった)
ダメなところはダメ。ちゃんと言って叱ってくれる人だった。
───絶対にシュバルツ殿下の元に嫁いでなんかやるものか!
帰りの馬車の中で、私はそう強く決意した。
「お父様、話があります」
「ん? 何だ?」
帰宅した私は真っ直ぐお父様の元に向かう。
私が部屋に入ると仕事の手を止めてじっと私の事を見るお父様。
そして、ふぅ……とため息を吐く。
「フリージア。お前がそういう顔をしている時はろくな話ではない」
「そうですか。さすがお父様ですね」
私は淡々と言葉を返す。
お父様はもう一度ため息を吐いた。
「で、何の話だ?」
「……まずは、シュバルツ殿下との婚約の話です」
「まずは? とりあえず、その話は保留になったのだろう?」
「とりあえず、ですから。既に説明したように期限はあります。いつまでも保留には出来ません」
だって、期間は1ヶ月しか無いのだから。
「そうだな」
「ですけど、私は何があってもどんな事になっても、シュバルツ殿下と婚約は絶対にしません」
「は……?」
お父様が今何て? といった顔を私に向ける。
「殿下が私を諦める……という出された条件を達成出来なかったその時は……」
「……」
「私をこの家から、キャルン侯爵家から勘当して下さい」
「フリージア!」
お父様が顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげる。
「お前は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
「もちろん……殿下の妃は最低でも貴族令嬢である事が必須ですから、勘当されれば私はその資格を失います」
それはつまり、ルーセント様とも結ばれない事を意味するけれど、シュバルツ殿下の元に嫁ぐくらいなら貴族令嬢の地位なんて要らない。
(アマーリエはデュカスを頼って家を飛び出したけど、私はルーセント様を巻き込む事はしない、出来ない。出て行くなら一人で出ていくわ)
デュカス……いえ、ルーセント様と今度こそ添い遂げたいという思いは今も変わらないけれど、その全てが絶望的となった時は、ルーセント様だけは今度こそ幸せになって欲しい。
(隣にいるのが私でなくても構わないから……)
アマーリエの我儘に付き合ったために、あんな形で理不尽に命を奪われてしまったデュカスの分まで今世は必ず! それだけは何があっても譲れない。
「フリージア……お前はそこまで……そんなに、シュバルツ殿下が嫌なのか?」
「嫌です」
「……」
お父様は目を大きく見開いて言葉を失っていた。
「それから、お父様。もう一つ」
「何だ……」
これ以上は勘弁してくれ。お父様の顔がそう言っている。
それは無理。これも大事な話なのだから。
「ディギュム侯爵家の事です」
「!!」
私のその言葉にお父様の瞳がカッと更に大きく見開かれる。
「フリージア! まさか、あれだけ言ったのにディギュムの息子と口を聞いたのか……!?」
「……お父様達の間に何があってそこまで歪みあっているのかは知りません! 政治的立場やそれ以外の根深い“何か”があるのでしょう。ですが!」
私はそこで一旦言葉を切って大きく息を吸う。
「そこに、子供である私達を巻き込むのは絶対に間違っています!」
「フリージア!」
「この件に関して、私はお父様の意見にはもう従いません」
「なっ!」
「私は私のしたいようにします」
私は一礼してそのまま部屋を出て行く。
──待て、フリージア! それだけは絶対に許さんぞ!
お父様のそんな声が後ろから聞こえて来たけれど、私は決して振り向く事はしなかった。
(だって、このままお父様の言う事を素直に聞いているだけでは何も変わらない)
どれだけ反対されようと妨害されようと、必ず生きてルーセント様の側にいられる道を探してみせる。
「ルーセント様……」
願わくば、貴方も私と同じ気持ちでありますように───
◇◇◇
「痛っ!」
「あ、ごめんなさい……」
翌日の放課後、昨日約束した通りの場所で落ち合った私とルーセント様。
私は昨日の放課後、家に帰る前に立ち寄った薬屋で購入した薬をルーセント様に塗らせてもらっている。
「私が子供の頃から愛用している薬です。怪我によく効くんですよ?」
「そうか……いや、待てフリージア。君は貴族令嬢だろう?」
「そうですが?」
ルーセント様の困惑の意味は分かる。
貴族令嬢が怪我によく効く薬を愛用しているって何だ? そう言いたくなるわよね。
「部屋でじっとしているのが嫌で、お転婆だったのです」
「フリージア……」
「貴族令嬢らしくない私は駄目でしょうか?」
「い、いや! そんな事は、無い! フリージアらしくていい、と思う」
ぶんぶんと勢いよく首を横に振るルーセント様。
そして、私を否定されなかった事に心から安堵した。
「良かった……」
と、私は嬉しくて微笑む。
「っっ!」
「? ルーセント様?」
突然、ルーセント様の顔が赤くなる。「うわぁ、何だこれ……すごい破壊力」とかなんとか言っているのが聞こえた。
でも、私は一生懸命に薬を塗っていたのでルーセント様の雰囲気が変わった事に気付かなかった。
「フリージア」
「!?」
突然、ギュッと抱きすくめられた。
「え? ルーセント様? く、薬が……」
「後でいい」
「いえ、こういうのは早く塗った方が……」
「後でいい」
そう言ってギュウギュウと強く抱きしめてくるルーセント様。
私は何でこうなったのかさっぱり分からない。
(でも、嬉しいし、幸せだからいいや)
私もそっと腕を回して抱きしめ返す。
「……フリージア」
「ルーセント様」
そう互いに名前を呼び合い見つめ合った私達は、どちらからともなく自然と互いの唇を重ね合わせていた──
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