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8. 言葉に出来ない気持ち
侯爵様がパンッと手を叩いて言った。
「話はまとまったな! そうと決まれば、早速ワイアット嬢……いや、セアラ嬢を我が家に迎え入れるとしよう」
よし! このまま今すぐギルモア侯爵家に行くぞ! と言わんばかりの侯爵様。
「父上!」
「ん? なんだジョエル」
「……」
そんな父親を引き止めるジョエル様。
(こ……今度は何を言うつもり? )
私はハラハラドキドキしながらジョエル様の発言を待った。
すると、ジョエル様は大真面目な顔をしながらこう言った。
「父上。女性というのは荷物が多いもの、と聞いた」
(んあ?)
ジョエル様、突然何を言い出した?
しかし、息子の言葉を聞いた侯爵様もハッとしてこちらも大真面目な顔で大きく頷く。
「……それもそうだな」
「ドレスに宝石に、アクセサリーや髪飾り……果てはお気に入りのぬいぐるみ…………それ相応の準備の時間が必要では?」
(ぬっ!? ジョエル様、また知識が偏ってる……!)
あとこれだけは思わずにいられない。
どこから出て来たの……
……お気に入りのぬいぐるみ!
最後のだけめちゃめちゃ可愛いんですけど!?
「……それもそうだな。では準備が出来次第───」
「あの……」
私はそぅっと手を上げる。
バッと二人が同時に振り向いた。
その顔はとても親子そっくりだった。
「……荷物、の準備ならもう出来ています」
ジョエル様の表情がなにっと言わんばかりに険しくなる。
「早いな……すでに脱走の準備をしていたのか?」
「いえ、脱走ではなく……」
私は苦笑すると、目を伏せながら言った。
「昨日…………結婚式の後の私は、パターソン伯爵家に向かう予定……でしたので」
「……!」
「荷物はまとめられたまま部屋の中にあるのです……」
ジョエル様がハッと息を呑んだ。
「す、すまない!」
「いえ……大丈夫です。ちなみに中にぬいぐるみはありません」
期待されたら困るので一応言っておく。
「…………なに?」
眉だけがピクリ動くジョエル様。
「無いのか?」
「ありません」
「本当に?」
「残念ながら」
ジョエル様はふぅと息を吐く。
「俺はまだまだだな…………女性の荷物というのは奥が深いものらしい」
「……」
大真面目にジョエル様は頷きながらそう言った。
(ふ……深いかしら?)
勝手に深くしている気がする。
私は内心で首を傾げながらそう思った。
「もういいか? では、セアラ嬢の荷物を運ぶ間に私はワイアット伯爵と話をしてくるとするか」
侯爵様はやれやれと言った様子で息を吐いた。
その表情から、あまりお父様たちと話をしたくなさそうな様子が伝わって来る。
(あの人たちは、慰謝料を払わずに済んで厄介払いも出来たぞ! と喜ぶのでしょうね)
そんな両親を想像して私も小さなため息を吐いた。
……ポンッ
(え?)
ちょうどそんなことを想像してため息を吐いた所で私の頭にポンッと手が置かれた。
びっくりして顔を上げる。
「……ジョエル、様? あの……?」
「……!」
ジョエル様の行動は無意識だったのか私の声にハッとして慌てて手を離す。
「す、すまない!」
「え!」
「きょ、許可なく触れてしまった……!」
「許可!」
私は目をまん丸にしてジョエル様のことを見る。
また、変なことを言い出した!
「君の顔を見ていたら……つ、つい」
「つい!」
「……つい、だ」
「つい、ですか……」
「手……が勝手に」
「勝手に……」
「……」
「……」
そのまま黙り込む私たち。
「~~~っっ」
(どうしよう……)
何だかまたむず痒い気持ちになって来た。
それに、何だかまた頬が熱い……気がする。
「おい……お前たちは早速何を遊んでいるんだ? 行くぞ?」
「!」
侯爵様の呼び掛けに私たちは顔を上げた。
どうやら、私たちの様子は遊んでいたように見えたらしい。
「あ……侯爵閣下! お待ちください」
私は侯爵様を引き止める。
「なんだ?」
「……ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言う。
「……」
「不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします」
「……」
「……」
何故か沈黙。
私は顔を上げられずそのまま固まる。
やはり父と子!
この沈黙───息子と全く同じ空気を感じるわ!!
「───セアラ嬢」
「は、はい!」
私はゆっくり顔を上げる。
「まずは身体を休めて──ゆっくり傷付いた心を癒していけばいい」
「え」
「心が落ち着いたその後は、そうだな……」
侯爵様はふむ……と頷くとチラッと横目でジョエル様を見た。
「まあ、息子の話し相手にでもなってやってくれ」
「!」
「放っておくと一日喋らないこともあるのでな」
(えーー……家でも喋らないの?)
ジョエル様のあまりのブレのなさに小さく笑ってしまう。
ただそれよりも、ゆっくりでいい。
そう言ってくれたことがとても嬉しかった。
───
「荷物はこれで全部か?」
「はい」
侯爵様が両親たちの所へ行っている間、私とジョエル様は私の部屋に行き荷物を運び出す。
(……まさか、行先がパターソン伯爵家からギルモア侯爵家になるなんて)
昨日の朝には予想もしていなかった。
(お姉様、マイルズ様……)
二人は今どこで何をしているんだろう?
あまりにも身勝手な行動だったと少しは反省────……
(……ないか)
そんなことを思う心があったならこんなことにはなっていない。
私はやれやれと肩を竦めた。
「そうだ……!」
ふと思い立って私はお姉様の部屋に寄ってみる。
なにか行方を晦ませた手がかりが残っているとも思えないけれど───……念の為。
「ん? そっちは?」
「……お姉様の部屋です」
そう言って私はお姉様の部屋の扉を開けた。
「……」
(普通に物が残っている……)
まあ、あの状況で大きな荷物を運び出せるはずがないものね、と納得する。
マイルズ様が迎えに来ていた時点で怪しいのに、お姉様が大荷物を持っていたら使用人はもっと不審に思っただろうから。
やっぱり、手がかりらしきものは残ってないわね……
そう思って部屋から出ようとしたところで、ベッドのそばに何か布が落ちていた。
「……?」
何かしらと思って拾い上げてみると……
「ハンカチ? お姉様の物にしては……」
それに何だかどこか見覚えのあるハンカチだと思った。
不思議に思って広げてみてその理由が分かった。
「これ……!」
───ハンカチにはM・Pというちょっと歪んだ刺繍があった。
「……私がマイルズ様の誕生日に刺繍してプレゼントした、ハンカチ?」
────……
『マイルズ様、お誕生日おめでとうございます!』
『セアラ! ありがとう!』
笑顔のマイルズ様に私はそっとプレゼントを差し出した。
『これ……プレゼントです』
『え? ハンカチ? 刺繍もある! もしかしてセアラが?』
『は、はい……少し歪んでしまったんですけど……』
私は照れながら頷いた。
実は内心ではドキドキだった。
なぜなら、前日。
私のプレゼントを見たお姉様が───
『え~? その刺繍入りのハンカチをプレゼントするの?』
『う、うん。そうなの』
『へぇ。セアラったら不器用なのに頑張ったのねぇ~……』
お姉様はマジマジと私の刺繍したハンカチを見た。
『うーん……』
お姉様はとても手先が器用。
なので刺繍はすごく上手。
『お、おかしいかしら? お姉様』
所々、歪んでいる自覚はある。
それでも一生懸命心を込めて刺した……
そう訊ねた私にお姉様はクスッと笑って言った。
『出来栄えはアレだけど───まあ、愛情がこもっているなら喜んで貰えるんじゃないかしら~?』
────……
(そう言われたから、マイルズ様が喜んでくれるかドキドキだったわ)
───え~? あはは、全然、歪んでなんかないよ? とても上手だね。ありがとう! ずっと大事にするよ!
(だから、そう言って笑ってくれた時はホッとしたなぁ……)
まぁ、明らかに下手くそなのに上手と言って無理して笑っていたけれど。
「───それはなんだ?」
「!」
そんなことを思い出していたら後ろから、ジョエル様がぬっと現れた。
許可なく勝手に女性の部屋になど入れん!
そう言って部屋の前で待っていたのに。
「すまない……」
「え?」
「なかなか戻って来なかったから……」
その先を何故か言い淀むジョエル様。
「な、泣いてたり……しないかと……」
「心配……してくれたのですか?」
「!」
私がそう訊ねると、とてもぎこちなくだけど頷いてくれた。
「あ、ありがとうございます、大丈夫です」
「……そうか」
ジョエル様はそれだけ言って頷くと私が手に持っているハンカチに視線を向けた。
「……それは?」
「あ、これはお姉様の部屋の中に落ちていたんです」
「ハンカチか?」
私は目を伏せながら答える。
「……私が刺繍してマイルズ様にプレゼントしたもの、です」
「……」
ジョエル様は無言でじっとハンカチを見つめる。
「マイルズ様の物がお姉様の部屋にあるということは、やっぱり二人は……」
「…………なかなか独創的で味わい深い刺繍だな」
(……ん?)
ジョエル様は人の話を聞いているのかいないのか……ハンカチの刺繍をじっくり見つめながらそう言った。
「独創的……ですか」
「ああ」
「味わい深い……ですか」
「ああ」
「……」
ジョエル様は真顔で頷く。
つまり、こ、これは遠回しに下手くそだと───
「だが、一生懸命さと真っ直ぐな心が伝わって来るとてもいい刺繍だ」
「!」
ジョエル様はさも当然のようにそう言ってくれた。
「~~~っ」
「どうした?」
「い、いえ……」
私はジョエル様からプイッと顔を逸らす。
だって何だかジョエル様の顔が見れなかった。
(……変なの)
マイルズ様から明らかにお世辞だと分かる言葉でお礼を言われた時よりも……
今の言葉の方が嬉しいと感じるなんて……
「どうしたんだ?」
「───な、なんでもありません! わ、私のりょ、両親のところに、い、行きましょう!」
「あ、ああ……?」
私は早足で両親たちのいる部屋へと向かう。
「……っ」
出来ることならあまり向き合いたくない人たち。
だけど、何だか胸が……胸の奥がポカポカしている今なら、あの人たちともしっかり向き合えるような気がした。
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