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1. 結婚式───前日
────彼は優しい人、だと思っていた。
いつだって私だけでなく誰に対しても優しかったから。
でも……
誰にでも優しいあなた。誰にとってもいい人。
今なら分かる。
それは本当の“優しさ”なんかじゃない。
ねぇ、
本当は私に対して興味なんて無かったのでしょう─────?
目立つ姉の影に隠れてばかりの伯爵家の次女の私、セアラ・ワイアット。
そんな私は二年程前から婚約していた婚約者と明日、結婚式を迎える。
普段は目立たない私が主役となって皆に祝われて、
隣に立つのはいつも優しい婚約者……
(これが幸せ……)
───幸せ、なのだとそう思っていた。
(いよいよ、明日がマイルズ様との結婚式だわ!)
「───今日はいい天気ね」
明日も今日みたいに天気が良いといいな……
そんなことを思いながら私は自分の部屋の窓から空を見上げていた。
その時だった。
「…………セーアラ!」
「ひゃっ!?」
後ろから突然抱きつかれたので、自分の口から変な声が飛び出た。
……誰かは分かっている。
こんなことをするのは一人しかいない。
私の二つ上の姉、シビルお姉様だ。
私は慌てて振り返る。
やはり、思った通り。
そこにはシビルお姉様がいた。
私の反応が面白かったのかクスクスと楽しそうに笑っている。
「もう! お、お姉様! 何をするの!?」
「うふふ、セアラったら私に気付かず、ぼ~んやり空なんて見上げちゃってるんだもん。どうかしたの~?」
「え? えっと……」
明日の結婚式も天気が良かったらいいなって思った……
そう口にするのは何だか気恥しく感じてしまい口ごもってしまう。
すると、お姉様は私の考えを読んだかのようにニヤリと笑った。
「あー、分かったわ! ど・う・せ、明日の結婚式のことでも考えていたんでしょ?」
「う、うん……」
私が頷くとお姉様は私から手を離して今度はうふふと嬉しそうに笑いながらクルッと一回転した。
ドレスがヒラリと舞う。
「いいなぁ、結婚式~。セアラが羨ましい」
「お姉様……」
「お父様やお母様からも散々、姉の私を差し置いて先に結婚するなんて薄情な妹、って言われ続けていたのに~」
「!」
「結局、予定通り結婚式を挙げちゃうなんて……やっぱりずるーい」
「そ、それは!」
私は口ごもる。
確かにお姉様より先に妹の私の方が結婚することにはなった。
お姉様にもきちんと相手───婚約者はいるのにも関わらず、だ。
「でも、お姉様とお姉様の婚約者は……」
「そうね~セアラと比べたら、私はまだまだ婚約して日が浅いから仕方がないけど~」
「……」
それだけではない。
お姉様の話を聞いている限り、お姉様と婚約者の二人はあまり上手くいっていない。
そのこともあるのか、私の結婚式の日程が決まった頃からお姉様は“ずるい”という言葉をよく口にするようになった。
「ふーん? ま、いいわ~。そんなことより、セアラの旦那様……と呼ぶのはまだ気が早いかぁ───えっと、マイルズ様が訪ねて来ているわよ?」
「え?」
私が顔を上げるとお姉様と目が合った。
お姉様はクスッと笑う。
「結婚式はもう明日なのに、前日にまでわざわざこうして顔を見せに来てくれるなんて、本当に本当にマメで優しい優しい婚約者様よね~」
「お姉様……」
「ほーんと、セアラは愛されていて羨ましいわ~」
やっばり、お姉様の言葉からは棘を感じる。
「あーあ、私の婚約者の彼もマイルズ様くらい優しかったら良かったのになぁ~」
「そんなこと……は」
私が否定しようとすると、お姉様はキッと睨んだ。
「そんなことあるのよ。いつも言ってるでしょう?」
「う……」
確かに。
耳にタコが出来るくらいお姉様からは色んな話を聞いてきた。
「何を聞いても───ああ、うん、そうか、わかった、すまない…………あの人、その五語しか喋れないんじゃないかしら!」
お姉様はあーあとがっくり肩を落とす。
「こんなことなら顔と身分だけで婚約者なんて選ぶんじゃなかったわ~。本当にがっかりよ!」
「がっかりってお姉様! お姉様たちの婚約は……」
お姉様の一目惚れで、やや強引に相手を押し切る形で婚約を結んだはずでは───
そう言おうとした時だった。
「────お邪魔するよ? セアラは自分の部屋かな?」
「あ……」
私の婚約者───明日からは夫となるマイルズ様がにこにこ笑顔で部屋にやって来た。
「マイルズ様」
「やあ! セアラ!」
マイルズ様がふわりと笑みを深めていつもの優しい笑顔を見せる。
「あれ? シビル嬢もこちらにいたんだ? こんにちは」
「ええ、そうなの。ちょっとお邪魔していたのよ。ご機嫌よう、マイルズ様」
お姉様もニコリと笑って挨拶をする。
「あー……もしかして姉妹水入らずで過ごしていたのかな? だったら邪魔して申し訳ない」
マイルズ様が困ったように頭を掻きながら私たちの顔を交互に見る。
「あら、素敵な気遣いね、うふふ。でも大丈夫なのでお構いなく。二人はごゆっくりどうぞ~」
お姉様はそう言って明るく笑いながら部屋を出ていった。
部屋には私とマイルズ様が残される。
マイルズ様は、扉を見つめながらハハハと笑いながら言った。
「相変わらず、シビル嬢はニコニコしていて元気で明るくて可愛い人だよね」
「え、ええ……そう、ね」
私は目を伏せながら頷く。
(その言葉は好きじゃないって前に言ったのになぁ)
昔から、私に向かってお姉様を褒めるような言葉を口にする人たちは、“君とは違って”という言葉を飲み込んでいるから。
マイルズ様には正直に話して、分かったよ! そう言ってくれたはずなのに。
(もう、忘れちゃった……のかな)
「ん? あれ? どうかした? セアラ元気ないんじゃない? ……やっぱり僕、二人の邪魔だったんじゃ……」
不安そうな顔になるマイルズ様。
……いけない!
そう思って私は笑顔を浮かべた。
「いえいえ、大丈夫ですから」
「そう? なら、良かったよ。でも、明日の式が済んだら君は我が家に住むからさ。今のうちにお姉さんとも話しておきたいことがあるよね?」
「それは───そうですね」
改めて、そう言われて実感する。
明日からの私はセアラ・ワイアットではなく、セアラ・パターソンになるのだと。
私はキュッと胸を押さえる。
(……不思議な感じ)
「次期伯爵夫人としての仕事も、大変だろうけど少しずつ覚えていってくれればいいからね?」
「はい、頑張ります」
「母上も君が我が家に来るのをずっと楽しみにしているんだよ」
「あ……」
マイルズ様がそっと私の手を取って握り締める。
そして笑顔を浮かべて言った。
「それと、明日のセアラのウェディングドレス姿……楽しみにしているよ」
「はい! これでもかとたくさんこだわったので、楽しみにしていて下さいね」
「ああ!」
私たちはそう言って笑い合った。
その後も、明日の結婚式についての話やその後の新しい生活についての話をたくさんしながら過ごした。
「───あ、もうこんな時間か」
時計を見たマイルズ様が立ち上がる。
「さすがにそろそろ帰らないと」
「そうですね……」
帰宅するマイルズ様を見送ろうと私も立ち上がったら首を横に振られた。
「あ、セアラ。下までの見送りはいいよ」
「え?」
「ほら、セアラは明日の準備とか色々あるだろう? 前日に邪魔してごめんね」
いつもの優しい笑顔でそう言ってくれた。
「マイルズ様……」
「それじゃ、明日ね、セアラ」
「は、はい!」
マイルズ様はそう言って笑うと、手を振って私の部屋から出て行った。
───それじゃ、明日ね。
今日は結婚式の前日───……
この時の私は明日、幸せな花嫁になれるのだと信じていた。
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