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10. 確信
しおりを挟む──今まで顔を出さなかったくせに、こんな時だけやって来る理由なんて一つしかない。
シュバルツ殿下は“保留にする”とは言ったけれど“静かに黙って待つ”とは一言も言っていない。
(迂闊だったわ)
「ルーセント様、ごめんなさい。私、今日はもう帰ります」
「え? フリージア……?」
私がそう言って距離を取るとルーセント様が怪訝そうな様子を見せる。
(ごめんなさい……今日はもう駄目)
シュバルツ殿下は確実に私を探しに来ているから、これ以上ここに二人でいるのは良くない。万が一、二人でいる所が見付かったらもう二度と一緒にいられなくなる。
そう判断して、私から先に教室を出る事にする。
(もっと一緒にいたかった)
「呼び出した私が言うのも変ですけど、ルーセント様も早く帰って怪我を……」
「フリージア!!」
そう言いかけて教室から出ようとしたら、ルーセント様が私の腕を掴んで引き止めた。
「ルーセント様!?」
「……フリージア」
優しい声で私の名前を呼んだルーセント様がそのまま私を抱きしめる。
突然の出来事に私は驚きそのまま固まった。
(だ、抱きしめられている!? な、何故!?)
こんな事をされたら胸のドキドキが全部伝わってしまいそう。
「ル、ルーセ……」
「フリージア。何でそんな泣きそうな顔をしているんだ」
「え?」
私はルーセント様の胸の中から顔を上げる。
「泣きそうな……顔?」
「…………自分で分かっていなかったのか? 今にも泣き出しそうで、“助けて”そんな顔をしている」
「わ、私……」
「そんな顔をしているフリージアを放ってはおけない」
ルーセント様がそう口にしたと思ったら、今度はギュッと強く抱きしめられる。
ドクンドクン……
ルーセント様の心臓が激しく動いている音がする。
(ドキドキしてくれているんだ……私だけじゃないんだ……)
これだけで……もう幸せ。すごくすごく幸せ。
私もギュッとルーセント様に抱き着いた。
「フリージア……」
しばらく、お互いに無言のまま静かに抱き合っていると、ルーセント様がまた優しく私の名前を呼んだ。そっと顔を上げるとルーセント様と目が合った。
(……あ、また……!)
ルーセント様の顔が近付いて来る。そして程なくしてチュッと私の額に柔らかい唇が触れ、すぐに離れた。
「ル、ルーセント……様?」
一瞬何をされたのか分からなくて、ルーセント様の目をじっと見つめる。
すると、ルーセント様の顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。
そして、照れ臭そうに言った。
「……そんな目で見つめないでくれ。俺はどうやらフリージアのその目に弱いみたいなんだ」
「え?」
その言葉の意味を考えるより前に、ルーセント様の顔が再び私に近付いて来る。
───チュッ
それは、本当に一瞬で。
本当に唇に触れたのか分からないくらいの……でも、多分触れた……
そんなキスだった。
「……」
「……」
お互いに恥ずかしくて顔が見られない。
さっき一瞬で冷えたはずの頬が再び熱を持っていた。
(キスだった! 絶対にキスだった!!)
「フリー……」
「……ルーセ……」
そう、互いの名前を呼び合おうとした時、
「あー、待ってーー」
「早く早く、この機会を逃したら次いつ会えるか分からないわよーー」
パタパタと廊下を走って行く人の足音でハッと目が覚めた。
(いけない! こんな所で抱き合って……キ……スなんてしてる所を誰かに見られてしまったら!)
私は慌ててパッとルーセント様から離れる。そして真っ赤な顔で小さく叫ぶように告げる。
「か、か、帰ります!」
「あ、あぁ」
ルーセント様もちょっと心ここに在らずという感じなのかポカンとしている。
「ま、ま、まままた明日!」
「あ、あぁ」
「こ、こ、ここで!」
「あ、あぁ」
───また、明日! ここで。
いつもは互いに次の日の約束なんてしないのに。
私は、初めてそんな言葉を残して教室から出た。
───
(あぁ、まだドキドキいっている)
触れられた頬、近付く顔……
そして、触れた唇……
(思い出すだけでドキドキが激しくなる)
ルーセント様、あのキスの意味は────……
「───フリージア嬢」
「……っ」
そんな淡く幸せだった気持ちも、この声ですぐに吹き飛んでしまう。
(大好きだった人のはずの声なのに!)
この声に脅える時が来るなんて夢にも思わなかった。
つくづく、人を作るのは姿形では無いのだな、と思わされる。
私の心は見た目だけのデュカスには全く動かない。私の心が動くのは全部ルーセント様にだけ。
私は精一杯の無理やり作った笑顔を張りつけて振り返る。
私に声をかけたシュバルツ殿下は、あれだけの人達が詰めかけていたのだから当然だけど、予想通り彼は多くの人に囲まれていた。
この状態で話しかけてくるとか完全に確信犯にしか思えない。
「こんにちは、シュバルツ殿下。学院にいらしていたのですね」
「あぁ。愛しい君に会えるかと思ってね。放課後になってしまったけれど、まだ学院にいてくれて良かったよ」
「……」
シュバルツ殿下のその言葉に彼を囲んでいた人達から驚きの声が上がる。
───愛しの?
───え? お二人って……まさか!
───嫌、嘘でしょう!?
(余計な事を!)
「……まぁ! お上手ですこと。ですが、周囲に誤解を招きかねない言動はどうぞ謹んで下さいませ」
「ははは、誤解などでは───」
「誤解ですわ」
私はにっこり笑って殿下の言葉を遮る。不敬かどうかなんてもうどうでもいい。
罰するなら罰せればいい。
それで、婚約相手として相応しくないと見なされるなら大歓迎。
そんな気持ちで私は応対した。
(何より、ルーセント様にだけは変な誤解をされたくない!)
「はぁ、なんてつれない人なんだ……」
「そうでしょうか? 私は本当の事を言ったまでですわ」
「本当の事?」
「私達はクラスメートでも無ければ友人でもありませんから。私はキャルン侯爵家の令嬢として殿下の臣下の一人に過ぎません」
私の言葉の節々に分かりやすく敵意が現れていたからか、騒いでいた周囲も、
あれ? なんか変……?
と、首を傾げ始めた。
一方のシュバルツ殿下は、一瞬だけ顔を歪めたけれどすぐに笑顔を浮かべる。
「そうか。ところでフリージア嬢は帰るところかな?」
「はい」
「ならば、僕が送って行こう」
殿下がそう言いながら、私に向かって手を伸ばしかけたので、私は一歩下がり距離を取ってから頭を下げる。
「ありがたいお言葉ですが、遠慮させていただきます」
「……何故だい?」
「この状況から察するに、殿下は今、学院に着いたばかり……何かご用事があったのでしょう? どうぞ、その用事をお済ませください」
「用事は……」
「帰りに寄りたい所もありますので、今日は失礼させていただきますわ」
「待て!」
私はそう言って殿下の前から下がろうとした。
だけど、殿下は私の肩を掴んでそれを引き止めると、私の耳元で言った。その声は酷く冷たい。
「随分と生意気な態度を取るんだな」
「……」
「まぁ、いい。来月が楽しみだ。“私”のモノになった後に、散々調教してやるから覚悟していろ!」
「!」
(この台詞には聞き覚えがある!)
そして私は確信する。
シュバルツ殿下は間違いなくローラン様の生まれ変わりで記憶も持っている──と。
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