【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea

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4. お姉様の婚約者


(……はい?)

 私は自分の耳を疑った。
 このめちゃくちゃ無表情な彼は今、なんて言った……?
 私と庭で散歩してきます……と聞こえたような気がする。

「……」

 チラッと窓の外に目を向ける。
 昨日とはうって変わって今日は憎らしいくらいの快晴。
 今日のこの天気なら庭を散歩するのは気持ちいいとは思うけれど──……

(やっぱり、なんで?)

「では、行こう。ワイアット伯爵令嬢」
「……え!  あ、」

 彼はそれだけ言うと、やや強引に私を醜い争いの場から連れ出した。


────


「…………」

 えっと?  
 私は今、何をしているんだろう?

 廊下を歩きながら必死に考える。
 何が何だか分からないまま、ギルモア侯爵令息・ジョエル様にあれよあれよと部屋の外に連れ出されてしまった。
 しかし……

(無言!)

 ジョエル様は全く喋らず、無言のまま私を置いてどんどん先に歩いていってしまう。

(気遣い!  この方は人への気遣いが皆無なの!?)

 よく知りもしないのにあまり悪く言いたくはないけれど、これではお姉様や周囲の人が“冷酷”だの“薄情”だのと言っていただけあるなと納得してしまう。
 あと、きっとこれまで自分の身長とか足の長さとか考えたことなさそう。

 私はパタパタ小走りで追いかけながらジョエル様に声をかけようとした。

「あ……の、」
「……」 
「待っ……」
「……」
「どうし……」
「……」

(あぁぁ───もうっ!)

 ハァハァ……もう無理。
 なんでいきなり私を連れ出したのかとか、本当に庭に行くつもりなのか、とか……
 とにかく聞きたいことはたくさんあった。
 けれど。
 もういいや……
 追いつこうと頑張って走ることはやめて、ゆったりした速度の歩きに変える。
 どうせ、この方はこのまま後ろを振り向くことすらもしないで勝手にどんどん前に前にと進──……

(え?)

 追いつくことを諦めたのでかなりの距離が出来たなと思ったら、ジョエル様が足を止めて突然後ろを振り返る。
 その瞬間、一瞬だけあの無表情が崩れて彼はギョッとした表情を見せた。

(えっ、嘘っ?  無表情顔が崩れた!?)

 足を止めて振り向いたことと、あの無表情が崩れたことに私の方が驚いてしまった。
 そのせいで私も足を止めてしまう。

「……」
「……」

 そして、私たちは廊下に突っ立ったまま無言でしばし見つめ合う。

(こ、この後は、どうすれば……いい?)

 そう思った時、なんと彼はこちらに向かって足を進めて戻って来た。

(ええ!?)

 そして、私の目の前に辿り着くなりなんとガバッと頭を下げる。

(えええ!?)

「……すまない」
「え!  えっと?  あの……すまない、とは?」

 これはなんの謝罪なのか。
 聞かずにはいられない。

「……歩くのが速すぎた」
「え?」
「君の足音が聞こえなくなったからおかしいぞと思って振り返ったら、想像していたよりも遠くに君がいた」

(なんですって?)

 一応、着いてくる足音は聞いていた?
 振り返ってみたら思っていたより遠くに私がいた?
 つまり、私を置き去りにしようとした自覚は皆無!  
 無意識だったの!?

「は、はい。少し……速かった、ですね」

 実際のところ少しどころじゃなかったけれど、正直に言うのは怖かったので控えめにしておそるおそる告げてみた。

「っ!  やはり…………すまない」
「!」

 もう一度、頭を下げて私に謝ってくるジョエル様。
 表情は相変わらず“無”だけれど、申し訳ないと思っている気持ちがそれなりに伝わって来る。

(えっと……?  なにこれ?)

 なんで二度も頭を下げられたわけ!?
 今いち事態が飲み込めず、こっちはこっちでポカンとした間抜けな顔をしてしまう。
 顔を上げたジョエル様は、ふむ……と唸るととても小さな声で呟いた。

「そうか……女性というのは、こんなにも自分とは歩く幅が違うものだったのか」
「は?  ……なっ!?」

 ───何を阿呆なことを言っているのですか!?

 思わずそんな言葉が口から飛び出しそうになってしまい、慌てて自分の口を押さえる。

(あ、危な……)

 いくらなんでも阿呆と口にするのは失礼すぎる。 
 私は伯爵令嬢。
 あちらは侯爵令息。

「とにかく、すまなかった。今度は歩幅というものを考えて君に足並みを揃えてみることにする」
「は、はい。そ…………そうしてください?」

(ホハバトイウモノヲカンガエテ?)

「……?」

 若干、頭の中が混乱したものの、深く考えることはやめて私とジョエル様は今度こそ並んで歩きだす。
 するとすぐに今度は隣から尋常ではない程の圧のこもった視線を感じ始めた。

(えええーー?  ……視線が痛い!)

 一生懸命、チラチラ私の歩く様子を探りながら歩幅を合わせてこようとするジョエル様。
 そのせいで、ギクシャクしすぎてこれはこれで逆に色々とおかしい。
 ついでに歩幅合わせに真剣になりすぎているのか、表情もカッチカチに強ばっている。

(へ、変な方……)

 そう思うと同時に、思っていたよりも口を開いたら話すし、中身も怖い人ではないのかもしれないとも感じた。
 この状態なら……聞いてみても大丈夫かな?
 私はそっと口を開いた。

「い……行先は庭でよろしいですか?」
「ああ」

 ギクシャクした変な動きと強ばった表情のままコクッと頷くジョエル様。
 やはり、聞き間違いではなく行先は庭であっているらしい。
 コホンッ
 私は軽く咳払いをして訊ねる。

「で、では──なぜ……私と庭に行こうと?  どうして私を部屋から強引に連れ出したのですか?」
「……」

 ここでは答えてくれず、沈黙。

「……」
「……」

 しーん……
 結局、また無言になるのね。
 そう思ってそれ以上話しかけることはやめて黙々と歩き続ける。

(さっきまで出来た会話は幻かしら)

 何となく気まずい空気のまま、もうすぐ目的の庭に到着───という時だった。

「……君が責められていた」
「は、い?」
「聞くつもりは無かった……が、声が大きくて外まで聞こえて……いた」

 突然、それまで無言だったジョエル様が口を開く。
 外まで聞こえていた?

「君は何も悪くないだろうに責められていた。両親も助けなかった。あの場に居るのは辛いだろう、そう思った」
「……!」

(も、もしかして!)

 今、ポツポツと話してくれているのは私を部屋から連れ出した理由!?
 え?  なんでこんなに間を置いてから?

(まさかとは思うけれど、ずっと何て私に話そうかと考え込んでいたんじゃ……!?)

 ずっと彼が無言だった理由に思い当たり、更に私のことを思ってくれた上での行動だったということに無性にむず痒い気持ちになる。

「で、では!  連れ出した後の行き先を、に、庭にされたのは何故ですか?」
「……」

 私の質問にジョエル様が一瞬黙り込む。
 少し考える素振りを見せたあと今度はわりと直ぐに口を開く。

「正直、俺にはよく分からない感情だ……が、女性は綺麗な花を見たら喜ぶもの、なのだろう?」
「え!」
「ならば少しは気が晴れる?」
「……え!」
「なぜ驚く?  違うのか!?」

 ジョエル様の眉がほんの少しだけつり上がった。
 これ、この表情……もしかして驚いて……いる?

「ま、まあ───違いはしません……が」

(ちょっと偏っている考えの気もするけれど)

 私がそう口にすると、ジョエル様の無表情が崩れて明らかにホッとしていて胸を撫で下ろしていた。

「……そういう理由だ」
「そ、そうでしたか」
「……」
「……」

 そこからの私たちは再び沈黙。

(どうしよう……)

 私は黙々と歩きながら考える。
 これ……
 絶対に私の気のせいではないわよね?
 私はチラッと横目で隣を歩くジョエル様の姿を盗み見る。

「……」

 シビルお姉様……
 あなたは、彼のことを冷酷だの薄情だの五語しか喋らない、とか言っていたけれど。
 これ……冷酷とか薄情じゃなくて───

 ───ポンコツ!

 この方は女性の扱いに関してはただの、ポンコツなだけだと思うわーー!?
 失礼ながら私は思う。
 何をどこでどうやって生きて来たら、ここまでのポンコツ人間が出来上がるのかと。

(あああ……)

 婚約者に裏切られて他の男と逃げられたと聞かされたはずなのにずっと無表情だったのは、ただ、自分の感情に鈍かっただけなのでは?
 そう思った私は、がっつりとジョエル様の横顔を見つめてしまう。

「……なんだ?」

 ジョエル様は私の視線に気付くと怪訝そうに眉をしかめる。

「……」

(うーん。これは気を悪くした……ではなく本気で何事だと不思議に思っている顔?)

「いえ、ただのポン……難儀な方だったのだなぁと思いまして。噂は鵜呑みにしてはいけませんね」
「難儀?  噂?」
「……こっちの話です」
「?」

(不器用な人……)

 今も表情そのものは大きく変わらないけれど、眉をピクピクさせているジョエル様の顔を見ていたら、失礼ながら吹き出しそうになった。
     
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