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14. 対決
しおりを挟む「ルーセ……」
「大丈夫か? フリージア」
ルーセント様が私を優しく抱きしめてくれる。
(来てくれた……来てしまった)
両極端な気持ちが私の中に渦巻く。
でも……
助けてくれて嬉しい。その思いの方が強かった。
「……どういうつもりだ!」
そして、案の定シュバルツ殿下が怒鳴り始める。
ルーセント様が騒ぎを聞き付けて出て来たように、放課後とは言え、徐々に人が集まり始めていた。
少し前に噂になりかけたシュバルツ殿下と私。
そして、私と敵対する家のディギュム侯爵家のルーセント様。
しかも、私はそんなルーセント様に抱き込まれている。
この状態に人々が興味関心を寄せるのは当然だった。
「どうもこうも……殿下が私の大事な可愛いフリージアの腕を掴んでおりましたので」
「私の……だと!?」
ルーセント様はわざと“私の”と強調して口にした。シュバルツ殿下を完全に煽っているようにしか聞こえない。
この言葉には集まって来ていた人達も騒然とする。皆、驚きの表情で私とルーセント様の顔を交互に見てくる。
「お前は……!」
「初めてお目にかかります。ディギュム侯爵家のルーセントと申します、シュバルツ殿下」
「お前が!」
シュバルツ殿下が苦々しい表情でルーセント様を睨んだ。
「誰に逆らっているのか分かっているのか!」
「シュバルツ殿下ですね」
「そこのフリージア嬢が誰の女になるのか分かってて言っているのか! 未来の王子妃……」
「誰のって……フリージアは私のですが?」
ルーセント様がはっきりした口調でそう答えた。
途端にシュバルツ殿下の顔が怒りで真っ赤になる。
「ふざけるな! 何を皆の前で勝手な事を抜かしている!」
「勝手、ではなく本当の事を言ったまでです」
ルーセント様はそこまで言うとギュッと強く私を抱きしめ、私の頬にそっとキスをした。
(こ、こんな人前で!)
周囲の好奇な視線はますます強くなり、私の顔も一気に赤くなる。
「何をする! そもそも、貴様らは敵対している家門同士ではないか!」
「だから何です? 敵対しているのは我らの父親の当主同士。その子供である私とフリージアが敵対しているわけではありません」
ルーセント様が強く言い返すと、シュバルツ殿下は更に怒りを強めた。
「貴様のその反抗的な目! 覚えがある。そうか、貴様は……あぁ! 一度ならず二度までも!!」
「……? 何の話です?」
ルーセント様が誰なのか分かったシュバルツ殿下がますます激昂するのに対して、記憶の無いルーセント様は当然だけど不思議そうな顔をした。
「その顔……なるほど、こちらのこの姿を見ても平気な顔をしているという事は貴様には記憶が無いのか……ふっ、無いなら余計に口を出すな! 引っ込んでいろ!」
「? 全く持って何の話か分かりませんがお断りします」
「なっ!」
「フリージアは誰にも譲る気はありませんので──たとえ殿下であっても」
「~~!!」
殿下は真っ赤な顔が更に真っ赤になり怒り狂い、このままではルーセント様に対して何らかの罰を与えかねない雰囲気にまでなっていた。
「ルーセント様……」
「どうした? 大丈夫か、フリージア」
「私は大丈夫です。ですが、ルーセント様の方が……」
私は心配した顔を向けるけれど、ルーセント様は何故か優しく微笑む。
「そうだね、今の殿下の様子だと完全に何らかの罰を与えられそうだ。そうだなー……良くて国外追放とかかなぁ……さすがに死刑は無いよね?」
「!」
なんて呑気な事を!
「……フリージア、何も持たない俺でもその時は一緒について来てく……」
「もちろん! あなたについていく。ルーセント様と一緒なら何処へでも!」
私が食い気味にそう答えると、ルーセント様は嬉しそうに笑った。
「はは、ありがとう。俺はフリージアのそういう所が大好きだよ」
「ルーセント様……」
「……うーん、やっぱり不思議だな。何だかこうなるのが初めてな気がしない」
「……」
貴族という身分を捨てて駆け落ちをする事が、決して楽ではない事を私は知っている。
(巻き込みたくなかったのに)
ルーセント様はそんな私の決意も軽く超えてしまう。
「…………と、まぁ、そんな事を言っては見たけれど。俺だって大人しく引き下がるつもりは無いんだよ?」
「え?」
ルーセント様がそう言って優しく私の頭を撫でる。
「俺は両家の確執の原因を明らかにして、それで、ちゃんと多くの人に祝福されてフリージアと生きて行きたいからね」
「……」
それはきっと難しくて簡単にいく事では無いだろうけれど、ルーセント様が心からそう思っている事が伝わって来る。
「さっきから黙って聞いていれば、何をごちゃごちゃ言っているんだ! いい加減離れろ! ディギュム侯爵家のルーセント! 貴様はそんなに罰を受けたいのか!?」
「恐れながら殿下。まず、そもそもあなたがフリージア……キャルン侯爵令嬢に対して恐喝まがいの事をしていた事はどう説明するんですか?」
「何の事だ!」
シュバルツ殿下は、当然だけど自分のした事を認めようとはしない。
「腕を掴み何やら脅していたでしょう? 殿下は随分と堂々とされていたので俺以外にも目撃者はいるかと思われますが……」
ルーセント様はそう言ってチラッとここに集まっている人達の数人を見る。
そのうちの何人かがあっ……という顔をしたので、おそらく目撃者なのだと思われた。
「うるさい! フリージアは僕の女だ! だからどう扱おうと……」
「さっきも言いましたが、フリージアは貴方のでは無い! 例え殿下が彼女に求婚していても正式な婚約を交わしていないのであれば、フリージアは貴方とは無関係だ! そこに王族だから、は通用しない!」
「くっ……」
ルーセント様の正論に集まった人達もその通りだと頷く。
少し分が悪くなった殿下に焦りが見え始めたので、私も一声かける事にした。
今はこれ以上ここで争ってもしょうがない。
(そもそも、あの約束は殿下から持ちかけた話なんだから守ってもらわなくちゃ)
「シュバルツ殿下」
「な、何だ!」
「約束はきちんと守って下さい。私は約束の日に彼を……ルーセント様を必ず貴方に紹介してみせますから」
「!」
それは、シュバルツ殿下とは婚約をしないという私の宣言。
殿下はぐぬぬ……という顔をして悔しそうに唇を噛んだ。
「あー……気分が悪い! 帰る!」
そう言って殿下は踵を返してその場から去っていった。
「フリージア、大丈夫?」
「ルーセント様、ありがとうございました」
力が抜けてふらついた私をルーセント様が支えてくれる。
「何やら言い争う声が聞こえて来て覗いたら……揉めてるのがフリージアと殿下で。何だか様子もおかしかったから……心配した」
「心配かけてごめんなさい」
そう言って私はルーセント様に抱き着く。
「フリージアが無事ならそれで構わない」
そう言って優しく抱きしめてくれるルーセント様はとても温かかった。
(これに懲りて殿下は約束の日まで大人しくしてくれると良いのだけど……)
だけど、ローラン様があんなにアマーリエに執着してるなんて。デュカスの姿で生まれ変わったのも並々ならぬ執念からだったのかもしれない。
「フリージア……」
「ルーセント様」
見つめ合って抱き合う私達を集まった人達は当然だけど好奇な目で見ていた。
そして、それは新たな問題を引き起こす事になる。
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