【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea

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5. 不器用な優しさ



 そうして、どうにか吹き出しそうになるのを必死に堪えていたら、目的の庭へと到着した。
  
「着きました、ね」
「……綺麗だな」
「え?」
  
 庭を見つめながらジョエル様はポソッと小さな声で呟いた。

(情緒……はあるのね)

 綺麗──そんな言葉が彼の口から飛び出すとは思わず、まじまじと顔を見つめてしまう。
 するとジョエル様は、何かを思い出したように言った。

「そういえば……シビル嬢がよく言っていた。気がする」
「お姉様が?」
  
 何を? 
 私も首を傾げているとジョエル様は目を細めて庭を見つめたまま淡々と続ける。
   
「……我が家の庭はとっても綺麗だからぜひ見に来て!  だったか……?」

(……お姉様)

 私は思った。
 きっとお姉様はあの手この手でジョエル様の興味を引いて彼を家に招こうと必死だった。
 無口、無表情、考えていることも分かりづらい人だから───
 寂しかったであろうお姉様の気持ちは分かりたい、とは思う。
 でも……

(駆け落ちの件は別!  やっぱり許せない……!)

 二人の間に何があったのかは知らない。
 だとしても、こんな身勝手な行動は絶対に間違っている。

「───確かに綺麗な庭だ。シビル嬢もきっと自慢したくて堪らなかったのだろう」

(いや!  多分、あなたを呼びたかっただけ……)
  
 そう口にするジョエル様は表情こそ“無”だったけれど、どことなく寂しそうな横顔にも感じた。

「……」

 最初にジョエル様の無表情の顔を見た時、勝手にこの方はお姉様に逃げられたこと、全く傷付いていないのでは?
 なんて決めつけてしまった。
 けれど、これだけのポン……不器用な人なんだもの。
 分かりづらかっただけで……そんなはずないのに。

「……座るか」
「は、はい」

 ジョエル様は庭の中央に進んでガゼボに入り、腰掛ける。
 私もそっと隣に腰を下ろそうとした。

「待て」
「え?」  
「……」

 しかし、座ろうとしたところで突然、制止された。
 何事かと思えば、ジョエル様は懐からそっとハンカチを取り出してパッと広げる。
 その行動にびっくりした私は思わず目を見張った。

(え?)

「汚れる」
「……」

 ジョエル様の視線は私のドレスに向いていた。

(し──紳士!)

 はっきり言って言葉はめちゃくちゃ足りない。
 なのに、行動はめちゃくちゃ紳士なんですけど!?

(ちょっ……え、なに?  ……ポ、ポンコツどこ行った!?)

「……?」

 動かずに固まった私を眉をひそめて見ているジョエル様。
 この顔は、なぜ私が固まったのか絶対に分かっていない顔だ。
 戸惑いながらも私は何とかお礼を言う。

「あ、ありがとうございます」
「……」

 ジョエル様が無言で頷く中、私はむず痒い気分になりながら敷いてもらったハンカチの上にそっと腰を下ろした。

「……」
「……」

 そして私たちの間には再びの沈黙が訪れる。
 どちらも言葉を発さず、ただ静かに咲き誇っている花だけを見ていた。




(風が気持ちいい……)

 ジョエル様の考えていることは正直、分かりにくいしこの無言の時の気まずさは消えない。
 けれど、あの部屋でパターソン伯爵夫婦からの嫌味を聞き続けたり、お姉様を庇おうとする両親と過ごすより何倍もマシだと思えた。

(今頃、両親はギルモア侯爵に慰謝料請求されているのかしら)

 我が家はどうなっちゃうのかな?
 社交界でも暫く私は笑われ者だ。
 次の縁談なんて以ての外。

 そしてなにより……二人は今、どこでどうしているのだろう───

「……マイルズ様、お姉様……」
「ん?」
「あ……」

 つい二人の名前を口に出してしまったことに気付き慌てて口を押さえる。

「ご、ごめんなさい!」
「……」

 私が謝るとジョエル様は眉をピクリと動かしてなぜか顔をしかめた。
 そんな顔をされる理由が分からず肩を震わせると、ジョエル様は怖い顔のまま私に言った。

「俺はさっき言った」
「え?」
「君は悪くない、と。なぜ謝る?」
「あ……」

 私は言葉を選びながらおそるおそる口にする。

「ですが、ギ、ギルモア侯爵令息様……あ、あなたも──」
「ジョエルでいい」

 ゴホンッと咳払いと共に言われた。

「ジョ……ジョエル様も婚約者のお姉様に裏切られました、から」
「……」
「二人の名を今、口に出すのは……軽率、だったかな、と……」

 ジョエル様が無言でじっと私の顔を見つめてくる。 
 しかし、その表情からは何を考えているのかは分かりづらい。

「───ワイアット嬢」
「は!  は、い……」

(ひぃっ!?)

 私は内心で脅えた。
 今までで一番、顔、顔が怖い!!
 眉間の皺がーー!

「俺の心配をしてくれたのは有難い───が!」
「!?」

 ジョエル様の眉間の皺が更に深くなる。
  
(こーわーいーー!)

 あまりの怖さにギュッと目を瞑ったらガシッと肩を掴まれた。

「ワイアット嬢!  ───昨日、君はきちんと泣いたか!?」
「……え」

 私はパチッと目を開ける。
 そしてそっと顔を上げた。
 ちょっと……いや、かなり怖いジョエル様の顔が思っていたよりも近くにあった。

「え、と?  泣……く?」
「……婚約者に裏切られ捨てられた──広い意味で言えば君も俺も立場は同じだ」

 私はコクリと頷く。
 そう。 
 私たちは婚約者に捨てられた者同士。

「───だが!!!!」
「はひぃ!?」

 ジョエル様の更なる剣幕に私は脅えた声を上げる。
 ハッとしたジョエル様は声のトーンを少し落とした。

「す、すまない。つい声に力が……」
「い、いえ……」

 気を取り直したようにジョエル様は続ける。

「……君は結婚式だった」
「!」
「結婚式、なのに……一人で入場させられ花婿を待ち続けていた、のだろう?」

 私は目を伏せる。
 皆が私にヒソヒソクスクスしながら嘲笑っていた声が脳裏に甦る。 

「……」

(ああ、そうか……)

 ジョエル様この方は今、私の“心配”をしてくれているんだ。
 同じ境遇ではあるけれど、結婚式という場で捨てられた私のことを。

(昨日───……)

 お父様とお母様は、マイルズ様に対して怒ってはいた。
 けれど、お姉様のことはひたすら庇っているだけで私には慰めの言葉一つかけなかった。
 そして、家に戻れば事情を聞いた使用人たちからは腫れ物に触れるかのような目で見られて……
 それから、今朝になってパターソン伯爵夫妻がやって来て醜い争いが始まって───……

(私……今、初めて誰かに心配、されたんだ)

 そう自覚したと同時に肩を掴まれていた手がそっと離された。

「……?」

 不思議に思って顔を上げると、ジョエル様が何故か上着を脱ぎ出した。

「あ、あの……何をしているんですか!?」
  
 その行動に私が慌てると彼は脱いだ上着をバサッと私の頭にかける。
 一気に視界が真っ暗になった。

「!?」
「こうすれば俺からも見えない」
「え?」
「これなら、どんな顔で泣くも喚くも……君の自由だ」

 その言葉に私はハッと息を呑む。

「腹に溜め込むのは良くない」
「……」
「声を聞かれたくないなら耳を塞いでおく」

 え?  と思ってそっと上着の隙間から覗くと、ジョエル様は本当に目を瞑って両耳を手で押さえていた。

(──えええ!?)

 驚いた。でも……

「……」

 私はスゥーと大きく息を吸い込む。
 そして、大声で思いっ切り叫んだ。

「どいつもこいつも勝手なことばかり……───ふざけるなーーーー!」

 ビクッ
 私の叫び声の振動が伝わったのか、ジョエル様の身体がビクッと震えた気がする。
 ちょっと声が大きすぎたかもしれない。
  
(……でも、いいや)

「マイルズの最低野郎ーー!  姉様の阿呆、考えなしーー!」

 私は続けて更に力いっぱい叫ぶ。  
 何も言わずに消えた二人への文句から始まり、両親への不満。
 義家族になるはずだったパターソン伯爵夫妻への不満。

 とにかく思いの丈を力いっぱい叫んだ。

 ハァハァ……
 そうして叫び終えた頃には息が切れていた。

(こんなに大声出したの初めてかも!)

 スッキリというより不思議な気分だった。

「──終わった、か?」
「はい!」

 私が上着から顔を出して頷くと、顔をしかめたジョエル様と目が合った。

「涙は……?  泣かなかった、のか?」

 その言葉に私は苦笑する。

「涙よりも文句の方がたくさん出て来てしまいました」
「……そうか」

 その“そうか”という短い言葉には、ジョエル様の色んな思いが込められている気がした。

「ジョエル様!  あ、ありがとうございました!」
「……」

 私のお礼に対してジョエル様は無言で静かに頷くだけ。
 そんな姿にクスッと笑ってしまう。

(ねぇ……マイルズ様)

 誰にでも分け隔てなく接していて、にこにこしているマイルズ様あなたみたいな人のことを“優しい人”なのだとずっと私は思っていた。
 けれど……
  
(……無愛想で無口で不器用でも、ジョエル様を“優しい”と私は思ったわ)

 いえ、むしろマイルズ様なんかよりもずっと──……
  
「……そろそろ、戻るか」 
「え、あ……はい」

 スクッと立ち上がるジョエル様。
 私も慌てて立ち上がる。
  
「あ、すみません。この上着とハンカチは洗ってお返……」
「いや、このままで構わない」

 そう言って私の手から上着を取り上げてハンカチを仕舞おうとするジョエル様。

「だ、駄目です!」
「!?」
「洗って返さないと、私の気が済みません!」

 私は無理やり上着とハンカチを奪い返した。

「なっ!  君は強情……だな!?」
「……なんと言われてもこれは譲れませんから!」
「!」

 行きはあんなにギクシャクして無理やり歩幅を合わせていた私たちだったのに、戻りの道は上着とハンカチをどうするか論争で揉めていたため、自然と足並みを揃えながら歩いていた。



 そうして醜い争いが繰り広げられていた部屋に戻ったら───……



「は、い?」
「だから……よく聞け!  シビルが居なくなってしまった今、もうこうするしかない!」
「シビルの代わりに、あなたがギルモア侯爵令息と婚約するのよ、セアラ」

(私が……婚約?  誰と?  ジョエル様?)

 私は横に立つ彼───
 ジョエル様の横顔と、どうにか無理やり押し切って手にした上着とハンカチを交互に見つめる。

(お姉様……の代わりに、私が彼と婚約……をする?)

「……」

 そんな突然の話なのにも関わらず、ジョエル様の顔はこんな時も無表情のままだった。
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