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3. 見苦しい人たち
……どうしてこんなことになったのだろう。
悪夢のような時間を過ごし、惨めに終わった結婚式の翌日。
私は居た堪れない思いで“その場”にいた。
「───いいや、マイルズは悪くない! 今回の件はシビル嬢の方から息子を誘ったに決まっている!」
「なっ! うちのシビルがですか? 勝手なことは言わないでください!」
お父様とマイルズ様の父親であるパターソン伯爵が揉めていた。
そう。
こたびの駆け落ち事件(?)の責任が誰にあるのか……を話し合うために本日、パターソン伯爵夫妻が我が家にやって来た。
しかし、話し合いどころか完全に見苦しい“罪の擦り付けあい”になってしまっている。
「そんなの当然でしょう? 結婚式の当日に、花嫁の姉と駆け落ちしようだなんてうちのマイルズが考えるはずがありませんからね!」
「なっ……なんですって!?」
「だからこそ、シビル嬢が私の息子を誘惑した以外考えられません! 全くシビル嬢は、ど・な・た・に似たのかしら~?」
「っっ……そ、それはどういう意味でしょうかしらねぇ……パターソン夫人?」
お母様と義母になるはずだった伯爵夫人もバッチバチに火花を散らしている。
今、こんなことになっている理由は一つ。
どちらも、この件の“責任”を取りたくないから。
破談になった私とマイルズ様の結婚。
キャンセル扱いとなった結婚式の費用や慰謝料問題。
当然だけど、どちらの家もお金なんて払いたくない───
(マイルズ様、どうして……)
私の脳裏には、いつも優しく笑ってくれていた彼の姿が浮かぶ。
何があったの?
どうしてお姉様と消えたの?
あれから詳しく聞いた所によると、
昨日のマイルズ様はもともと両親とは別行動することになっていた。
だから、パターソン伯爵夫妻はマイルズ様のことはさっぱり分からないらしい。
一方、お姉様はお父様やお母様と一緒に式場に向かう予定だった。
しかし、出発直前になってお姉様はお腹が痛いと言い出して───……
『お父様、お母様、先に行っていてくれないかしら?』
渋る両親に向かって、
『だめよ。本日の主役なのに一人になっちゃうセアラが可哀想でしょう?』
目に涙を浮かべながらそう言ったらしい。
そうして先に式場に着いた両親。
けれど式場には入らずお姉様の到着を待つことにした。
しかし、待てど暮らせどお姉様がやってくる気配がない。
何かあったのかと心配した両親は家に戻ったところ……お姉様の姿はなかった。
すれ違った様子もなく慌てた両親は使用人たちに問いただした。
『シビルお嬢様はセアラお嬢様の婚約者の方が……迎えに来られていましたが?』
『手を取って笑顔で馬車に乗り込んで出発されていましたよ?』
使用人たちは口を揃えてそう言ったらしい。
その話を聞いた私の両親は、なぜマイルズ様がシビルお姉様を迎えに? と混乱したまま再び式場に戻る。
しかし、そこでマイルズ様もお姉様も式場には来ていないことを知った。
このことから、二人が駆け落ちしたと断定し慌てて私の元に駆け込んで来た───……
(本当に本当に意味が分からない……)
「コホンッ、まあ───だが! 誰が悪いか……で言ったら、ここにいるセアラ嬢も悪かったのでは? と私は思っているがね」
「え?」
突然、パターソン伯爵の口から自分の名前が出されたのでびっくりして顔を上げる。
私と目が合った伯爵は顔を歪ませ鼻で笑った。
(私……が悪い?)
「セアラ嬢がマイルズの心をしっかり掴めていなかったことが、今回の出来事のそもそもの原因なのではないかね?」
「それもそうよねぇ……だから私は最初からこの結婚には反対だったのよ」
「!?」
伯爵夫人も夫に同調して冷たい目で私を見てくる。
その言葉と冷たい視線にズキッと私の胸が痛んだ。
──母上も君が我が家に来るのをずっと楽しみにしているんだよ
マイルズ様? あの言葉は何だったの?
「そもそも、見た目も中身もパッとしないし冴えないし……我がパターソン家の嫁としては不適格だと常々思っていたのよ」
「もっといい家の出来た娘との縁談を紹介してやるはずだったのに、マイルズの奴! ……こんな冴えない娘の誘惑なんかにあっさり引っかかりおって」
(誘惑……?)
私とマイルズ様の出会いはパーティー。
たまたま具合の悪そうだった彼を見かけて私が少し介抱した。
それが始まり。
(伯爵夫妻はこの話をマイルズ様から聞いて知っているはずなのに?)
そしてお父様たちは、そんな伯爵たちの酷い言葉に何も言えずに、ただ黙っている。
“見た目も中身もパッとしない冴えない”
私がどんなに伯爵夫妻からこき下ろされても反論するつもりは───無いらしい。
「……」
お父様とお母様にとって、周囲に自慢出来るほど大事な娘はいつだってお姉様。
だから、お姉様には誰もが羨む最高の婚約者を用意しようと───
(ん? 待っ……て?)
そこで私は今更ながら大変な事実に気付く。
混乱のせいで今の今まですっかりと忘れていた。
今回のマイルズ様とお姉様の駆け落ち……この問題はパターソン伯爵家と我が家だけじゃない!
───お姉様の婚約者!!
誰もが彼の存在をすっかり忘れているのでは!?
お父様たちは、お姉様の婚約者にはこの件についてなんて話をしているの?
そう思った時だった。
部屋の扉がノックされる。
顔を出した我が家の執事は、青白い顔をしていて身体を震わせていた。
「誰だ! 今は大事な話し合いの最中だぞ!!」
「ですが旦那様……お客様がお見えなのです」
「客だと!? 話し合いの間は誰も通すなと言ってあっただろう!」
「で、ですが……」
お父様に怒鳴られても執事もそう簡単には引き下がらない。
これは珍しいことだった。
(──あ!)
私はまさか、と思った。
同時にこの嫌な予感が当たらないで欲しいとも願った。
しかし、次に執事が告げた言葉は、私が想定した最悪な事態とピッタリ一致してしまう。
「───シ、シビルお嬢様の婚約者の……ギルモア侯爵とそのご子息がいらっしゃっています……」
「……なっ!?」
「あっ……」
お父様とお母様がハッとして顔を見合わせる。
二人の顔は一瞬で真っ青になった。
パターソン伯爵家との慰謝料問題と結婚式費用のキャンセル代をどうするかばかりに頭がいっぱいで失念していた……と顔に書いてある。
「お、お前! あちらに、れ、連絡していなかったのか!?」
「あ、あああなたこそ……!」
(ギルモア侯爵家に対しては、間違いなく我が家の落ち度……)
侯爵家に対してこちらが払うことになる慰謝料はきっととんでもない額になるのは間違いない。
私は唇を噛み締める。
(お姉様、マイルズ様……どうして? こうなることは分かっていたでしょう……?)
「───これはこれは皆さん。お揃いのようですな」
そうしている間にギルモア侯爵親子が押し入るように部屋にやって来た。
「ギルモア卿……」
「ははは、ワイアット伯爵。なにやら昨日から社交界が騒がしいようだ」
現れたギルモア侯爵は笑顔だったけれど、その目の奥は全く笑っていない。
私の背筋がゾクッとした。
そして、その横にいるのが───
(シビルお姉様の婚約者、ギルモア侯爵令息ジョエル様……)
「……」
父親と共にこの場に現れた彼は顔色一つ変えずに無表情のままだった。
─────……
『セアラ、もう聞いて~。ジョエル様ったら薄情なのよ~』
この言葉はお姉様の口癖だった。
何がそんな薄情なの?
そう訊ねると決まってお姉様はこう答えた。
『だって、こーんなに可愛い私がわざわざ会いに行ってあげているのに、ニコリともしないのよ? おかしいと思わない?』
『お姉様、毎回毎回私にそう言われても困るわ』
『え~? それに比べてセアラの婚約者のマイルズは優しくていいわよねぇ。マメだし。プレゼントもよくくれるんでしょ~?』
『お姉様……』
昔から可愛いとチヤホヤされてきたお姉様にとっては、婚約者の態度は許せなかったらしい。
『本当にがっかり。こんな人だとは思わなかったわ~』
お姉様はよくそう口にしてはため息を吐いていた。
そんな二人の婚約は、そもそもお姉様の一目惚れから始まった。
お姉様には最高の婚約者を───そう考えて候補者を吟味していたお父様は話を聞いて驚き、慌ててギルモア侯爵家に婚約の申し込みをしていた。
それが今から三ヶ月くらい前。
─────……
(お姉様から話を聞く以外でも社交界では“冷酷”などと噂されてはいたけれど───)
実際、お姉様と婚約した後も彼が我が家に訪ねてくることは一度も無く……
「……」
私自身、彼がどんな人なのかはよく知らない。
ただ、自分の婚約者が他の男性と駆け落ちしたと聞かされてもここまで無表情でいられるものなのかと少し驚いた。
(……って、それは私も同じ?)
昨日、式場でマイルズ様が現れるのを待っていた時は、とにかく泣きそうな気持ちだった。
けれど、もうどんなに待ってもここに彼は来ない──
そう分かった時に涙は引っ込んだ。
そして、一日が経ったけれど、どこか実感が湧かないのかあれから涙一つ出て来ない。
あるのは心にぽっかり空いた虚しいという気持ち、それだけ。
(もしかしたら、ギルモア侯爵令息……ジョエル様も私と同じような気持ちなのかも)
そんなことを考えながら、彼の顔をじっと見つめたその時。
「……!」
無表情の彼と私の目がばっちり合ってしまった。
そして彼は表情も変えず無言のまま、じっとこちらを見つめてくる。
(こ、怖い……んですけど!?)
お願いだから、無表情と無言をセットにするのはやめて欲しい。
しかも怖くてこっちからは目を逸らせない。
「……うっっ」
どうしよう……と思っていたら、ジョエル様の方から目を離してくれた。
そのことに安堵すると彼は淡々と自分の父親に話しかける。
「父上。父上たちはこれから色々と話し合うことがありますよね?」
「ああ」
頷くギルモア侯爵に向かって、ジョエル様は無表情のまま続けてこう言った。
「では、俺はそちらの……ワイアット伯爵令嬢と庭でも散歩して来ます」
───と。
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